日常編№2 ―小箱の秘密―
ルギとラシェルが遺跡調査訓練を行う、数日前の話---。
今日は、ルギの休日。
山を下り、麓の町「リューシュ」に来た。
町は、そこそこ発展していて、冒険者がよく通る街道があるため、装備品などの在庫も、それなりに充実している。
ルギは、そこで多少の衣類と、装備の手入れ品関係を購入し、すぐにアジトに戻ろうとした。
しかし、ふと足を止める。
(そういえば、誰も待っていなくて、自分一人で自由に行動してることなんか…、生まれてこのかた、無かったな)
物心ついたときには、妹の世話をするのに必死だった。
自由に動けない彼女を、なるべく一人にしないため、とにかく、用事が済めば、すぐに家に戻った。
それが苦痛だと思ったことは無かったが、気がつけば、世間のことは何もわからないまま、大人になってしまっていた。
(流行りも、時勢も、何もわからないし…いつも必要最低限の店しか、行かないからな…)
妹が死んでから、ずっと全力で動き、考えてきて、少し疲れたかもしれない。
今日は、休息をとるか…。
ルギは、少し街中を歩くことにした。
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街の中は、冒険者が良く使う店が軒並み揃っていた。
武器屋、防具屋、雑貨屋、薬草屋、宝石屋、鍛冶屋、革屋、冒険者の宿…
(この辺は良く行く店だな…)
他に行ったことがなさそうなのは…と、視線を動かす。
そうすると、初めて見えてくる、様々な店。
花屋、楽器屋、本屋、香水屋、アクセサリー屋にカフェテリア…
(香水なんかは、仕事の支障になるからな…)
毒や火薬、油の臭いなどで罠を感知することも多く、ルギは香水を嫌った。
あまり香水の臭いには慣れていないため、頭が痛くなるのだ。
フッと別の通りを見たその時-
気になる店が目に入った。
-『アンティークの店』-
仕事で得た財宝を売る時もあるが、そういう店とは、どこか違う。
ルギは店に入っていった。
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店の中は、静かな弦楽器の曲が流れていた。
薄暗い店内に、小さなランプが、不規則に吊されている。
壁には、掛け時計や、タペストリー、銀細工の飾り物などが、遠慮がちにかけられていた。
壁際の棚には、ティースプーンのような小物や、陶器のスワンなどの飾り物、コーヒーミルのような実用品がならべてある。
中央の展示棚には、少し高級そうな装飾品や彫刻品、芸術品やアクセサリーが沢山入っていた。
店の奥のカウンターには、白髪の店主が、銀細工の彫刻を磨いていた。
(…俺には、必要がないものばかりだな…)
そう考えながら、店内を一周して帰ろうとした時。
展示棚のなかの、一つの物に目が止まった。
-小さな四つ葉がついた、銀色に輝くブレスレット。
(…四つ葉、か…)
妹が小さい頃、一日かけて、四つ葉を探しだしてくれたことがあった。
盗賊という危険な仕事をしているルギが、災難などにあわず、幸せでいられるようにと。
ルギはそれを栞にして、日記に使っていた。
日記は、妹の体調管理を書いていたため、もう続きを書くことはないし、栞もそのまま家に置いてきた。
(…四つ葉をくれたお前は、いなくなってしまった…)
妹が死んだのに、自分は、幸せなのか? と考える。
しかし、確かに仕事の面では、大きい問題や怪我もなく、ルドベキアでは、順調に階級をあげることができた。
(お前のおかげ、だったのかもな)
そう思い、少しだけ頬が緩む。
『…お兄ちゃん、ハイ、あげる…!』
自分に四つ葉を差し出す妹の顔を思い出した時、その顔が、ラシェルの笑顔に変わった。
「……………ッ!」
急に頬が熱を帯び、思わず片手を口に当てる。
(…なんで出てくるんだ…っ)
先日、妹と間違えて、抱き着いてしまった。
とても嫌な思いをさせたに違いない。
そう思い、反省するたびに、その時の感触が、だんだん蘇ってきたのだ。
(…彼女は、妹ではない。全然違う女だ…っ!)
違うからこそ、思い出してしまう。
ルギは、ラシェルが気になりはじめていた。
しばらく、ジッと四つ葉のブレスレットを見つめ、考える。
(…俺は、あいつを傷つけたんだろうな…)
見ず知らずの男に抱き着かれるなんて、思い出すだけで虫ずが走るに違いない。
謝って「もういいよ」と言ってても、きっと彼女の本心では、心の傷が消えたわけではない。
(…傷が、消える方法があれば、いいのにな…)
あるとしたら、ただ一つ。
彼女が幸せであること。
傷を、思い出す暇がないほどに。
ルギは迷わず、ブレスレットを手にとり、店主の元へ向かった-。
* fin *