表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒烏盗賊団  作者: 朝霧 知乃
=ルギ編=
2/14

第一章

 セイクリッド大陸の西の国、クランクレア。

 その北側には、ルドベキアという盗賊の街があった。

 ルドベキアの遥か東、「竜の背」と呼ばれる山脈の麓に、深い森がある。

 その森のさらに奥深くに、二人の兄妹が住んでいた。


 妹は、生まれつき身体が弱かったため、森から出たことがなく、家の周りの風景と環境だけが、自分の世界の全てだった。

 両親は早くに事故で他界し、唯一同居していた、医者の祖父も、兄が6歳の時に、亡くなった。


 兄は、そんな妹のために、幼い頃から盗賊ギルドに加入し、寝る時間以外は、薬を買うために、必死に働いていた。


 兄の名はルギ。

 妹の名は、ユイリと言った。



 挿絵(By みてみん)


******************************************************


 ルギは、ルドベキア盗賊ギルドの仕事を、フリーで受けていた。

 しかし、最近になって、ルドベキア盗賊ギルドの仕事に、やたらと、セイクレア盗賊ギルドの邪魔が入るようになった。

 そのため、ルギは盗みの仕事よりも、ギルドの用心棒的な仕事のほうが多くなった。


 ある日も、ギルドの護衛を済ませ、帰宅した。


「ただいま」


 ランプの明かりが小さく灯る家に入ると、ソファーにドサッと腰を下ろす。

 ハァーっと、深いため息をつきながら、目を閉じ、天井を仰いだ。


「お帰りなさい、お兄ちゃん」


 部屋の奥の寝室から、ケープを羽織ったユイリが出てきた。


「寝てろ、飯はいらないから」


 と、ルギがいうと、ユイリはゆっくりと、ルギの隣に座った。


「今日は体調がいいから、大丈夫だよ。お仕事お疲れ様。」


 そう言って、淡く微笑んだ。

 ルギは、そんな妹の長い髪をそっと撫でると、額に軽く口づけをした。


「ああ…」


 手を離すルギに、ユイリが問い掛ける。


「また、負けちゃったの?」

「負けてない…とは言えないな。護衛の俺らが戦闘中に、本隊が引いてた」


 苦い顔をして呟くルギに、ユイリはクスッと笑う。


「ネオスさんていう人? 最近、いつもお兄ちゃんの、お仕事の話に出てくるよね。よっぽど強いんだろうなぁ」


 ユイリは、楽しそうに言った。

 ルギは、渋い顔で言う。


「笑い事じゃないんだ。あいつが一人いるだけで、俺らの仕事は、上手くいかないことが多くなってきた。上層部はみな、ピリピリしてる」

「でも、それだけ強い人ってことでしょう?」


 ユイリの正論に、ルギはため息をついた。


「…そうだな。戦闘力も技術力も同じくらいレベルの高い奴が、俺達のギルドにいないのが、問題なんだろうな…」

「じゃあ、もうすぐ大丈夫になるね」


 ニッコリ笑って言うユイリに、ルギは首を傾げる。

 続けて、ユイリは言った。


「もうすぐお兄ちゃんが、ネオスさんを追い越しちゃうもの」


 突拍子もないユイリの言葉に、ルギは目を丸くした。

 そんなルギに、ユイリは、少し淋しげに微笑みながら言った。


「私、知ってるよ。お兄ちゃんは、夜中にコッソリ家をでて、鍛練してるんでしょ」


 なんのために、なんて、最初からわかっていた。

 身体や技術を鍛え、誰よりもいち早く昇格し、ユイリの病気にいい薬を買うためだと。

 だけど、ユイリにはそれを言うことも、止めることも出来なかった。

 自分が健康でありさえすれば、兄に、こんなに必死な思いをさせることもないのに…

 そんな思いがよぎり、兄が薬を持ち帰るのを待つ日々だけが、ずっと続いていた。


「…だからきっと、もうすぐ、お兄ちゃんはネオスさんより強くなって、ネオスさんに勝って、ルドベキアギルド1強い盗賊になるんだよっ」


 そんなユイリの言葉に、ルギはクスッと笑い、


「…そうなると、いいな」


 とだけ、呟いた。


******************************************************


 ―――それから、数日後。


 ルギが仕事に行っている間、ユイリは、家の近くにある湖に、散歩に来ていた。


 ほとりに様々な草花が咲く、緑豊かな岸辺には、自然と動物たちも集まり、生まれてから他人と会ったことのないユイリの、家族以外の友人となっていた。


「おはよう、リスさん、うさぎさん、それから、みんな」


 ユイリが、クローバーの絨毯の上に座り、バスケットの中からパンの耳やクッキーを取り出すと、沢山の動物たちが、ユイリを取り囲んだ。

 いつものように、手の上にとまってパンをつついている小鳥を、ユイリが微笑みながら見ていると…


急に、周りの空気が一変した。


 小鳥は飛び立ち、小動物は逃げ去り、遠くでは、何かの威嚇の声が響いた。


「みんな…どうしたの…?」


 辺りは穏やかな空気は消え、不気味な程、静まり返っていた。

 その時、ユイリの背後から、急に大きな手で、口を塞がれた。


「!」


「……声を出すな」


 耳元で囁くその声は、兄の声ではなかった。


 生まれて初めて、家族以外の人間に会い、そして強い腕で抑えつけられ、口を塞がれていることに、ユイリは恐怖と興奮で、動悸が早まった。


 しかし、それ以上に、ユイリを恐怖に陥れたものがあった。


 木々の向こうから聞こえる、ザザザザ…という、葉っぱを擦りながら、何かが近づいてくる音。

 そして、表れたのは…


 体長が、十数メートルもあるかという、巨大な蛇だった。

大きな口からは、長すぎる舌が覗き、鋭い牙は、不気味に鈍い色に輝いていた。


 巨木ほどもある胴体が、ズルズルと草花を踏み潰し、段々とユイリ達の方へ近づいてくる。

 ユイリの口を塞いでいた手は緩み、そのままユイリを庇うように、前に立ちはだかった。

 黒髪の長髪をなびかせ、黒い皮のスーツに身を包んだ青年…


 ユイリが見上げようとするのと同時に、大蛇がこちらに気づき、威嚇の咆哮をあげた。


「きゃああ!」


 思わず身を竦めてしまったユイリの前から、青年…ネオスが跳躍し、蛇に向かって剣で切り付ける。

 視界のかたすみで、青年が蛇と戦っているのを見届けた後、ユイリは、気を失った…


******************************************************


 ――― その夜。

 ルギが仕事から帰ってくると、普段なら既に寝ているはずのユイリの寝室に、明かりが灯っていた。


「……ただいま」


 部屋に近づくと、誰かとの話し声が聞こえる。

 家族が死んでから、誰一人としてこの家に訪れたものは居ない。

 不審に思い、ドアを開けた。


「お兄ちゃん、お帰りなさい!」


 パァッと顔を輝かせ、ベットの上から、ルギのほうを向くユイリ。

 そして、ベットの脇の椅子に座っていた男は―


 ゆっくり振り向いた、長い黒髪の男こそ、仕事上何度も衝突をしている、セイクレア盗賊ギルドの、ネオスだった。

 すぐにルギは剣を抜き、ネオスの首筋に向ける。


「なぜここにいる」


 低い声が喉から漏れた。妹がいなければ、すぐにでも首を落とすところだったが―


「やめて! お兄ちゃん!」


 ベットから飛び降り、ネオスに向けられた剣を、勢いよく素手で払いのけたのは、ユイリだった。


「馬鹿っ! なにやってるんだ!」


 ルギは慌てて、ユイリの手をつかむ。

 指先が少し切れ、血がにじんでいたが、たいした怪我ではなかった。


 しかし―


「お兄ちゃん、ネオスさんは、私の命の恩人だよ! 大蛇から、私を守ってくれて、ここまで運んでくれたんだよ!」

「大蛇…?」


 ルギはすぐに悟った。


 今日の仕事は、ルドベキア盗賊ギルドが、改造モンスターの密輸中に誤ってモンスターを逃がしてしまったため、その追跡及び捕獲だった。

 しかし、何処をどう探しても、結局そのモンスターは見つからなかったのだ。


「お前が…消したのか…」


 ルギはネオスを睨んだ。

 ネオスは無言だった。


 別にルギは、ネオスに個人的に恨みがあるわけでも、憎しみがあるわけでもない。

 ただ、仕事上、たまたまネオスと対立することが多いだけだった。

 だから、ネオスが仕事の邪魔をしようとも、相手もそれが仕事なのだから、と割り切っている。


 しかし、突然家にいるとなると、話は別だった。

 剣をしまい、一つ息を吐くと、ルギはもう一度ネオスに言った。


「……なぜここにいる」


 今度は、本当に、言葉通りの意味を尋ねたのだ。

 ネオスは、ユイリのほうを向くと、ベットに戻るように促しながら言った。


「……仕事の標的を追っていたら、彼女に遭遇し、標的に襲われそうになった。だから助けただけだ」


 そういったネオスに続けるように、ベットに腰掛けたユイリが口を開いた。


「私、湖のほとりで散歩をしていたら、大蛇に襲われそうになって…、…気がついたら、ネオスさんが、ここまで運んできてくれてたんだよっ」


 ネオスは何も悪くない、と庇うように、早口でユイリは言った。


「……そうか……」


 ルギはため息をついた。

 そしてネオスのほうを向く。


「妹を助けてくれたこと、礼を言う。……しかし、こんなところまであんたに侵食されたくない。さっさと帰ってくれ」

「いやっ!!!」


 ルギの言葉に、大きな声を上げたのはユイリだった。

 ルギは、思わず目を丸くする。


 そんなルギにかまわず、ユイリは続けた。


「ネオスさんは、外の世界でのいろんな話をしてくれたし、私が作った夕食だって、『美味しい』って言って、一緒に食べてくれたんだよ! 大切なお客様に、そんな言い方しないで!」

「ユイリ…」


 必死で叫ぶユイリに、ルギは戸惑った。

 正直、仕事以外で、ネオスの顔など見たくなかったし、ましてや自宅にいるなんて考えもしなかった。

 しかし、ユイリにとっては、人生で初めての、家族以外の人間で、しかも命の恩人だった。

 そのお客の価値は、ルギの感情とは比べ物にならない。


 泣きそうな顔で、ユイリは続けた。


「お兄ちゃん…、私、初めて聞く世界のお話、とっても楽しかったよ。もう少し、もうちょっとでいいから、ネオスさんとお話したいの…」

「………」


 ルギは黙っていた。

 ユイリも、ネオスが、ルギの仕事上のライバルだということはわかっている。

 だが、自分の命を助けてくれたし、ルギの話を聞いてるだけでは、悪い人物とは思えなかったのだ。


 ユイリの必死の言葉に、どうしようもなくなり、ルギはユイリに背を向けた。


「……夜は冷える。早めに寝ろ。お客にも迷惑かけるなよ」

「う、うんっ!」


 背中から、嬉しそうな声が聞こえ、ルギは扉を閉めた。


******************************************************


 ―――半刻後。


 家の外で鍛錬をしていたルギは、黒い影が家から出たのに気付いた。

その影は、月明かりを受けて、鮮やかな黒髪を浮かび上がらせた。


「……今程、眠りについた」

「ああ……」


 ネオスはルギに言うと、ルギは剣の素振りをやめ、タオルで汗をぬぐった。

 そして、ネオスに言う。


「…まさか、あんたがこんなところまで来ているとは思わなかった」

「お前らの獲物が、予想外のスピードで移動したからな」


 獲物とは、大蛇のことだった。

 おそらく、大の男が全力で走っても、蛇には追いつけないだろう。


「……で、処理後のそれはどこなんだ?」


 ルギが振り返らないまま問うと、ネオスは静かに答えた。


「湖に沈めた」

「そうか……」


 死んでしまったのなら、捕獲する必要も無い。

 依頼は、それで終了なのだ。

 悪いのは、逃がしてしまったルドベキアギルドの盗賊団。

 殺してしまったネオスを、責める気もなかった。


 ―――しかし。


 それはあくまでも、仕事上の立場のこと。

 ルギは、個人的な感情で、セイクレア盗賊ギルドの精鋭と戦い、勝ちたかった。


 ―――妹と、約束をしていたから。


『―いつか、自分が彼を越える―』


 そう、誓っていたのだ。

 そしてルギは、ネオスに向かって、双剣を抜いた。


「―あんたに恨みは無い。しかし、戦う理由はある」


 そう言ったルギに答えるように、ネオスも腰の黒刀を抜いた。


「…いいだろう…」


 そうして、二人は向き合った。


 ルギが先に跳躍した。


 ネオスの頭上から、双剣を凄まじい速さで打ち付ける。

 しかし、ネオスは刀でそれをすべてはじく。


 キンキンキンッ!と、激しい音と火花を散らして、ネオスが少しずつ後ろに下がった。

 そこを狙って、ルギがネオスの頭上から、思い切り双剣を叩き付けた。


「ハァッ!!!」


 しかしネオスは瞬時に後ろに飛びのき、双剣をかわす。

 ネオスの立っていたところは、土がえぐれて飛び散った。


 瞬間、ルギが再びネオスに飛んだ。

 しかし今度は、ネオスの刀が、ルギの肩を狙う。

 ルギは身体をひねって、右方向に回転して避けた。



 ―そのまましばらく、激しい攻防が続いたが、先に息を切らしたのは、ルギだった。

 双剣は刀よりも重量があるため、激しくスタミナを消費するのだ。


 肩で息をし始めたルギに、ネオスは容赦なく斬りつける。

 ルギは、それを剣で防ぐので精一杯だった。


 体力を消耗して、攻撃を避けきれなくなったルギの一瞬の隙を突いて、ネオスの刀が鋭い軌跡を描く。

 その瞬間、ルギの片袖を、ネオスの刀が貫いた。


「!!!」


 刀は、ルギの服だけを破り、木に縛り付けた。


「……お前は、まだ俺に勝てない。出直して来い」


 ネオスはそう言うと、刀を抜き、鞘に収めた。


「………」


 ルギは、肩で息を切らしながら、黙ってネオスを睨んだ。

 悔しいが、確かに今のままでは、ネオスに勝つことは出来ない。そう思ったからだ。


 ネオスは、そのままルギに背を向け去ろうとしたが、一瞬足を止め―


「……妹の病気には、ルドベキアギルドの盗品の薬品は使うな。……あれは、麻薬だ」


 そういい残すと、木の上に跳躍し、すぐに姿が見えなくなった。


「……なんだって……?」


 ルギは、ネオスの言った言葉に衝撃を受け、目の前が真っ暗になった。


******************************************************


 次の日。


 ネオスが消えた家で、朝日の差し込む部屋の中、ユイリはベットの上で泣いていた。

 ルギは、その姿を、そっと見守ることしか出来なかった。


 初めての、家族以外の人との一時。

 初めての、外の世界の話。

 初めての、他人との食事。


 …そして、初めての恋だった。


 一夜だけの、幻のような時間だった。

 きっと、ずっと忘れないだろう。

 胸の中に、小さな灯火を残して、去っていった彼を。



 ―――その後、ユイリは普通どおりだった。


 朝早く家を出て、夜遅くに帰るルギを、ユイリは笑顔で見送り、出迎えた。

 共に食事をすることはなかったし、会話は、毎日数分するだけだった。


 それでも、ルギと顔を合わせるときは、ユイリは笑顔を浮かべてくれた。


 ……しかし、体調は、刻々と悪化していたのだ。


 ルギは、過去に、ルドベキアの盗賊ギルドに、ユイリの病気に効く薬の密輸の依頼があったことを知った。

 そのため、ギルドで依頼を数多くこなし、いち早く幹部クラスになり、その薬の情報をつかもうと思っていたのだ。


 そして、最近やっと、その薬が再製造され、密輸されるという情報があった。

 そのため、ギルドに入荷された時点で、薬を妹のために盗もうと考えていた。


 しかし、ネオスの言った言葉が気になっていた。


『あの薬は…麻薬だ』


 それが本当なら、ユイリに飲ませるわけにはいかない。

 だが、ほんの僅かな可能性にでも、賭けてみたい。

 ルギのなかには葛藤が生まれていた。


 ………そして、その薬を手に入れられる日が、やってきた。


 ギルドに納品された薬の一部を盗みだし、急いで持ち帰る。

 ギルドにばれたら、ただでは済まないことはわかっている。

 しかし、ルギは自分よりも何よりも、妹が大切だった。

 彼女のために、生きてきたようなものだから。


 ………だが、淡い希望も、すぐに打ち砕かれた。


 ネオスの言葉を危惧して、薬の成分分析を、クランクレアの魔術師ギルドに依頼した。

 その返答は…


 ………ネオスの言葉どおりだった。


 ユイリの病気に効くはずの成分は入っておらず、ほぼ中毒性のある鎮痛薬と睡眠薬が割合を占めていた。


 偽物の難病の薬を作り、高く売り付ける悪徳薬剤師…

 それを知っての上で、密輸の加担をする盗賊ギルド…

……そして、今までその薬に淡い希望を抱いて、ここまで生きてきた自分……


 何もかもが信用出来なくなり、自分の人生でやってきたことは何だったのだろう、と苦悩するルギに追い打ちをかけるように、突然、悲劇は訪れた。


 クランクレアからの報告書を握りしめながら帰宅すると、いつもなら出迎えるはずの、ユイリの姿はなく、家に明かりも灯っていなかった。


 一瞬、もう寝たのか、と思ったが、何だか胸騒ぎがし、ルギはユイリの寝室を開けた。



 …そこは、惨劇だった。


 大量の血と、もがき苦しんだとみられる、壁やベットや床に残る、沢山の血の手形。

 そして、床の中央に、髪も衣服も振り乱した後の、ぐったりしたユイリが横たわっていた。


「ユイリ!」


 慌ててルギが駆け寄り、ユイリを抱き上げる。

 しかし、ユイリの身体はすでに冷え切り、呼吸も、すぐに止まりそうなほど、浅かった。


「ユイリ…」


 消えそうな声で、ルギは妹の名を呼ぶと、ユイリは少しだけ目を開け、言った。


「…お兄ちゃん…、待てなくて…、ゴメンね…」


 そう言ったユイリは、瞳を潤ませた。


「いいから、しゃべるな…! ユイリ……っ」


「…おにい…ちゃ…」


 ユイリは、最後の力を振り絞ると、自分の机の上を指差した。

 そして、瞳から一筋の涙をこぼすと、最後に一度だけ、ルギに微笑んだ。


 ……そして、閉じられた瞳は、もう二度と、開くことはなかった。


「………ユイリ………」


 妹のために生きてきた自分の、精一杯の努力は、全て無駄だった。

 病気を治すことも出来ず、側にいてやることも出来なかった。

 いつも淋しい思いをさせて、一人の長い時間を、病気と闘いながら、不安に過ごさせていた。


「…………すまない、……ユイリ…………!」


 病気がどんどん悪化していたのに、そのそぶりも見せず、最後まで、ルギに辛い顔を見せずに逝った、ユイリがとても愛おしかった。


 ルギは、一晩中、冷たくなったユイリを抱きしめ、泣き続けた―――。


******************************************************


 翌朝。


 ルギは、何もする気になれず、野ざらしでは可哀相なユイリの遺体を埋葬した。

 そして、机の上にあった、ユイリが書いた手紙を読んだ。


「-お兄ちゃんへ


 きっと、私の命は長くありません。だから、伝えたいことを、書いておきます。

 ずっと、小さいころから、私の薬のためだけに、必死に働いてくれたお兄ちゃん。

 一人で淋しい日もあったけど、休みの日は、ずっと一緒にいてくれた。

 だから、私は、優しいお兄ちゃんと、今まで生きてこられて、とてもとても、幸せでした。


 だけど、お兄ちゃんと、一つだけ約束してた、ネオスさんの決着、見れなかったね。

 最後に、また、ネオスさんに会いたかったな。


 私は、先にいなくなるけど、空からずっと、見守っています。

 本当に、今まで、ありがとう。

 お兄ちゃん、ずっと、ずっと、ずっと・・・


 大好きです。

 

 またね。               」



 命が消えそうな最後の時間に、震える手で、必死で明るく書いたとわかる手紙だった。

 最後のほうは、字がかすれて、読むのがやっとだった。


「ユイリ……」


 こみ上げる涙を抑え、ルギは手紙を、何度も何度も、読み直した。


「ユイリ…俺はどうすればいい…?」


 ルギは、ユイリが書いた手紙を胸に当てた。

 短いが、一生懸命、自分を思って書いてくれた手紙だった。

 しかし、そこには、気になる一言が書いていた。


『また、ネオスさんに会いたかったな』


「……お前は、そんなにあいつが……」


 手の中で、思わず手紙を握り締める。

 ルギは、決意し、顔を上げた。


 手紙を机に置き、すぐに旅支度を整え、ルドベキアギルドに向かう。

 理由は、ギルドを脱退するため―――


 正直、ユイリが死んだ直後は、今後どうやって生きていけばいいかわからなかった。

 しかし、手紙を読んで、心に決めた。


 妹が、ネオスとの決着を望んでいたのなら…

 最後に、会いたかったというのなら…


(少なくとも、それが今俺に出来る、ユイリへの最後のことだ)


 ルギは、自分の人生のすべてを、ネオスとの決着にかけることにした。

妹との、果たせなかった約束を果たすために―――。


 *FIN*

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ