日常編№1
竜の背と呼ばれる、大陸の中心にある山脈に、盗賊団「黒烏団」のアジトはあった。
雪が融け始め、初春の風が柔らかく頬を撫でていくのを感じながら、ルギは朝のトレーニングを終えてアジトへ戻った。
「ただい…ま…?」
朝食をとるためにダイニングに入ると、見たことのない金髪の美女が、長いキセルタバコを吹かしてダイニングチェアに座っていた。
「…誰?」
肩が露出されたワインレッドのドレスを纏い、パックリと割れたロングスカートのスリットから、惜しげもなく細くてしなやかな太股をさらけ出している美女は、入ってきたルギに気づ、面倒臭そうに目だけでこちらを見た。
途端、表情が一変し、突然ルギに飛びついてきた。
「うわっ!?」
「ちょっとぉ~~~!!! やーんいい男じゃない! いつの間に、こんな良い男が団に入ったのぉ~?」
美女はルギに力いっぱい抱きつきながら、首筋に絡み付いてきた。
「ちょ……ちょっと…っ!」
ルギが慌てて引き剥がそうとするが、意外に力が強くて、美女は剥がれない。
「んもう~! 離そうとするなんて野暮ねぇ。初めて会う仲間なんだから、もっと親密に自己紹介しましょうよ…」
そう言って、ルギの耳に吐息を吹きかけながら、唇を近づけて囁いてくる。
「貴方…女は知ってるのかしら?」
美女の甘い息に頬を赤らめながら、何とかその腕から逃げ出そうともがいているところに、外からダイニングに入ってきた者があった。
「ただいまー! 今日の野菜の収穫は大量だったぁ」
ニコニコしながら、大きな野菜篭を嬉しそうに抱えて入ってきたのは、団員のラシェルだった。
「ラシェル…!」
慌てた様子で呼ばれたラシェルは、ルギと美女を見た途端、表情が硬直し、ボトッと篭を落とす。
その音と共に、ダイニング内の時間が、一瞬止まった。
……そして数秒後。
「アジトでの不純異性 交際なんて、不潔よおぉぉおおぉおお!!!!」
そう叫びながら、ラシェルは猛ダッシュで外に飛び出していった。
「ちょ…ちょっと待てラシェル! 誤解だ…!」
ルギが慌てて後を追おうとするが、美女ががっしりと腰を抱いていて抜けられない。
「なんなの~? 野暮ねぇ、小娘は放っておいて、二人で楽しみましょうよ♪」
そう言って擦り寄ってくる美女に、ついにルギが怒鳴った。
「あんた、いい加減にしろ! この団の先輩かもしれないが、初対面でベタベタ引っ付くなよ、気色悪い!」
ルギの言葉に、美女は眉毛を寄せる。
腕の締め付けが緩んだ隙に、ルギは脱出して、美女から距離をとった。
ハーっと、一息ため息をついてから、ルギは美女を睨んで言った。
「……大体、アンタ、男だろ?」
ルギのその言葉に、美女は急に態度を豹変させ、椅子にどっかりと腰を降ろして、またキセルをふかした。
「……っはー。すぐにバレルとは思わなかったわ。良くわかったな?」
ニヤニヤしながら、美女はさっきまでの女性声とはうって変わって、成人男性の声と口調で語りかけてきた。
「俺はこの団で、変装をしながら情報収集やってるアルスっていうんだ。半年ほど留守にはしてたけど、ルギ…お前が団に入ってきたのも知ってたぜ?」
そういって、灰皿にキセルを置いた。
「…で、それで稼いでる俺の変装を一瞬で見抜くなんてな。正直びっくりだわ。よく気づいたな?」
「…ああ、あんた香水でごまかしてるけど、男のニオイがしたし…」
「はぁ~?」
ルギの言葉に、アルスは驚く。
香水を大量に振り撒いているため、通常なら分からない位の男性の体臭に気づくとは…どれだけ動物の嗅覚に近いのか。
ハーっとため息をつき、アルスは椅子からルギを見上げた。
「…ま、いいかぁ。あ~、ちなみにさっきのラシェルにも、俺の自己紹介はまだだぜ? 彼女、アンタのオンナ? 放っといていいの?」
イタズラな笑みを浮かべながら言うと、ルギの顔からは血の気が引いた。
「ラ…ラシェル!」
ルギは野菜篭を拾うと、すぐさま扉から外へ飛び出していった。
ルギとラシェルが出て行ったドアを見つめ、アルスはにんまりと笑った。
「下界の仕事がつまらなすぎて帰ってきたけど…これからは楽しくなりそうだぜ☆」
―今日も、黒烏団のアジトからは、楽しげな声が絶え間なく聞こえてくるのであった―。
=fin=