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黒烏盗賊団  作者: 朝霧 知乃
=黒烏団編=
14/14

日常編№5 ―お菓子の秘密―

深い雪の季節も終わりに近づき、山頂のアジト付近も雪解け水が流れ始める頃。

うららかな温かい日差しの中、黒烏盗賊団のアジトには、いつもより多めの盗賊達の姿があった。

今日は、団員の殆どが休日だったのだ。

ルギは、朝のトレーニングの後、いつもの様に、珈琲を飲みに広間へ向かった。

するとそこには、珍しくアルスが座っていた。

アルスは、頬杖をつき、けだるそうに紅茶を啜っている。

ルギは、サイフォンからコーヒーを注ぎながら言った。


「珍しいな、あんたが休みにアジトにいるのは」

「あ~?」


アルスは、テーブルにぐたぁっとへばりついて、愚痴り始めた。


「女としゃべるのが、疲れたんだわ」


なんだかしょぼくれた様子のアルスに、ルギは怪訝そうな顔をする。


「女が好きなんじゃないのか?」


ルギの言葉に、アルスはハァ~っとため息をついた。


「女の子と二人きりで、いいムードで話すならいいんだけどよ…。そろそろ、好きな人にお菓子やチョコをプレゼントするような時期だろ? 周りに集まってくる、女共の妬みや嫉妬が面倒でなぁ…」


いかにもダルそうに、アルスは再びため息をついた。

自業自得じゃないのか、とルギは思ったが、黙ってアルスの向かいの席に座り、珈琲を飲んだ。


「ん」


アルスは、自分の前にあるクッキーの入った菓子置きを、ぶっちょう面でルギに押し出す。


「…ああ、ありがとう」


ルギはクッキーを手にとった。


「…これも手作りじゃないのか?」


チョコチップで綺麗にハートをデコレーションされたクッキーに、ルギはつぶやく。


「ああ、いいんだよ、まだ大量にあるから。そんなに食えないし」

「食えないなら、貰わなきゃいいじゃないか」


アルスはわざとらしく、盛大に息を吐きながら手を広げて言った。


「ばっかだな、お前は! そのお菓子には、女の子達の一世一代の想いが詰まってるんだぞ! クッキーを焼くために、大事な時間と手間と材料を使い、気持ちを込めて作ってくれてるんだ。貰うのが、男としての礼儀だろうが!」

「でも、物は貰っても、気持ちは返せないだろう?」


ルギのツッコミに、アルスはやれやれと、肩を落とした。


「いいんだよ。あいつらは、俺に惚れ込んでるように見えても、結局、俺が好きなんじゃなく、恋しているのが楽しいだけなんだよ。相手が誰だろうと、擬似恋愛だけで夢見ていられるんだ。俺に色んなものを与え、逆に優しくされることで、他の女より優越感と夢心地を貰ってると感じて、満足してるんだよ」

「……へぇ」

「結局、俺の本当の中身や心を知り、見ようとする女なんかいないからなぁ」


アルスは、バリバリとクッキーを頬張った。

ルギも、手にしたクッキーを食べる。


「…………」


まずい。


…なんというか…、普通の味ではない。

苦虫を噛んだ顔をしながら、ルギは口を開いた。


「……これ、塩じゃないのか?」

「だろうなぁ…。くれるなら、味見してからくれよってな~」


でも、せっかく貰ったものだ。捨てるわけには行かないから食べる。

アルスはそういう奴だ。

ルギも、仕方なく、手にしたクッキーは全部食べた。

そして口直しに、もう一杯珈琲を入れに立ち上がった。

席に戻ってきたルギに、今度はアルスが口を開いた。


「お前はどーなの? その後進展ないの? 手作り菓子とかは貰ったのか?」

「……別にない」

「つまんねぇなあ」


アルスの言葉に、ルギはカップを置いた。


「俺は、別に何も欲しくないし、何も望まない。今のままでいい」


ルギは目を伏せて言った。

そんなルギに、アルスはお茶をズズズッと啜りながら言う。


「そ~んなこと言ってると、すぐにジジィになるぞ?」

「それでもいい」

「ふ~ん」


『興味ない』とでもいう感じで、珈琲を飲むルギが面白くなく、アルスはあさっての方向を見ながら呟いた。


「…………そのうちルギ君も、廉潔卒業と思ってたのになぁ」


『ブファ!!!』


ルギはコーヒーを噴出した。


「お前、またかよ!」


と、思わず後ずさるアルスに向かって、ルギが真っ赤な顔で怒鳴る。


「あ、あんたが変なこと言うからだろ!!!」

「それで噴出すことねぇだろうが! どんだけ純情なんだよお前は!!!」


迷惑そうな顔のアルスを無視し、ルギは頬を熱くしたまま、ティッシュでテーブルをゴシゴシと拭いた。


「……ったく、今度俺と夜街でも遊びに行くか? 楽しいぞ~」

「……結構だ」


ブスっとしたまま、ルギは席に座る。まだ耳が赤い。


「お堅いなぁ」


つまらなそうにいうアルスに、息を整えながら、ルギは言った。


「あんたは、余計なお世話すぎるんだよ…っ! 俺のことより、自分の心配でもしろよ」

「そうだよなぁ~」


そして、アルスは、またグッタリとテーブルにへばりついた。


「俺も、本気で愛せる彼女欲しぃ~」

「遊ばなきゃいいんじゃないのか?」

「まず、どんな娘なのか、色々遊んでみないとわからないだろ~?」


……なんか、本質的に間違ってるような気がする。

ルギは、もう突っ込むことを諦めた。

しばらくティータイムを満喫していると、奥の部屋から、ネオスが出てきた。

なにやら、足元に数匹の猫を連れている。

ネオスは、さも面白くなさそうに、猫をつま先で軽く掻き分けながらこっちへ向かってきた。

そして、ルギとアルスに向かって言った。


「……そこの二人。手が空いていたら、手伝ってくれないか?」

「……ああ、あいてるけど?」


アルスが言う。

ネオスは、眉間にしわを刻みながら、深くて大きなため息をついて言った。


「……なにやら、夕べから、野良猫どもが俺の部屋に入ってきて、うるさいんだ…。書類は引き裂かれるし、760年物のチェストボードで爪を砥がれるし、参っている…。アジトの外に追い出すのを手伝ってくれ……」

「それはいいけど…。いくら頭領が猫が苦手とはいえ、追い出すくらい、わけないんじゃないの?」


と、アルスが言うと、ネオスは首を振った。


「いや。何度も外に出しているんだが、いつの間にか戻ってきているんだ。さすがに罠などで痛めつけるのはどうかと思うしな…。それに、だんだん数が増えてきているんだ…」


と、ネオスが困った顔をしていると、ルギが不意に、ネオスに近づいてきた。

そして、そのままネオスの髪を握り、においをかぐ。


「……頭領、あんたなんだか、マタタビの匂いがするぞ」

「は?」


ネオスは目を丸くする。

そのとき、ポンと、アルスが手を打った。


「あ~そういえば、夕べ、首都からアジトに遊びに来ていた青銀の魔術師。『今日はネオスの部屋に泊まる』とかいって、頭領の部屋に、枕を抱えて入って行ったような?」

「いや、あいつは、夕べのうちに帰ったぞ……?」


と言って、ハッとする。


「……やられた………」


枕をすりかえられていたのか……!!!

ネオスは顔を片手で覆い、深くため息をついた。


「……俺は風呂に入ってくる。すまないがラシェルを呼んで、部屋を掃除させておいてくれ…。お前たちは、猫の捕獲を頼む……」

「あいよ~」


と、アルスが言うと、ネオスは足元に猫を絡ませながら、フラフラと風呂へ向かった。

その背中を見送ったルギが呟く。


「……というか頭領、あんだけマタタビの匂いさせてたら、枕どころじゃなさそうだぞ? たぶん、部屋中やられてるんじゃないか?」

「げ、まじかよ。今日中に掃除終わるかねー?」

「どうかな…。まあ、しばらくは仕事も詰まって無いし、別にかまわないが…」


と、ルギとアルスが心配したとおり。

それから数日間は、アジトに猫の声が絶え間なく響いていた……。



…二人がネオスの部屋の掃除をしている頃、自主トレーニングを終えた巨漢の戦士ダインが、広間のテーブルの上にあるクッキーを発見した。


「おお~~調度腹へってたんだよな~~!!! 誰だか知らんが、感謝だぜぃ!!!!  いっただっきまーーーす!!!」


と言って、手に数枚鷲掴みにして、ガブリ。


『オエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!』


ダインの絶叫が、アジト中にこだました。

……春風そよぐ山の中、今日も黒烏団は、平和であった………。


        =fin=


※文中に出てくる『青銀の魔術師』は、別シリーズ「=刻と狭間の魔方陣=」に出てくる『スタン』です。

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