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彼と彼女の迷宮えれじい  作者: 三澤いづみ
第一部 『彼と彼女の出逢い、あるいは地下迷宮の魔』
8/62

八、誘うもの


八、



「お見事」


 いつの間にか階段の前に戻ったアーシャが、笑顔で拍手していた。


「悪かったな、心配かけて」

「心配なんかしてないわよ」

「それならいい」


「でも、あんまりハラハラさせないで。最後のアレ、いい加減手を出しそうだったわ」

「やっぱり心配してくれたんじゃないか」

「あれは不安っていうの。あのダグ・マバルドが本当に発動してたら、今頃あたしたちは二人揃って消し炭も残ってないわよ」

「備えはしてたんだろ」


「そりゃするわよ。こんなところで死にたくないもの。でもね、あそこまで引っ張ってからじゃソエモンまで助けるのは無理よ。せいぜい自分の身を守るので精一杯。そうなる前に倒せたでしょ、ってあたしは言ってるの。分かるでしょうに」


「俺も遊んでたわけじゃない」

「それも分かってるわよ。でも、全力じゃなかったわよね?」

「本気だったがな」

「ならいいわ。じゃあ、帰りましょうか。……いいかげん疲れたし」


 微妙に棘のあるアーシャの言葉に、首を捻るソエモンだった。

 と、アーシャを制止する。


「……待った。そっちに、何かいる」


 アーシャが即座に杖を向ける。ソエモンも納めかけた剣を握り直す。


「すごいな君は。オーガを殺しただけではなく、今の私をも見つけ出すか」


 悪魔が現れた通路側から、すっと人影が現れた。


「あの悪魔のことか」

「どう見てもオーガじゃないわよ、あれは。以前、別の迷宮でちゃんとしたオーガと戦ったこともあるもの。あんな性質の悪いバケモノじゃなかったわ」

「では言い換えよう。東方では鬼と呼ばれるモンスターがいる。あれを参考にした」


 ソエモンは得心した。見たことがある鬼には一本ないし二本の角があったが、あの悪魔にはそれが無かった。だが、雰囲気としては、たしかに鬼に似ている。


「参考にしたと言っても呼称だけだし、そのままではないがね。ともあれ、括りとしてはオーガも鬼も似たようなカテゴリーに入ると思うのだが……」


 口調は教師や学者のそれに近い。明かりの前に露わになった顔は、ソエモンには見覚えのないものだった。

 見目麗しい女性だ。顔立ちは、どことなくアーシャと似ている。髪の色や鼻の形、気の強そうな口元などもそうだが、特に同質と感じるのは瞳の輝きだ。

 美しい焔が瞳の奥で煌めいているように見える。

 背は高く、スレンダーな体型で、アーシャと同じ色のローブを着ている。


 魔術師であることを誇示しているわけでもないだろうが、手にしているのは長い杖だ。先端部分にはルビーともガーネットとも区別の付かない、不思議な輝き方の赤褐色の宝石がはめ込まれている。

 すらっとした白い足が、ローブから覗いている。透き通るような肌の色だ。しかし軟弱な風には見えなかった。しかしソエモンの目は、何よりも細い腰に向かった。


 黒塗りの鞘だ。柄は使い込まれた様子が見て取れた。鍔もまた美しかった。カタナ。それはおそらく、本物のカタナだろう。

 ソエモンが首をかしげる隙に、隣のアーシャが初めて聞く声を出した。

 冷たいような、熱っぽいような、複雑な声だった。


「つまりこの迷宮で起きているおかしな出来事は全部あんたのせいね」

「全部ではないが、ある程度はそうだな」


 一方の女性はどこか懐かしげに語りかけてくる。


「……四年ぶりくらいか。大きくなったな、アーシャ」

「身長はちょっとしか伸びてないわよ」

「胸はどうだ」


 ふん、と鼻を鳴らして、アーシャがその女をじいっと睨め付ける。


「説明して貰いましょうか。イシュテリア伯母さん」

「私としては、昔のようにリア伯母さんと呼んでくれて構わないんだがな」

「嘘のない説明と、これからの行動次第では考えなくもないわ」

「では無理だ。ふむ、ここで顔を合わせるつもりは無かったんだが……困ったな」

「説明する気は無いのね?」

「いや、あるが。ただ、説明といってもどこから話せばいいものか……」


 アーシャとイシュテリアは、互いに軽い口調で話をしているが、どちらも妙な動きをしなかった。互いに牽制し合っている。


「ところで、彼は放っておいていいのか」


 放っておいてほしかった。


「いいのよ」


 頷く。


「そうか」

「そうなの」

「恋人か」

「違うわ」


「ほう。本当に違うのか?」

「ち、違うのよ」


 なぜか追い詰められているアーシャである。言葉の裏側に感じるものがあり、ソエモンは表情を変えなかった。

 敵対ではないのか。それとも似た性格なのか。いまいち掴みづらい。


「……大きくなったな、アーシャ」

「さっきとは違う意味よね、それ」

「強そうな男をくわえ込んで……もとい、頼りになる男性を傍らに置くのは、いかにもフェルマータ家の女子らしい」

「褒め言葉じゃないわよ。それに、フェルマータの家はもう名門扱いはされてないわ」

「知っている」

「あっそ」


「怒っているのか、アーシャ。君だってあの家にいまさら未練もないだろうに」

「狭い世界だったとは思うわ。あたしは冒険者になったことは後悔してない。でも、あのときの出来事。その真相について知る権利はあるでしょう? 何が起きたのか、今あんたが何を企んでいるのか。聞きたいことは山ほどあって、その相手がのこのこ顔を出したんだもの。力尽くでも聞き出すわ」

「ふむ、残念だ」

「何がよ」


「私が思っていたよりも、君はずっとまともな魔術師になってしまった」

「それが?」

「……本当に、残念だ」


 言葉の応酬だけで済むはずがない。その雰囲気は正しかった。

 アーシャが怒った顔をして文句を告げる。と見せかけて次の言葉を告げた。


「〝エジアラ〟」


 不意打ちだ。風が弾けた。慌てた様子も無く、イシュテリアは話を続けた。


「私は最下層で待つ。では、な。これは心からの忠告なんだが……私を殺すなら、なるべく急いだ方がいいぞ。具体的には三日以内だな」


 エリアルナイフを構えていたアーシャだったが、風の弾丸がぶつかる直前にイシュテリアは姿を消した。空中に溶けてしまったように目に映った。

 声だけが残っていた。

 遅れて、あの悪魔――角無し鬼、オーガもどきの死体も溶けて消えた。

 天使や角無し鬼と無関係では無いだろうが、黒幕と決めつけるには決定的な場面を確認していない。ソエモンからすると、見えている状況だけでは把握が難しかった。


「うそ……空間転移? いえ、でも、詠唱どころか呪文すら無かったのに」

「ひとついいか」

「仕留め損ねるのは予想通りだったけど……。でも、それならあたしを一方的に殺すことなんて簡単……あたしをこの場所で殺せない理由がある?」

「おい、アーシャ!」


 アーシャの顔色が悪い。立て続けに色々あったからだろうか。いつもの余裕のある雰囲気は隠れてしまっていた。


「あれが黒幕でいいのか」

「たぶん……いえ、分からないわ。状況からすると真っ黒なんだけど……聞き出せた情報からだと、断定は出来ないわね」

「そうか?」

「そうなの。……なに、あのひとのことが気になるの?」


 アーシャが軽く目を伏せた。ソエモンは頷いた。


「……そう」

「とりあえず、最下層まで降りれば会えるんだな?」

「そうね。そう言ってたわ」


 そこはかとなく不機嫌なアーシャに重ねて聞いた。


「あれがカタナだよな」

「そうね」


 おざなりな返事に、ソエモンが意気込んだ。


「やっぱりそうだったのか! しまったな、さっき無理にでも話に割り込んでおけば良かった。くそ、もったいないことをした。話に聞くムラマサか、それともマサムネか。コテツという可能性もある……」

「ちょっと、ソエモン」

「いや待てよ、あれだけのカタナを持ちながら違和感がなかった……かなりの使い手か。少なくともただ持っているだけってことはないな。だとすれば流派はなんだ? まさか昔に途絶えた流派が西方に残っていたとか。しかし、本物の使い手ならカタナを手放すはずもない。欲しい、欲しいが、交渉でどうにかならんもんか」


 なぜかわざとらしい言葉に、アーシャが声を大きくした。


「聞きなさい! ごめん……あたしが悪かったわよ!」


 ソエモンはにやりと笑った。


「頼むな、頭脳労働担当」

「ちょっと頭に血が上ってたのよ。はぁ……ダメね。冷静沈着じゃない魔術師なんて、剣の折れた剣士みたいなものだしね」

「説明、してくれるんだろう?」


「もちろん。先にひとつ言っておくわ。状況にもよるけど、リア伯母さん――さっきの魔術師と殺し合いになる可能性があるから。最下層で待ち構えているのは、つまりそういうことなんでしょうね。見ての通りに魔術師で、カタナ使いよ。正直、さっきソエモンが戦った鬼? あれより数段手強いわよ。それでも一緒に行ってくれる?」


 答えは決まっている。

 しかし、ソエモンは口に出す前に、あえて考えを巡らせてみた。



 腕あるものが見れば、相手のおおよその実力が分かると言われる。剣士の実力を量るには剣士、魔術師の力量を見抜くには魔術師の方が向いている。

 畑違いの分野であっても、全く分からないわけではない。


 イシュテリアの実力は、ソエモンには量りきれなかった。何か雲を掴むような感覚だったのだ。実力が開きすぎて理解出来ないわけではない、と思われる。

 為体が知れないだけだ。単純な強さで言えば、アーシャに分がある。技量や経験とは違う次元であれは危うい。そう思わせる何かがあるのも事実だった。


 斬れるか。ソエモンは自問した。

 斬れる。内なる声による自答は早かった。


「アーシャ」


 少しばかりの不安と期待の入り交じった風に、そっと顔を見上げてきたアーシャは、普段の気の強そうな表情を繕っていた。


「質問してもいいか」

「……ええ、なにかしら」


 アーシャが微妙に肩すかしをくらった表情を覗かせた。


「どうして、守って、だったんだ」

「何の話?」

「あのとき『あたしのこと、守ってくれる?』って俺に聞いただろ」

「そう、ね」


「アーシャなら、あの影を倒すのは難しくなかったはずだ。俺は強い。剣一本でどこでも生きていける程度にはな。見た限りアーシャの力量は俺と遜色ないか、場面によっては上だろう。そんな魔術師が『守ってくれる?』なんて表現を使うことに違和感があった」


 アーシャが、目を瞬かせた。


「怖いのか」


 アーシャがはっとして息を飲んだ。すぐさま答えようとして、口から言葉が出てこない。

 唇を噛みしめて、それからようやく声を発した。


「……頭脳労働は、あたしの担当じゃなかったの?」

「任せっきりにするな、とも言ってただろうが」

「そうね」


 ふう、と息を吐き出して顔を上げた。そのとき、アーシャは笑顔だった。


「認めるわ。あたしは怖がってる。無意識にそんな言葉を選んだんでしょうね。ソエモンに言われるまで気づかなかったもの。冒険者になってそこそこ経つし、あたしは自分が大人だったつもりなんだけど……まだまだ子供だってことかしら」


 ため息一つ。


「怖い。……怖い、か。伯母さんと戦うのが怖いわけじゃない、と思うわ。道半ばで死ぬのは怖いけど、それは誰でもいつでも当たり前のことだし」


 ソエモンは何も言わなかった。


「たぶん真実を知るのが怖いんだと思う。あたしの知らなかった事実を知ることで、今が変わってしまう……今のあたしを作ってきた土台が、全部ひっくり返ってしまう、それが怖い。知らないでいることも怖い。知ることも怖い。情報が大事なんて言ってるくせに、いざそれが手に届きそうになると怖がる。……本当に子供ね」


 なんだかなあ、と肩をすくめた。


「で、ソエモンはそれを聞いてどうするの?」

「別にどうもしないが」

「……は?」

「お前が欲しいと言った。それを反故にするつもりはない。最下層に向かう話も最初からだ。守って欲しいってなら、守るだけだ。やるべきことは何も変わってないが」

「えと……うん」


 アーシャが小首をかしげた。あれ? と不思議そうな顔である。


「え、え?」


 まだ混乱している。


「ちょっと待って。じゃあ、いまの質問はなんだったの」

「気になったから聞いただけだが」

「意味は」

「無い」


「もしかして……ソエモン、あたしのこと、からかってた?」

「いや」

「じゃあ何よ、今の色々」

「子供を守るのも、導くのも、大人の役目ってやつだろ」

「……そう。子供扱いってわけね。ああそう!」


 アーシャが頬を膨らませた。


「どうした、大人扱いして欲しかったのか」

「いいわよ別に」

「拗ねるなよ」

「拗ねてないわ。ただ、ちょっと納得しただけ! そうよね。そうじゃなかったら、もっと違う要求をしてきてたでしょうし!」


 別に怒っているわけでも、本気で拗ねているわけでもない。ただ語気は強かった。

 そんなアーシャに向けて、ふむ、と唸ってからソエモンが告げた。


「なんだ、俺がアーシャの身体目当ての方が良かったのか?」

「そんなわけないでしょ!」


 叫ばれてしまった。分からん、とソエモンは手を挙げて降参した。


「何かと引き替えにアーシャの身体を要求するつもりはない。安心しろ」


 少しだけ考えて、ぐっと勢いを抑えたアーシャがおずおずと切り出してきた。


「……そ、その、純粋な好意の場合は?」

「さあな」

「なんでそこではぐらかすのよ」

「いや、特に深い理由はない」

「へー」


 まったく信じていない顔をされてしまった。歩き出すと、慌てて追いかけてきた。


「待ちなさいよ」

「さすがに今日は疲れた。帰るだろ」

「そのこと自体に異論は無いわ。でも、さっきの話の続き!」

「まさか! ……アーシャが俺に目を付けたのは、俺の身体が目当てだったのか!」

「アホなことを言ってるんじゃないわよ。そうじゃなくて!」


 三日という期限を切られた。信じるも信じないも勝手だが、放置する選択肢は存在していない。次に潜るときには、一気に最下層を目指すことになるだろう。


 そのとき、こんな話にかまけている余裕など、きっとない。

 言わずとも、ソエモンも、アーシャにも、それが分かっている。だからこそ今は、迷宮内には似つかわしくない会話をしながら、二人は地上へと戻っていった。



 アーシャは宿に戻った。今日はソエモンも連れている。空は暗くなっている。

 戻ってくる前に、一度ソエモンの安宿にも寄った。


 アーシャはともかく、ソエモンの服は随分と汚れている。

 それを着替えさせたのだ。宿の従業員からは何も言わなかった。アーシャは他人にどう見られるか若干気になっていたが、奇異の視線を向けられたり、変な表情をされたりはしなかった。アーシャとしては、これからそういうことをするつもりで宿にソエモンを連れてきたわけではない。

 つもりは無いのだが、そうなることもありうるとは考えた。


 顔がかあっと赤く染まった。自分の考えを振り切るように、ぶんぶんと頭を振った。

 アーシャは自分が何をすべきかを再確認した。

 自分があの迷宮に潜ることを決めた事情を説明する。そのためにソエモンを無理に引っ張ってきた。無関係な人間に聞かれて嬉しい内容でもない。

 ソエモンにだけ説明するために、防音もしっかりしていて、くつろげるこの部屋を選んだのだ。他意はない。


「ん、どうした」

「……なんでもないわ」


 当たり前の顔をしつつも、調度品や壁に設置されたランプを物珍しそうに眺めているソエモンだった。特に意識している様子は無い。

 まったく無い。これっぽっちも無い。

 なんとも言えない表情をして、アーシャは足早に自分の部屋に向かった。



 何から語るべきか。アーシャには判断が付かなかった。

 一番大事な問いに対しては、すでに答えられてしまった。今更どんな事情を明かそうと、彼が判断を覆すとは思えなかった。


 ソエモンは備え付けの椅子に座っている。

 アーシャは湯沸かしポットを使い、とりあえずお茶を淹れた。カップを置いて、一息ついたところで、なんとなく黙り込んでしまった。


 アーシャが話すのを待っている。清潔なシーツのあるベッド。染みのほとんどないクリーム色の壁。

 外はすでに真っ暗だ。窓から覗いた町には夜の帳が降りているが、そこにまばらな光が入り交じって、迷宮のあの独特の空気とはまるで異なる世界が広がっている。


 平穏そのものだ。とても静かだった。無言でいると、照れを感じる。宿の一室に男女がいるのだ。むしろ意識しない方がおかしい。アーシャがちらりと顔色を窺うように、ソエモンの表情を見つめる。

 視線に気づいたソエモンが、見返してくる。


「……ん?」

「な、なに」

「ここ、シャワーがあるのか」


 水道が引いてあるということは、風呂場もあるということだ。


「借りて良いか」

「い、いいわよ。ソエモンも汗をかいただろうし。汗臭いのはあたしも嫌いだし」


 どもるアーシャだったが、ソエモンはさっと浴室に向かった。一人取り残されて、カップに手を伸ばす。飲む。息を吐く。ぼんやりと天井を見上げる。


「あー……」


 無駄な動揺としか思えない。


「もう」


 かすかにシャワーの音が聞こえてくるのが、ひどく耳に残った。 



 ソエモンが戻ってきた。パンツ一丁だったりはせず、きちんと元の服に着替えていた。


「……そうよね。分かってたわよ。ええ」

「なんだ、その顔」

「なんでもないわよ」


 アーシャは笑顔と怒り顔の中間のような、不思議な表情でいた。


「入らないのか?」


 普通に聞かれた。


「入るわよ!」


 叫ばずにはいられなかった。


「覗かないから安心しろ」

「分かってるわよ。っていうか、わざとでしょ」

「どれの話だ」


 素知らぬ顔が腹立たしかった。だからといってどうにもできない。手のひらの上という感じがするのが、よりいっそう腹立たしい。恋人でもなんでもない。愛を囁かれたわけでも、好意を告げたわけでもない。だから行為に及ばないというのは正しい。

 ソエモンの態度そのものは正しいのだが、それはそれで割り切れないものが残る。

 覚悟はしていたのだ。それを肩すかしされたような気分で、だからといって自分から言い出すのも何か違う。


 複雑な乙女心である。ソエモンが鈍感ではないことをアーシャは察している。

 現状で手を出すつもりはない。その意思表示である。そのくせ同意を得ずに無理に行為に及ばれたら、アーシャは自分が激怒することも理解しきっている。


 だから身勝手な考えだ。

 ちゃんと自覚はしている。しかし思うこと、感じることは止められない。

 こういう部分がまだまだ子供なのだと、冒険者として活動してきた経験が、魔術師として生きてきた日々が、背伸びしている己を指さして笑っている。


「……シャワーしてくる」



 シャワーを浴びてさっぱりしたアーシャは、新しい下着に履き替え、カゴに置いておいた着替えに袖を通した。

 それから戻ってきて、ソエモンの顔を見た瞬間、自分の格好にはたと気がついた。

 寝間着姿である。つい普段通りの行動を取ってしまった。


 なんとなく気恥ずかしさに耳まで赤くなっているアーシャだったが、ソエモンはまったく気にした様子も無く、普通にお茶を入れ直していた。


「けっこう時間かかったな」

「ソエモンと違って、あたしの髪は長いの。手入れもちゃんとしてるし」


 そのまま進んで、少し大きめのベッドに座り、ソエモンの顔を見上げる。

 肌から湯気が立ち上り、顔は上気し、湿った長い髪をタオルで拭くアーシャに対し、特別な反応もない。


 ここまで来ると意識するのも馬鹿らしくなってくる。アーシャが落ち着いたのを見計らったようなタイミングで、ソエモンは居住まいを正した。

 見下ろされたアーシャは、案外ソエモンがまともに話を聞くつもりでいたのだと、ようやく気づいた。


「で、何を聞かせてくれるんだ」

「そうね。でも、どこから話せばいいのやら」

「好きなところから話してくれ。いや、必要だと思うところか」

「……ええ」


 目を瞑り、アーシャはゆっくりと語り出した。

 これまでの自分のことを。そして、何を求めているのかを。



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