序章
『レアンダルト』と呼ばれる世界には、七人の神々がいた。
神は、それぞれが支配する大陸を作った。
これは、その大陸の一つ、「セイクリッド大陸」で暮らす、
とある、盗賊団の頭領。
彼は、セイクリッド王国のとある町で、貴族として生まれた。
彼は、幼いときに母親を亡くした。
彼は、少年のときに、父親の再婚相手と恋に落ちた。
ある日、養母が死んだ。
病死―と言われたが、納得が出来ず、自暴自棄になった彼は、隣の国の悪名高い盗賊ギルドに入り、暗躍を繰り返した。
目的もなく、滅茶苦茶なギルドでの生活。
正義も悪もなく、破壊と略奪を繰り返す日々。
何もかも、終わってもいい―
そう思っていたとき、彼は、初代「黒烏盗賊団」の頭領に拾われた。
そこでの生活をしているうちに、彼は少しづつ、人間の暖かさを思い出した。
そして、自分のために―盗賊を続けていくことを決意した。
「黒烏盗賊団」。
これは、二代目頭領・ネオス=レイヴンと、その仲間たちの物語である―。
窓の外は、春の雨が降り続いていた。
ザアザア、と、音を立てて窓に当たる雨を見ながら、手にしたワインを口にした。
フゥ、と一息つき、窓枠にもたれる。
ネオスは、流れ行く雨粒を眺めながら、昔のことを思い出した。
(俺がここに来た日も、雨だったな…)
目を閉じて、自分を拾ってくれた、先代を思い出す。
彼女はどうしているだろうか…。
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10年前…愛する養母が死んだ時、生きることも、家にいることも、全てがどうでもよくなり、自分以外の者からも、無償に幸せを奪いたかった。
だから、大陸でも悪名の高い、ルドベキア街の銀狼団という盗賊団に入った。
最初は、スリや万引きの仕事からだったが、次第に中隊に入れるようになり、略奪、強盗、殺戮… 何でもやるようになった。
自分以外の人間の不幸が、楽しくて、そして…つまらなかった。
ある日、大雨の降る夜に、とある村を襲撃していた際、たまたま近くにいた王国衛兵軍に追い詰められた。
中隊はバラバラに逃げ、ネオスは、一人山の中に逃げた。
真っ暗な山の中を、無我夢中で逃げ回った。
衛兵達は巻くことが出来たが、自分が、団に帰れるとも思わなかった。
任務失敗は、死…
銀狼団は、荒くれ者の連中の巣窟。
本隊…頭領や幹部のいるクラスじゃないと、例え敵に捕まっても、援軍はこない。
団員達はみな、使い捨ての、駒なのだ。
(もう…戻る場所もない…な…)
泥の中に倒れこみ、雨に濡れながら、次第に意識が遠のいて行った…。
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……気がつくと、木造の部屋に転がっていた。
部屋の中は、ランタンの明かりが揺れている。
少し頭が冴えるのを待ち、状況を確認する。
何故か、上半身は、裸だった。
下半身を見ると、雨や泥で濡れたズボンは、着替えさせられていた。
しかし、後ろ手に、縄で縛られている。
普段なら縄抜けも出来るが、ご丁寧に、指も数本縛られていた。
ブーツに隠しナイフがあったのだが、見事に裸足にされている。
(…誰かに捕まったのか… 衛兵か…?)
しかし、衛兵は考えにくい。
あの真っ暗な山の中を、盗賊団の下っ端1匹捕まえるために、下山出来なくなる危険をおかしてまで、おってくるとは考えにくい。
それに、盗賊の髪や体の汚れを落として、着替えさせるわけがない。
となると… 違う誰かに捕まったのか。
良く見ると、部屋は家具がなく、ランタンがぶら下がっているだけ。
出入り口のドアは、体当たりでも、余裕で出れそうなドアだった。
(捕まえておく気、あるのか?)
訝しがっていると、そのドアが、ギィッと開いた。
「起きたぁ?」
ネオスの状態とは裏腹に、元気な甲高い声が響いた。
扉を開けて、現れたのは…
小さな、幼い少女だった。
(なんだ…?)
訝しげに、ネオスは少女をみた。
布で織られた羽帽子を被り、簡素なベストに動きやすそうな上下の服に、皮の滑らかなブーツ。
頬にはうっすらとそばかすを蓄え、ふわふわな茶色の髪を腰の上までのばしていた。
小柄だが、服の内側には、あらゆる盗賊道具が仕込んであるようだった。
栗色の大きな瞳は、まっすぐにネオスを見つめ、ニコニコしている。
(グラスランナー……か)
まだ少しぼんやりしている中、ネオスは頭のなかを、整理した。
グラスランナーとは、人間の背の、半分しかない小人族。大抵、人間の幼少時代の姿で成長が止まり、身長は100cm~120cmほど。
耳が尖っているのが特徴で、素早さと器用さに秀でている。
そのため、盗賊や狩人、吟遊詩人が多いと聞いていたが…
「近くで倒れていたから、助けてあげたよ、盗賊クン」
「…それはどうも」
「やだ~、警戒しなくていいよ♪ 寝ている間に、イロイロ調べさせて貰ったから。」
少女はそういうと、部屋の中に入り、ネオスの近くに座った。
「さっき、麓の村が銀狼団に襲われたってね。団員、バラバラに逃げたらしいけど、まさかここまでくるとは。」
そう言って、手に持っていたリング状の針金を、指でクルクル回し始める。
それは、ネオスが身につけていた、キーピックだった。
「貴方の服から、盗賊キットがゴロゴロ出て来たわ。銀狼団っていう証明はなかったけど、このタイミングで現れたってことは、ほぼ間違いないんでしょうね」
そう言って、ネオスを見つめて、悲しそうに微笑み、続けた。
「…本当は、銀狼団に貴方の人質交渉をしようと思ったのよ。…だけど貴方、どうみても下っ端だもんねぇ…」
「………」
そんなことはわかっていてた。
人質の価値すらない。
それが今の、自分の有様だった。
「というわけで、君、うちで働きなさい」
「は?」
思わず、マヌケな声が出た。
顔も相当、間が抜けていただろう。
「うちも、東の盗賊団やってるんだけど、まだまだ、人手が足りないんだよねぇ…。どうせ貴方、銀狼団には戻れないっしょ? だったら、雇ってあげるから、うちにおいでよ♪」
「…断ったら?」
ネオスの言葉に、少女は、ん~と天井を見上げて、口に人差し指を当てる。
「その台詞は、あんまり考えてなかったや。…衛兵に突き出すのはかわいそうだから、そのまま、下の川に投げ込むかなあ。」
今は雨で、川は増量している。
手が縛られていれば、実質、溺れろと言ってるようなものだ。
「ここで俺が「はい」と言っても、後で逃げるかもしれないだろ?」
「多分、それはないと思うよ~」
「何故?」
言い切る少女に半ば苛立ち、ネオスは聞き返す。
すると、少女は一枚の紙切れを取り出した。
『行方不明:捜索願 アレーティア家』
「これ… 貴方でしょ?」
「…だから?」
それは、たしかにネオスの捜索願いだった。
貴族アレーティア家の、本家の嫡出子が家出したとあれば、捜索依頼も出るだろう。
しかし、ネオスが銀狼団に入った時、その噂を聞いた本家は、捜索願いを取下げたという情報を、ネオスは手に入れていた。
「俺を餌に、アレーティア家をゆすろうとしているのか…?」
「違う違う」
少女はブンブンと、頭を振った。
「私は東の盗賊団だよ? もう捜索願いを取下げてることくらい知ってる。さらに、貴方の知らない情報もね」
「……?」
少女は立ち上がり、クルッと後ろを向いて言った。
「貴方のお母さん。病死じゃないわよ」
「……………ッ!」
思わず立ち上がりそうになり、手を縛られていたためにバランスを崩し、床に倒れこんだ。
「なんだとっ!」
「最近、貴族の暗殺や盗みの依頼が多いのよね~。まあ、うち暗殺は専門じゃないから、あんまりやらないけど。でも、情報は東の大陸で一番だと思ってるんだぁ」
そう言って、ネオスに向き直る。
「入団、しますか?」
「…ああ」
ネオスはそう言って、頷いた。
どうせ、行くあてもない。
死んだって、構わない。
だけど、養母の死が、本当に病死じゃなかったとしたら、やるべきことは一つ………!
少女は、ニッコリ笑った。
「『黒烏団』にようこそ♪」
そう言って、ネオスの手の縄を、ナイフで切った。
「私はペルよ。よろしくね♪」
「…ネオスだ」
「本名じゃないのね。じゃあ、ネオスちゃん、着替えと挨拶に行こうか」
「ネオス…ちゃん…!?」
ちゃん付けに、思わずふらつく。
「あら、だって、貴方、まだ十四~五でしょ? 私二十だし。お姉さんね♪」
「だからって、ちゃんは辞めろ」
「じゃあ、仕事っぷりで評価してあげるわ。まだまだなうちは、『ネオスちゃん』だからね♪」
「………」
なんだか、頭が痛くなってきた。
しかし…黒烏団なんて、今まで盗賊ギルドの情報でも、聞いたことがなかった。
「あんたらの、頭領って誰なんだ?」
「あたしだけど?」
「……はぁ???」
「何よ、文句あんの?」
ペルは、精一杯背伸びして、下からネオスを睨み上げていた。
「…お前が…?」
「あ、貴方心の中で、馬鹿にしたでしょ! こんなチビが頭領かよって! 悪かったわね! 団もまだ発足3ヶ月だけど、20年旅した情報は、伊達じゃないわよ!」
「3ヶ月…!?」
「ちょっ! そこも馬鹿にする気!? キィー!」
顔を真っ赤にし、手足をジタバタさせて、何故か怒るペルの姿に、思わず笑いが込み上げる。
「……っプッ」
その声に、ペルの動きは止まった。
「何よぅ。なんで笑うの?」
「別に馬鹿にしてなどいない。ただ、よくやるな、と思っただけだ」
頬を膨らませるペルに、ネオスは言った。
見た目は小さくても、確かに成人。自分のことも調べていたし、さっきの母の話だって、正確ならかなりの情報網だ。
ここなら、欲しい情報も手に入れられるし、きっと、自分の望む仕事も出来る…
……愛する母を手にかけた奴への復讐を………!
「…よろしく頼む、頭領」
「あいっ!」
ネオスの差し出した手を、小さな手が握り返して来た。
黒烏団の一員となったこのときから、ネオスは、自分の刻が動き出すのを感じていた。
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~数年後~
義母に毒薬を飲ませて、病死と見せかけ、新しい妻を送り込んで、本家の金を手にしようとしていた身内を、ネオスは自分の手で、葬り去ることが出来た。
時を同じくして、頭領が捜し求めていた秘宝が見つかったという、知らせが届いた。
―ネオスは、19歳になっていた―
ある日の朝。
「じゃあ、あたし、行くから♪」
突然の発言に、団員が皆驚く。
ネオスが入った頃は5~6人しかいなかった団も、今では13人になっていた。
みんなが、呆気にとられている中、ペルはそのまま言葉を進める。
「次期頭領は、ネオスね。この中で、一番腕が立つ&頭もいい&魔法も使える&顔もいいから。反対の人~?」
「顔がいいってのは、どうかと思うけどなぁ」
と、ダイン――無精ひげを生やした、屈強の戦士――が言うが、反対者はいなかった。
…本人以外は。
「なぜ俺が?」
「あたしの志を継げるでしょ?」
「皆も継いでるだろう」
「だって魔法の使い魔で、烏飼ってるし」
「~~~~それは関係ないだろう……」
そう言って、ネオスは頭を抱えた。
「いいのよ、貴方が皆を支えてくれれば。貴方だって、皆に支えて貰えるでしょ。命を懸けて旅をしても、帰る場所、出来たでしょ?」
ああ、そうか。
ここに来た時の、自分の心境、気づいてたんだな……
「……わかった。引き受けよう。」
「ありがとう、ネオス」
ペルはニッコリ微笑んだ。
もう、彼女の言葉で、ネオスに「ちゃん」付けは無くなった。
ペルも、外見は少女のままだが、ずっと大人の女性のように感じた。
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お昼前に、荷物をまとめ上げ、ペルは出ていった。
淋しくなるからと、見送りは、ネオスだけだった。
山を下りる道の途中に、雨が降り始めた。
「最悪~~~! どんだけ雨男なのよ、ネオスは!」
泥だらけになりながら、ペルは愚痴る。
「俺のせいか」
「ネオスと外に出る日は、大抵、雨降ってたよ!」
「だったら違う奴に見送らせれば…」
「あんたが頭領でしょうがーーー!(怒)」
ペルは真っ赤になって、ネオスに怒鳴った。
ネオスは、クックッと笑う。
ペルの、山ほどある荷物を背負いながら、防水マントを被って、山道を馬で並んで歩く。
「もう、あんたの軽口も、真っ赤な顔の罵声も聞けないんだな…」
「ば、罵声って失礼な。ツッコミと言ってほしいわ!」
そう言って、ペルはコホン、と咳ばらいをする。
「今度会う時は、…別人かもね~」
「なんだ、整形でもするのか? 無駄だと思うぞ、変わらない」
「どういう意味! 私だって整形すれば… ってちがーう! しないっての!」
また真っ赤になって、一人でパタパタしている。面白いな。
ネオスは、すぐにむきになって怒るペルを、微笑ましく思った。
「…まあいいわ。いつか、また必ず会いにくるわ。あたしに惚れて、泣いて詫びたって知らないから。」
「無いな」
「いちいち一言多い!」
そうこうしているうちに、麓の街路まで来た。
馬から下りて、荷物をペルの馬に取り付ける。
ペルも馬から下りて、鞍や手綱のチェックをした。
雨が止み、ペルはふぅ、とフードをとる。
すると、空を指さして言った。
「ネオス! 虹! 虹!」
振り返ると、雲の向こうに、七色の虹が見える。
「ネオスは雨男だけど、たまには、いいもの見せるね~」
「…俺のせいか?」
「そういうことにしといてあげる!」
そう言って、ペルはピョンピョン跳ねて喜んだ。
ネオスはしゃがみこみ、ペルに手を差し出す。
「…初代、今まで世話になった。あんたのおかげで、生きながらえた…。ありがとう」
ペルは、その手を握り返す。
「どう致しまして♪ この借りは、いつか面白いことで返してね♪」
「どういうことだ?」
「うーん、ネオスの孫見せて貰うとか」
「無理だな」
「貸しは貸しだからね!」
そう言って、ペルは小さな両手でネオスの手を握り、頬に口づけをした。
流石のネオスも驚き、思わず頬に手を当てた。
ペルは、してやったりと、ニヤリと笑う。
「じゃあまた! そのうち、遊びにくるから!」
そう言って、ペルは馬に飛び乗った。
「元気でね!」
「…ああ、良い旅を。」
軽く手をあげ、背を向けて駆け出すペルを見送る。
ペルは、馬とともに、虹色の光の中に、消えていった。
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………それからしばらくして。
ペルが結婚した、という噂を聞いた。
きっと今頃は、どこかで幸せに暮らしているんだろう。
(………孫の顔を見るのは、どうやらあんたが先らしいな、先代……)
クスリと微笑みながら、手にしたグラスのワインを飲む。
ネオスが頭領になってから、5年が経過した。
団員達は、多少の出入りはあるものの、少数精鋭で、皆元気に楽しくやっている。
(……今も、そしてこれからも。初代の志は、忘れない…)
先代に教えてもらった、仲間を大事にし、弱いものは助けるという志を継ぎ、冒険者よりの盗賊団として、立派にネオスは、跡を継いでいた。
「頭領すいません、ちょっと…」
その時、ノックの音とともに、後ろから声が聞こえた。
「ああ…今行く」
ワイングラスをテーブルに置き、ネオスは部屋を出た。
相変わらず、窓の外では、彼女が旅立った日と同じように、暖かい雨が降り続いていた…。
=fin=