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黒烏盗賊団  作者: 朝霧 知乃
=ネオス編=
1/14

序章

 『レアンダルト』と呼ばれる世界には、七人の神々がいた。

 神は、それぞれが支配する大陸を作った。


 これは、その大陸の一つ、「セイクリッド大陸」で暮らす、

 とある、盗賊団の頭領。


 彼は、セイクリッド王国のとある町で、貴族として生まれた。 

 彼は、幼いときに母親を亡くした。

 彼は、少年のときに、父親の再婚相手と恋に落ちた。


 ある日、養母が死んだ。


 病死―と言われたが、納得が出来ず、自暴自棄になった彼は、隣の国の悪名高い盗賊ギルドに入り、暗躍を繰り返した。


 目的もなく、滅茶苦茶なギルドでの生活。

 正義も悪もなく、破壊と略奪を繰り返す日々。


 何もかも、終わってもいい―


 そう思っていたとき、彼は、初代「黒烏盗賊団」の頭領に拾われた。

 そこでの生活をしているうちに、彼は少しづつ、人間の暖かさを思い出した。

 そして、自分のために―盗賊を続けていくことを決意した。



 「黒烏盗賊団」。



 これは、二代目頭領・ネオス=レイヴンと、その仲間たちの物語である―。



 窓の外は、春の雨が降り続いていた。

 ザアザア、と、音を立てて窓に当たる雨を見ながら、手にしたワインを口にした。

 フゥ、と一息つき、窓枠にもたれる。

 ネオスは、流れ行く雨粒を眺めながら、昔のことを思い出した。


(俺がここに来た日も、雨だったな…)


 目を閉じて、自分を拾ってくれた、先代を思い出す。

 彼女はどうしているだろうか…。



挿絵(By みてみん)



**************************************************


 10年前…愛する養母が死んだ時、生きることも、家にいることも、全てがどうでもよくなり、自分以外の者からも、無償に幸せを奪いたかった。

 だから、大陸でも悪名の高い、ルドベキア街の銀狼団という盗賊団に入った。


 最初は、スリや万引きの仕事からだったが、次第に中隊に入れるようになり、略奪、強盗、殺戮… 何でもやるようになった。

 自分以外の人間の不幸が、楽しくて、そして…つまらなかった。

 ある日、大雨の降る夜に、とある村を襲撃していた際、たまたま近くにいた王国衛兵軍に追い詰められた。

 中隊はバラバラに逃げ、ネオスは、一人山の中に逃げた。

 真っ暗な山の中を、無我夢中で逃げ回った。

 衛兵達は巻くことが出来たが、自分が、団に帰れるとも思わなかった。

 任務失敗は、死…

 銀狼団は、荒くれ者の連中の巣窟。

 本隊…頭領や幹部のいるクラスじゃないと、例え敵に捕まっても、援軍はこない。

 団員達はみな、使い捨ての、駒なのだ。


(もう…戻る場所もない…な…)


 泥の中に倒れこみ、雨に濡れながら、次第に意識が遠のいて行った…。



**************************************************



 ……気がつくと、木造の部屋に転がっていた。

 部屋の中は、ランタンの明かりが揺れている。


 少し頭が冴えるのを待ち、状況を確認する。

 何故か、上半身は、裸だった。

 下半身を見ると、雨や泥で濡れたズボンは、着替えさせられていた。

 しかし、後ろ手に、縄で縛られている。

 普段なら縄抜けも出来るが、ご丁寧に、指も数本縛られていた。

 ブーツに隠しナイフがあったのだが、見事に裸足にされている。


 (…誰かに捕まったのか… 衛兵か…?)


 しかし、衛兵は考えにくい。

 あの真っ暗な山の中を、盗賊団の下っ端1匹捕まえるために、下山出来なくなる危険をおかしてまで、おってくるとは考えにくい。

 それに、盗賊の髪や体の汚れを落として、着替えさせるわけがない。

 となると… 違う誰かに捕まったのか。

 良く見ると、部屋は家具がなく、ランタンがぶら下がっているだけ。

 出入り口のドアは、体当たりでも、余裕で出れそうなドアだった。


 (捕まえておく気、あるのか?)


 訝しがっていると、そのドアが、ギィッと開いた。


「起きたぁ?」


 ネオスの状態とは裏腹に、元気な甲高い声が響いた。

 扉を開けて、現れたのは…

 小さな、幼い少女だった。


 (なんだ…?)


 訝しげに、ネオスは少女をみた。

 布で織られた羽帽子を被り、簡素なベストに動きやすそうな上下の服に、皮の滑らかなブーツ。

 頬にはうっすらとそばかすを蓄え、ふわふわな茶色の髪を腰の上までのばしていた。

 小柄だが、服の内側には、あらゆる盗賊道具が仕込んであるようだった。

 栗色の大きな瞳は、まっすぐにネオスを見つめ、ニコニコしている。


 (グラスランナー……か)


 まだ少しぼんやりしている中、ネオスは頭のなかを、整理した。

 グラスランナーとは、人間の背の、半分しかない小人族。大抵、人間の幼少時代の姿で成長が止まり、身長は100cm~120cmほど。

 耳が尖っているのが特徴で、素早さと器用さに秀でている。

 そのため、盗賊や狩人、吟遊詩人が多いと聞いていたが…


 「近くで倒れていたから、助けてあげたよ、盗賊クン」

 「…それはどうも」

 「やだ~、警戒しなくていいよ♪ 寝ている間に、イロイロ調べさせて貰ったから。」


 少女はそういうと、部屋の中に入り、ネオスの近くに座った。


 「さっき、麓の村が銀狼団に襲われたってね。団員、バラバラに逃げたらしいけど、まさかここまでくるとは。」


 そう言って、手に持っていたリング状の針金を、指でクルクル回し始める。

 それは、ネオスが身につけていた、キーピックだった。


 「貴方の服から、盗賊キットがゴロゴロ出て来たわ。銀狼団っていう証明はなかったけど、このタイミングで現れたってことは、ほぼ間違いないんでしょうね」


 そう言って、ネオスを見つめて、悲しそうに微笑み、続けた。


 「…本当は、銀狼団に貴方の人質交渉をしようと思ったのよ。…だけど貴方、どうみても下っ端だもんねぇ…」

 「………」


 そんなことはわかっていてた。

 人質の価値すらない。

 それが今の、自分の有様だった。


「というわけで、君、うちで働きなさい」

「は?」


 思わず、マヌケな声が出た。

 顔も相当、間が抜けていただろう。


 「うちも、東の盗賊団やってるんだけど、まだまだ、人手が足りないんだよねぇ…。どうせ貴方、銀狼団には戻れないっしょ? だったら、雇ってあげるから、うちにおいでよ♪」

 「…断ったら?」


 ネオスの言葉に、少女は、ん~と天井を見上げて、口に人差し指を当てる。


 「その台詞は、あんまり考えてなかったや。…衛兵に突き出すのはかわいそうだから、そのまま、下の川に投げ込むかなあ。」


 今は雨で、川は増量している。

 手が縛られていれば、実質、溺れろと言ってるようなものだ。


 「ここで俺が「はい」と言っても、後で逃げるかもしれないだろ?」

 「多分、それはないと思うよ~」

 「何故?」


 言い切る少女に半ば苛立ち、ネオスは聞き返す。

 すると、少女は一枚の紙切れを取り出した。


 『行方不明:捜索願 アレーティア家』


 「これ… 貴方でしょ?」

 「…だから?」


 それは、たしかにネオスの捜索願いだった。

 貴族アレーティア家の、本家の嫡出子が家出したとあれば、捜索依頼も出るだろう。

 しかし、ネオスが銀狼団に入った時、その噂を聞いた本家は、捜索願いを取下げたという情報を、ネオスは手に入れていた。


 「俺を餌に、アレーティア家をゆすろうとしているのか…?」

 「違う違う」


 少女はブンブンと、頭を振った。


 「私は東の盗賊団だよ? もう捜索願いを取下げてることくらい知ってる。さらに、貴方の知らない情報もね」

 「……?」


 少女は立ち上がり、クルッと後ろを向いて言った。


 「貴方のお母さん。病死じゃないわよ」

 「……………ッ!」


 思わず立ち上がりそうになり、手を縛られていたためにバランスを崩し、床に倒れこんだ。


 「なんだとっ!」

 「最近、貴族の暗殺や盗みの依頼が多いのよね~。まあ、うち暗殺は専門じゃないから、あんまりやらないけど。でも、情報は東の大陸で一番だと思ってるんだぁ」


 そう言って、ネオスに向き直る。


 「入団、しますか?」

 「…ああ」


 ネオスはそう言って、頷いた。

 どうせ、行くあてもない。

 死んだって、構わない。

 だけど、養母の死が、本当に病死じゃなかったとしたら、やるべきことは一つ………!

 少女は、ニッコリ笑った。


 「『黒烏団』にようこそ♪」


 そう言って、ネオスの手の縄を、ナイフで切った。


 「私はペルよ。よろしくね♪」

 「…ネオスだ」

 「本名じゃないのね。じゃあ、ネオスちゃん、着替えと挨拶に行こうか」

 「ネオス…ちゃん…!?」


 ちゃん付けに、思わずふらつく。


 「あら、だって、貴方、まだ十四~五でしょ? 私二十だし。お姉さんね♪」

 「だからって、ちゃんは辞めろ」

 「じゃあ、仕事っぷりで評価してあげるわ。まだまだなうちは、『ネオスちゃん』だからね♪」

 「………」


 なんだか、頭が痛くなってきた。

 しかし…黒烏団なんて、今まで盗賊ギルドの情報でも、聞いたことがなかった。


 「あんたらの、頭領って誰なんだ?」

 「あたしだけど?」

 「……はぁ???」

 「何よ、文句あんの?」


 ペルは、精一杯背伸びして、下からネオスを睨み上げていた。


 「…お前が…?」

 「あ、貴方心の中で、馬鹿にしたでしょ! こんなチビが頭領かよって! 悪かったわね! 団もまだ発足3ヶ月だけど、20年旅した情報は、伊達じゃないわよ!」

 「3ヶ月…!?」

 「ちょっ! そこも馬鹿にする気!? キィー!」


 顔を真っ赤にし、手足をジタバタさせて、何故か怒るペルの姿に、思わず笑いが込み上げる。


 「……っプッ」


 その声に、ペルの動きは止まった。


 「何よぅ。なんで笑うの?」

 「別に馬鹿にしてなどいない。ただ、よくやるな、と思っただけだ」


 頬を膨らませるペルに、ネオスは言った。

 見た目は小さくても、確かに成人。自分のことも調べていたし、さっきの母の話だって、正確ならかなりの情報網だ。

 ここなら、欲しい情報も手に入れられるし、きっと、自分の望む仕事も出来る… 

 ……愛する母を手にかけた奴への復讐を………!


 「…よろしく頼む、頭領」

 「あいっ!」


 ネオスの差し出した手を、小さな手が握り返して来た。

 黒烏団の一員となったこのときから、ネオスは、自分の刻が動き出すのを感じていた。




**************************************************



~数年後~


 義母に毒薬を飲ませて、病死と見せかけ、新しい妻を送り込んで、本家の金を手にしようとしていた身内を、ネオスは自分の手で、葬り去ることが出来た。

 時を同じくして、頭領が捜し求めていた秘宝が見つかったという、知らせが届いた。

 ―ネオスは、19歳になっていた―



 ある日の朝。


 「じゃあ、あたし、行くから♪」


 突然の発言に、団員が皆驚く。

 ネオスが入った頃は5~6人しかいなかった団も、今では13人になっていた。

 みんなが、呆気にとられている中、ペルはそのまま言葉を進める。


 「次期頭領は、ネオスね。この中で、一番腕が立つ&頭もいい&魔法も使える&顔もいいから。反対の人~?」

 「顔がいいってのは、どうかと思うけどなぁ」


 と、ダイン――無精ひげを生やした、屈強の戦士――が言うが、反対者はいなかった。

 …本人以外は。


 「なぜ俺が?」

 「あたしの志を継げるでしょ?」

 「皆も継いでるだろう」

 「だって魔法の使い魔で、烏飼ってるし」

 「~~~~それは関係ないだろう……」


 そう言って、ネオスは頭を抱えた。

 

 「いいのよ、貴方が皆を支えてくれれば。貴方だって、皆に支えて貰えるでしょ。命を懸けて旅をしても、帰る場所、出来たでしょ?」


 ああ、そうか。

 ここに来た時の、自分の心境、気づいてたんだな……


 「……わかった。引き受けよう。」

 「ありがとう、ネオス」


 ペルはニッコリ微笑んだ。

 もう、彼女の言葉で、ネオスに「ちゃん」付けは無くなった。

 ペルも、外見は少女のままだが、ずっと大人の女性のように感じた。


**************************************************



 お昼前に、荷物をまとめ上げ、ペルは出ていった。

 淋しくなるからと、見送りは、ネオスだけだった。

 山を下りる道の途中に、雨が降り始めた。


 「最悪~~~! どんだけ雨男なのよ、ネオスは!」


 泥だらけになりながら、ペルは愚痴る。


 「俺のせいか」

 「ネオスと外に出る日は、大抵、雨降ってたよ!」

 「だったら違う奴に見送らせれば…」

 「あんたが頭領でしょうがーーー!(怒)」


 ペルは真っ赤になって、ネオスに怒鳴った。

 ネオスは、クックッと笑う。

 ペルの、山ほどある荷物を背負いながら、防水マントを被って、山道を馬で並んで歩く。


 「もう、あんたの軽口も、真っ赤な顔の罵声も聞けないんだな…」

 「ば、罵声って失礼な。ツッコミと言ってほしいわ!」


 そう言って、ペルはコホン、と咳ばらいをする。


 「今度会う時は、…別人かもね~」

 「なんだ、整形でもするのか? 無駄だと思うぞ、変わらない」

 「どういう意味! 私だって整形すれば… ってちがーう! しないっての!」


 また真っ赤になって、一人でパタパタしている。面白いな。

 ネオスは、すぐにむきになって怒るペルを、微笑ましく思った。


 「…まあいいわ。いつか、また必ず会いにくるわ。あたしに惚れて、泣いて詫びたって知らないから。」

 「無いな」

 「いちいち一言多い!」


 そうこうしているうちに、麓の街路まで来た。

 馬から下りて、荷物をペルの馬に取り付ける。

 ペルも馬から下りて、鞍や手綱のチェックをした。

 雨が止み、ペルはふぅ、とフードをとる。

 すると、空を指さして言った。


 「ネオス! 虹! 虹!」


 振り返ると、雲の向こうに、七色の虹が見える。


 「ネオスは雨男だけど、たまには、いいもの見せるね~」

 「…俺のせいか?」

 「そういうことにしといてあげる!」


 そう言って、ペルはピョンピョン跳ねて喜んだ。

 ネオスはしゃがみこみ、ペルに手を差し出す。


 「…初代、今まで世話になった。あんたのおかげで、生きながらえた…。ありがとう」


 ペルは、その手を握り返す。


 「どう致しまして♪ この借りは、いつか面白いことで返してね♪」

 「どういうことだ?」

 「うーん、ネオスの孫見せて貰うとか」

 「無理だな」

 「貸しは貸しだからね!」


 そう言って、ペルは小さな両手でネオスの手を握り、頬に口づけをした。

 流石のネオスも驚き、思わず頬に手を当てた。

 ペルは、してやったりと、ニヤリと笑う。


 「じゃあまた! そのうち、遊びにくるから!」


 そう言って、ペルは馬に飛び乗った。


 「元気でね!」  

 「…ああ、良い旅を。」


 軽く手をあげ、背を向けて駆け出すペルを見送る。

 ペルは、馬とともに、虹色の光の中に、消えていった。



**************************************************



 ………それからしばらくして。


 ペルが結婚した、という噂を聞いた。

 きっと今頃は、どこかで幸せに暮らしているんだろう。


 (………孫の顔を見るのは、どうやらあんたが先らしいな、先代……)


 クスリと微笑みながら、手にしたグラスのワインを飲む。


 ネオスが頭領になってから、5年が経過した。

 団員達は、多少の出入りはあるものの、少数精鋭で、皆元気に楽しくやっている。


 (……今も、そしてこれからも。初代の志は、忘れない…)


 先代に教えてもらった、仲間を大事にし、弱いものは助けるという志を継ぎ、冒険者よりの盗賊団として、立派にネオスは、跡を継いでいた。


 「頭領すいません、ちょっと…」


 その時、ノックの音とともに、後ろから声が聞こえた。


 「ああ…今行く」


 ワイングラスをテーブルに置き、ネオスは部屋を出た。

 相変わらず、窓の外では、彼女が旅立った日と同じように、暖かい雨が降り続いていた…。


    =fin=

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