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黒烏盗賊団  作者: 朝霧 知乃
=ルギ編=
3/14

第二章

 ある雨の日。

 アジトで休日を堪能しているネオスの部屋に、ノックの音が響いた。


「頭領!すいません…」

「入れ。どうした?」


 ガチャっとドアが開くと、ずぶぬれの若い男が立っていた。

 茶色い短髪に、額の濡れたターバンが絡みつく。

 声の主……シーマである。

 なにやら慌てていた。


「アジトの傍に、不審な男が倒れて居るんですが…」

「今行く」


 ネオスはバサッとマントを羽織ると、シーマと共に、フードを被って外へ出た。


 アジトを出て、馬で湖のほうへ向かう。

 10分ほど行くと、シーマが馬を降り、草むらへ入っていった。

 ネオスも続く。


 雨の雫で重くなった草を掻き分け、ドロドロになりながら進むと、しばらく入った大きな樫の木の根元に、男が木に寄りかかって倒れていた。


 フードを被っているので、顔は良く見えなかったが、黒い皮鎧に、黒マント…。背には二刀の剣を背負っていた。

 旅支度の入ったバックパックが、近くに転がっている。


「…どうみても、同業者ですよね」


 シーマが小さく呟く。

 ネオスは、近づいて、フードを覗き込んだ。


 その瞬間、男の目が見開き、背の剣を引き抜きながらネオスに斬りつけた!


ガキィィィィン!


 わかっていたように、ネオスはいつの間にか抜いていた黒刀で、それを受け止めた。


「………ネオスッ…………!!」


 男はそう呟くと、フッと意識が途切れ、今度はそのまま剣を手放して、前のめりに泥の中に倒れた。


 ネオスが、ドサッと落ちた男の背を蹴飛ばし、仰向けに直すと…

 フードがはずれて、緑色の髪が見えた。


「ルギ…」


 ネオスはそう呟くと、シーマに言った。


「……つれて帰るぞ」


*****************************************************


 ……目を開けると、木製の天井が見えた。

 そして、ランタンの明かり。


(…………)


 緑色の髪の青年…ルギは、しばらくそのまま天井を眺めた後、ハッと上半身を起こす。

 とたん、


「キャッ!」


 と、驚いた少女の声が聞こえた。

 ルギが慌てて振り向くと、ベットサイドで、タオルを絞っていたらしい少女が、そのまま下に落としていた。


 薄い千草色の、長い髪…

 大きな瞳が、ルギを見ていた。


「あ、気がついたんだね! ごめん、びっくりしちゃった。頭領呼んでくる!」


 少女は慌ててタオルをたらいに入れ、よいしょと抱えて、部屋を出て行った。

 ルギは、何が起こったのかわからず、呆然としながら、自分の体を見た。


 体の汚れは綺麗に洗われ、身体中のいたるところに出来ていた傷口には、包帯が巻かれ、両手足、すべてが手当てをしてあった。


 服は、ベットの脇にある机に、見たことの無い服が用意されていた。

 しかし、二刀や鎧などの装備や荷物は無かった。


(俺を捕まえないのか…。ネオス……)


 こんな処置を受けたのが、ある意味屈辱だった。


(ご丁寧に、手当てまでしやがって…。俺に、情けをかける気なのか…?)


 ルギが、ベッドから降りようとすると、脚に激痛が走り、そのままベッドから床へ、叩き落ちた。


(くそ…っ…!)


 やっとの思いでここまで着たのに…!

 そんな焦りだけが、ルギの身体を動かしていた。

 実際には、動けるのが不思議なくらい、体力を消耗していたのだ。


 その時、バタンとドアが開いた。


「………ネオス……なぜ俺を捕らえない?」


 ルギは、静かな言葉に怒りを含ませ、部屋に入ってきたネオスを見上げた。

 ネオスはルギを一瞥した後、唐突に、ルギの左足を踏み付けた。


「ぐあっ!!!」


 激痛に耐え切れず、悶えながら身をよじる。


「折れてるな。馬も使わずに、そんな脚で、よくここまで辿りついたものだ…」


 呆れ顔で呟くネオスに、ルギは苦痛に耐えながら叫ぶ。


「あたり…まえだ…っ! 俺は、お前、を……倒すために来た!」


 肩で息をしながらも、自分を睨みつけるルギを、ネオスは容赦なく蹴り飛ばした。


「がっっ!」


 ベットにぶつかり、足を押さえるルギに、ネオスはため息をつきながら背を向けて言った。


「……その身体、ルドベキアのギルドでやられたな? ……手負い人と戦う気はない。傷が癒えたら、相手をしてやろう。……今は治すことだけを考えるんだな」


 そう言うと、ネオスは部屋を後にした。


(くそ…! お前の世話になんか、なってたまるか……っ)


 ネオスが出て行った後、ルギはなんとか自分で立ち上がろうとしたが、足どころか全身に力が入らず、そのまま倒れこんでしまった。

 そして、意識を失った…。


*****************************************************


 しばらくして、先ほどルギの部屋にいた、千草色の髪の少女―ラシェル―が部屋をノックした。


「失礼します」


 返事が無いので、仕方なくそのままドアを開けると、ルギが下着姿のまま、床にうつ伏せに倒れていた。


「きゃぁ!!」


 慌てて、ラシェルは後ろを向いた。

 そのとき、シーマが部屋に入ってきた。


「ラシェ、どうした?」

「あ、シーマさん。あの人…」


 ラシェルは、床に転がったままのルギを指差す。

 シーマは、困った顔で、ルギの身体を起こし、ベッドに持ち上げた。


「よいしょっと…」


 そぉっと、ベッドにルギを寝かし、毛布をかけた。

 ルギの身体は熱く、包帯にはところどころ、血がにじんでいた。


「ラシェ、頭領にこの人の治療頼まれたんだろ? 俺、変えの包帯持ってくるから、その間に治療しといて」

「はい、了解です」


 そういって、シーマは部屋を出た。

 早速ラシェは、信仰神に祈り、傷の治療-『ヒーリング』を始めた。



 ラシェルが、大体の傷の治療を終えた頃、シーマが戻ってきた。

 折れた足も、なんとか無事に治ったはず…。

 精神的に疲労し、ふぅ、とラシェルはおでこの汗をぬぐう。


 治療が終わったとはいえ、ルギの表情は苦しそうだった。

 傷の痛みや、疲労がすべて癒えたわけではなかった。

 まだ身体は火照り、額には大量の汗がにじんでいた。


 シーマは、タオルを絞って顔や身体を拭き、汚れた包帯を取り替えた。

 ラシェルは、じっとそれを見ていた。

 そのとき、シーマがボソッとつぶやいた。


「頭領も、自分を倒しにきた奴を、助けることなんかないのにな…」

「えっ?」


 一瞬、ラシェルは意味が理解できなかった。

 そこで、シーマが一息ついて、ラシェルに向き直った。


「この男―ルギっていうらしいんだけど。頭領に恨みがあって、わざわざ、隣国のクランクレアから、山を越えて、頭領を倒しに来たんだってさ。だったら山の中に捨てておけばいいのに、頭領もなんの酔狂だか、拾って帰ってきちゃったんだ…。」


 シーマは、首を横に振る。


「その上、傷を治せ、手当てしろだなんて、意味がわからないよね。まぁ、頭領なりに考えがあるんだろうけど」


 そういって、再びため息をついた。


「まぁ、装備も何もかも取り上げてるし、今夜は体力が戻るまで大人しいと思うよ。ラシェも、治療お疲れ。部屋に戻って休んでいいよ」

「あ、うん、ありがとう」


 そういって、シーマは部屋を出た。

 ラシェルも、後に続こうとしたが、苦しんでいるルギを一度だけ振り返って見つめた。


(頭領を…倒しに来たの? ……何故?)


 自分達のリーダーという、大事な頭領を狙う、敵の治療をしなきゃいけないなんて。

 胸の奥で葛藤しながら、ラシェルは部屋を後にした。


*****************************************************


 ルギは、夢を見ていた―――。


 セイクリッド大陸の西の殆どを占める、クランクレア王国。

 その北のはずれに、ルドベキアという街はあった。

 ルギは生まれたときから、ルドベキアのはるか東の、深い森の中で暮らしていた。

 その森は、『季節』という概念がなく、ずっと春のように暖かくうららかであったため、「常春の森」と呼ばれていた。


 その森で、妹のユイリは、湖のほとりに座り、花の王冠を編んでいた。

 いつもより体調がいいのか、嬉しそうに鼻歌を歌いながら、笑顔を浮かべている。

 ルギは隣に腰を降ろし、木々を見上げ、小鳥のさえずりを聞きながら、暖かい木漏れ日を身体に浴びる。

 やわらかい時間がゆっくりと流れる中、ルギは幸せを感じていた。


 しばらくして、ユイリがルギに、出来上がった王冠を差し出した。


「お兄ちゃん、はい、あげる…!」


 ルギは小さく微笑み、ユイリに向かって頭を垂れた。

 しかし、一向にその頭上に王冠は下りてこない。


「ユイリ…?」


 不思議に思って顔を上げると、ユイリの顔は固くこわばっていた。

 そして、そのままユイリは、ドロドロと溶けて崩れ落ちる。


「うわぁっ!」


 ユイリ―だった物体も、その周りの花畑も、森も湖も、すべてが泥のように、鈍い色の世界に変わっていく。

 ルギは慌てて辺りを見回すが、自分以外のものは、すべて何もかも泥沼の中に溶けていった。


「…おにい……ちゃ……」


 ユイリの、泥人形のような塊から、小さく声が漏れた。


「ユイリ!」


 ルギは、形が無くなってしまったユイリの手を握った。

 ―そして、そこでハッと、目が覚めた。


 見えたのは、木目の天井に、小さなランタンの明かり。

 大切な、妹の手を握った手は―

 そっと目の前に手のひらを掲げる。しかし、ぬくもりはない。

 ―最後に、妹に触れたときも、彼女の手は冷たかった。


「ユイリ…」


 そのまま腕を顔に当て、目を閉じる。

 ルギの目の端から、一筋の涙がこぼれた。


*****************************************************


 ―同じ頃、ネオスの部屋を、一人の男が訪ねていた。

 紺色の髪に、銀縁の眼鏡が印象的な盗賊団の参謀―ルークだった。



「頭領、なぜあの者を生かしておくのですか?」

「処分する必要がないからだ」


 ルークの問いに、ネオスは即答する。

 少し苛立ちを見せながら、ルークは続けた。


「…しかし、あの者は頭領の命を狙っているそうですね? そんな者の手当てまでして…一体何を考えているのです?」

「………」


 ネオスは、ルークの顔を見たまま黙っている。

 参謀は更に続けた。


「頭領が良くても、我々は貴方を守る義務があるのです。敵を近くにおいておくわけには行きません」


 そういって、ルークは部屋を出ようとする。

 しかし、ネオスはその背に言った。


「放っておけ…」

「……そういう理由はなんですか……?」


 ルークは立ち止まり、振り返っていった。

 苛立ちを隠せず、思わず声を荒げる。


「あの者の素性を調べました。元ルドベキア盗賊ギルドの精鋭、ルギという者ですね?」


 ルークは眼鏡の位置を直すと、ネオスを正面から見据えた。


「一週間ほど前に、妹が病死し、同日にルドベキアのギルドを脱退…。そのときに、ギルドの盗品に手をだしていたことが判明し、制裁を受けて、あの大怪我を負ったとのこと。……まさか、頭領に逆恨みでもあるんですか?」

「いや…そうじゃない」


 ネオスがさえぎった。


「あいつには、俺と戦う理由がある…それだけだ」

「……だから、それが何なのか聞いているんじゃないですか」


 ルークが怪訝な顔をして言う。

 ネオスは黙っていた。


 ………しばらくの沈黙。

 先に口を開いたのは、ルークだった。


「…理由がない以上、不審者は排除いたします」

「やめろ。命令だ」


 『命令』と言われると、それ以上動けなくなる。

 だが、とても納得できなかった。


「だったら理由をおっしゃってください」


 しつこく問うルークに、ネオスは背を向け、窓の外を見ながら口を開いた。


「……奴は、俺の幻影に囚われている」

「え?」

「俺を倒せば、妹の死、今までの人生から開放されると思い込んでいる」

「開放…?」


 ルークが眉をしかめる。


「頭領を倒したところで、妹は戻ってきませんが」

「そうだな」


 ネオスは言った。


「しかし、あいつは死ぬ前の妹と、『俺を倒す』という約束をしている。…俺は今後ずっと、狙われ続ける」

「………」


 ルークは沈黙した。

 やっと、ネオスがとった行為の意味がわかった。


 ルギは、もしここで捕らえても、逃がしてやっても、今後ずっとネオスを狙ってくるだろう。

 だったら、怪我を治してやり、万全の体制で、正々堂々と勝負をうけてたってやろうと。


 そして、きっとルギは、今ネオスを倒してしまえば、妹を失った世界の全てに絶望してしまう。

 約束も果たし、自分以外の誰も居なくなった世界に、生き残る理由もない。

 だから、負けるわけには行かない。

 ネオスはそう思っているのだ。


「あいつの目的は、俺の命だ。……気が済むまで、相手をしてやる」

「……しかし……」

「くどい。俺は負けるつもりはない。用が済んだら下がれ」

「………はっ………」


 頭領の意思は固い。

 ルークは、しぶしぶ引き下がった。


 自分が狙われ続けることで、ルギに生きる目的を与えようとしている。

ネオスは、妹も、ギルドも、何もかも失ったルギが不憫だったのだ。


「優しすぎます、頭領は……。他の者なんか、どうだっていいでしょう………!」

 部屋を出たルークは呟き、頭に手を当てた。


*****************************************************


 次の日、ネオスはルギの部屋を訪れた。

 傷はラシェルの治療ですっかり癒え、体力も回復したルギに装備を返すと、黒刀に黒皮鎧と、完全武装したネオスは言った。


「…一騎打ちだ。いいな?」

「……臨むところだ………」


 アジトの外には、団員が集まっていた。

 ルークやシーマ、ラシェルが心配そうに見守る中、二人の対決が始まった。


 ルギが、腰から弐対の剣を抜いた。

 鈍い銀色の刀身が、朝日を浴びて光る。

 同時に、ネオスも黒刀を抜いた。

 艶のない真っ黒な刀が、ルギの髪をかすめる。

 一瞬、がら空きになったネオスの胴体に、ルギが双剣を鋏みこむ。

 しかし、ネオスはすばやく身を引いてかわした。


 二人の攻防を見ていたシーマが、ルークに囁きかけた。


「あのルギって奴…、結構やりますね」


 ルークは、面白くなさそうに息を吐いた。


「それでしょうね。ルドベキア盗賊ギルドでも生粋の精鋭らしいですから」

「頭領とそれなりにやりあうなんて、凄いですね。でも…」


 シーマがそういいながら二人に視線を戻すと、腕の差がだんだんハッキリしてきた。

 二刀流のルギに、ネオスは防戦一方だったが、一瞬の隙をついて、ルギに足払いをかけた。


「うっ」


 仰向けに倒れるルギの喉元に、ネオスが刀を突きつける。


「……双剣の弱点は、転倒に弱いことだな……」

「…………っ!!!」


 ルギは怒りをあらわにした。


「とどめを刺せ……!」


 しかし、その言葉に答えず、ネオスはルギに背を向けた。


「必要がない」

「馬鹿にしてるのか!?」


 ルギは怒鳴る。

 しかし、ネオスはそれには答えなかった。

 そして、ルギを見ないまま、言った。


「お前は、今日からうちの団員だ。ルドベキアのギルドは脱退済らしいからな」

「……!?」

「今の腕じゃ、俺に勝てないことくらいは、わかっているのだろう? 悔しければ、いつでも相手をしてやる。お前が気の済むまでな」


 肩越しに、ルギを振り返る。


「…俺を倒して見せろ」

「…………」


 ルギは、ネオスを睨んで、小さく言った。


「………後悔するなよ」

「やれるものならな」


 フッと笑って、ネオスはアジトに戻った。


 ルギは、二回も同じ相手に負けてしまった自分の実力不足に腹が立ち、そして、生きているうちに果たせなかった妹との約束を思い出し、その場に崩れ落ちた。


「…ユイリ、待っていてくれ…。俺は、必ず………」


 悔し涙と、悲しい涙がにじむ。

 必ず、約束を果たす。


 そう心に誓い、ルギはネオスのアジトに残る決意を固めた。


=to be continued =

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