日常編№3 ―四葉の秘密―
アルスが、黒烏団に復帰してから1週間後。
ルギは、休日に再び街に来た。
仕事中は、ひたすら訓練や仕事に集中し、妹のことも、ラシェルのことも、なるべく早く忘れることが出来るよう、何も考えないようにしていた。
食事の時間は、ラシェルと否応なしに顔を合わせてしまうので、出来るだけ早く退席した。
自由な時間は、なるべくアジトにいないよう、散歩かトレーニング、休息に当てていたし、休日も、アジトにいない方が気分転換になる。
ルギは、旅人で賑う街中を、あてもなくブラブラと歩いた。
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街は、先日来たときと同じように、相変わらず冒険者で賑わっていた。
人の多いところがあまり好きではないルギは、極力、人気のない場所を歩く。
剣の仕込み用の革を買ったり、砥石を買ったりと、装備の手入れ道具を買うのが、街での決まった行動だった。
(休日も、お決まりのパターンだな…)
買い物を終えて、ルギはため息をつく。
(このまま帰ってもすることがないし…コーヒーでも飲むか)
ルギは、通りに面したオープンカフェに向かった。
―――日差しが暖かく包みこむ、白の装飾が優雅なテーブルにコーヒーを置き、備えつけのラックから、冒険者用の情報誌を取る。
ちびちびとコーヒーをすすりながら眺めていると、ふと、斜め向かいの椅子を引く存在がいた。
「相席いいですかぁ?」
ニッコリと笑いルギに問うのは、真っ赤なふわふわウェーブの髪が可愛い、黒縁眼鏡をかけた、見たことのない女だった。
ルギは、眉間にシワを寄せながら、呟いた。
「…ああ」
女は「やったぁ♪」と椅子に元気よく座り、ミニスカートで隠しきれない脚線美を出しながら、足を組む。
花柄ネイルの綺麗な指で、軽くレモネードのストローを摘むと、綺麗に整ったシェルピンクの唇でくわえて、一口飲んだ。
まるで、女がいる場所だけ、季節が違うようだった。
「寒いのに、よくそんなのが飲めるな」
とルギが言うと、
「美容と健康にいいんですよぉ~♪」
と、女はウィンクする。
ルギは、黙って雑誌に視線を戻し、コーヒーを飲んだ。
そんなルギに、女は椅子を近づける。
「何をしてるんですかぁ?」
「別に。買い物だ」
「そうですかぁ…。このあと、一緒にランチ食べません?」
「結構だ」
「えぇ~…ざんねぇん」
残念そうに言う女に、ルギはさらに言う。
「…大体、あんた仕事中なのに、そんな暇あるのか?」
女の動きが止まる。
「…勤務中に、お茶だのお食事だのナンパだの、いいご身分だな、アルス」
「…げっ」
とたん、女は野太い声を上げる。
アルスと呼ばれた女は、顔をしかめた。
「まさかお前にばれるとは…。この俺一生の不覚!」
「見ればわかるだろ?」
ルギが簡単に言う言葉に、アルスはカチンときた。
「…お前な! 変装が見てわかるようじゃ、仕事になんねぇだろ? 大体、俺の変装を見破るのなんか、頭領、ルークとお前くらいだわ」
「3人もいたら、駄目なんじゃないのか?」
「あの二人が別次元なんだよ!」
と、アルスがヒソヒソ怒鳴りながら、眉をしかめる。
「…おっと、お前も外では、俺のこと本名で呼ばないでくれよ。素性がばれたら困るからな」
「…ああ」
ルギは興味なさそうに言った。
ルドベキアの盗賊ギルドで、散々変装の名人を見てきた。
アルスは、本当に普段とは別人のようだったが、ルギがアジトで嗅いだことのある香水をつけてたのだ。
アルス-女装中はリナと呼ぶらしい-は、赤毛の髪をふわっとかきあげ、再び女言葉になる。
「…それで、その後は何かあったのぉ?」
「…?」
訝しげな顔をするルギの鼻に、リナは人差し指を突き付ける。
「…押しが弱いわね~! そんなんじゃ振り向いてくれないわよ!」
「…だから何のことだ」
「なんのって…ラシェルのことでしょ」
「何で、ラシェルの話になるんだ」
突然出てきた名前に、ルギは困惑した。
「…あんた、遺跡で、命はってラシェルを助けようとしたらしいじゃない。意識してるんじゃないの?」
「たまたまだ」
そうルギが言ったとき、ふと、リナが視線をあげる。
「…あ、ラシェルだ」
その名前に、ルギの胸がドキッと高鳴った。
振られたとは言え、諦めるにはまだ時間がかかる。
意識しないようにするのは、もう少し時間が必要だった。
(たしか、あいつも休日か… )
ルギは早まる鼓動を落ち着かせながら、冷静にスケジュールを思い出していた。
ラシェルは、通りの向こうで、買い物袋を腕に下げながら、ポテポテと歩いていた。
チラッと、ルギが見ると、ラシェルもこっちに気づいたようだ。
その途端、リナが、ルギの手を両手でギュッと握り、愛おしそうに、指を絡めてきた。
しかし、ラシェルは見なかったようにプイと目を逸らし、何事もなかったように、通りの向こうに消えて行った。
「…ありゃー、脈無しじゃん」
リナが呟く。
「…離せ、気色悪い」
ルギが、バッと手を払う。
そんなルギに、リナが身体を近づけて囁く。
「ルギさぁ~、もうちょっと頑張ったほうがいいよ? いつまでも、ラシェルに振り向いて貰えないよ?」
「なんで俺が?」
別にいまさら、振り向いて貰う気などない。
彼女が幸せなら、それでいい。
しかし、リナは、再びコーヒーを口にふくむルギの耳元に唇を寄せ…囁いた。
「………プロポーズ、したんでしょ?」
ゴバァっ! っと勢いよく、ルギの口からコーヒーが出た。
「き、汚ねぇっ!」
思わず素になるリナに、ルギが真っ赤な顔で怒鳴る。
「な、な、な、なんの話だ!」
焦りまくりで、動揺するルギを面白がり、リナは立ち上がりながら、ハンカチで服を払った。
「…四つ葉のブレスレット、買ったんだって~?」
「………!」
ルギは耳まで真っ赤になりながら、絶句した。
この街の近辺、すべての情報網を持っているリナに、隠し通すことは出来ない。
(…あのジジィ…)
ルギは、先日行ったアンティーク屋の店主を思い出しながら、あとで首をシメてやる、と心に誓った。
ハァ、と小さく息を吐きながら、呼吸を整える。
「…しかし、それは…あいつへの詫びで、他に他意は…」
ルギが言うと、リナは楽しそうに、クスクスと言った。
「あんた、四つ葉の意味しらないの? それぞれの葉の意味が、『名誉』『富』『健康』『愛』。これらが全部そろって…『真実の愛』=プロポーズになるのよ」
「………!」
顔が真っ赤になり、思わず、
「そういう意味じゃない!」
とルギは叫ぶ。
しかし、さらに面白がり、アルスは続けた。
「大体、あんた、女の子にアクセサリーって、どんな意味であげるか知ってるの?」
もちろん、ルギが知るはずもない。
「ブレスレットは-、『手錠』の意味。『束縛したい』『俺のものでいろ』ていうときに送るのよ♪」
「嘘だろ…」
ルギは、頭上に隕石が落ちてきたような衝撃を受けた。
今さら、返してくれなんて言えない。
くすくす笑うリナ――アルスの声も、ルギの耳には届かない。
どうか、ラシェルがそれらの意味に気づかぬよう、ルギは願うしかなかった―
* fin *