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彼と彼女の迷宮えれじい  作者: 三澤いづみ
第一部 『彼と彼女の出逢い、あるいは地下迷宮の魔』
4/62

四、ウサギ美味しこの地下


四、


「なんだ、さっきの二人組は」


 首をかしげたリーダーと、三人の仲間たちが進むのを躊躇っている。

 通路の角の脇には、ゴブリンの死体が十体以上積み重なっていて、その死体の全ての首が刎ねられている。腕がよいというより、気味が悪い。首を狙わなくても、ゴブリンは簡単に殺せるモンスターだ。


「リーダー、そろそろ行きませんか」

「でもな」


 ローブを着ていた魔術師であろう女との二人組だ。人数の問題で、少し遅れて行く必要がある。地下二階への最短ルートなら、すぐに追いついてしまいかねない。それは避けたかった。

 普段なら迷宮内で挨拶を交わすにあたって、もっと陽気にやる。散々叩き込まれた基本のなかに、無駄な争いは避けるというものがある。


 挨拶から他人の不興を買わないようにするのは、正しい考え方であった。

 叩き込んだ側であるオサノフは、黙ってリーダーの判断を見守っていた。



 オサノフは、隣にいた弓使いのフィッジを見つめた。フィッジが大声を出した。


「行くなら行く、引き返すなら引き返す。リーダーが決めてください! うちのリーダーはあんたなんだから!」

「よし、じゃあ、地下二階に行くぞ。……いいですよね、オサノフさん」

「そこで俺の顔色を窺うなよ、リーダー」


「いや、でも」

「さっきのは気にすんな。迷宮ってのは色々起きるが、ああいうのがたまにいる。うちのパーティーにはどうにもできないし、向こうもどうこうしようとは思ってねえ。嵐だとでも思っておけ。普通に挨拶してやり過ごせば、だいたいは勝手に通り過ぎる」


 意味が掴みきれなかったのか、リーダーは眉をひそめた。


「為す術がねえってことだ。ったく、何度も言わせんな」

「マズイじゃないですか!」

「どこがだ?」

「いや、だって」


「相手は怒ってるわけでもなければ、話が通じないわけでもない。俺たちと同じ人間だ。とんでもなく強いってだけだ。あんなもん普通でいいんだよ、普通で。余計なことをしなけりゃ大抵問題なくすれ違うだけで済むんだ」

「それって、オサノフさんより強いってこと、ですよね」


 オサノフは嘆息して繰り返した。


「見れば分かるだろ」

「見ても分からないから言ってるんですよ!」


 リーダーが叫んだ。信じられない、といった顔だった。


「俺より上なんていくらでもいるって前にも言っただろうが。忘れたのか」

「でも」

「でもじゃねえ! そもそも俺は迷宮都市上がりだってだけだ。俺のいたパーティーは中の下くらい。無名ってわけじゃなかったが、有名な連中には届いてない。その程度のもんだった。これも話したよな」


「ですけど……遺物だって、何個も手に入れたことがあるって、それって、すげえ冒険者ってことじゃないですか!」

「……成功者の部類には入るな。遺物も手に入れたし、俺のいたパーティーは全員五体満足で引退出来たあたり、勝ち組だ。でもな、冒険者にとって遺物はあくまで通過点に過ぎねえ。自分で使うなり、売っ払って次の冒険の費用にするなりして、もっと奥へ、もっと深い場所へと進んでいくための手段でしかねえ。ロロ……これも言ったはずだ」


 ロロ。リーダーは名前を呼ばれて、はっとした。


「冒険者は、冒険をするためにいるんだ。……さすがに本気でそんなことを思ってるのはごく少数で、普通は金のためだが……一握りの本物は、金じゃ動かない。最高の武器。歴史の真実。失われた知識。凶悪なモンスター。金では買えないもんを探して、いつか迷宮の果てに辿り着こうとしやがる。俺には出来なかったが、お前もそういう冒険者になりたいんじゃなかったか、なあロロ。引退した俺に教えを乞うて、冒険者になるために鍛えてくれって言ったのは、お前の本心は……そうじゃなかったのか?」


 ふん、と鼻を鳴らして、オサノフは腕を組んだ。


「まあいい。さっきのヤツに対して、どうすればいいか。聞きたいのはそれだな?」


 ロロがオサノフの言葉に気圧されて、頷くしか出来ないでいる。


「あいつらも同じだ。侮辱されれば怒るし、挨拶されれば挨拶で返してくる。侮れば、それなりの対応が戻ってくるし、卑屈になってもいい顔はされないかもな」

「じゃあ、どうすれば」


「普通にしろ。相手が不機嫌なら近づかない。機嫌が良いなら損ねるな。やられて嫌なことをやるな。それでダメなら、どうしようもない。落雷に当たったと思って諦めろ」

「あ、諦めろって、そんな」


 オサノフは口元をゆがめた。

 笑みの形をしているが、目は笑っていない。


「さっきの対応は最善に近かったぜ。あの二人が警戒しているところに、こっちから襲いかかれない距離は保って、余計な動きをせずに処理が終わるのを待った。向こうが挨拶してきたのを、普通に挨拶を返した。今のお前さんが出来るなかでは満点に近いな」

「もし違う行動を取ってたら」


「ある程度は笑って許してくれたんじゃねーか。あの二人、実力の割には常識的だろ。腕の良さと性格の悪さが比例してたり、変人の度合いが比例していたり、常識の量が反比例してるってのは結構見たことがある。それに比べりゃあな」


 コメントに困っているロロに、オサノフはさらに続けた。


「剣士の方がゴブリンを処理して、あの嬢ちゃんがナイフで牽制してた。あれ、こっちが余計な動きをしたときのためだからな?」


 ロロは頷いた。そうかもしれないとは思っていた。


「勘違いでも、先手必勝ってのもいるからな。誤解されたら終わりだと思え」

「だけど、あの少女って」

「年は当てにならん。特に魔術師の場合はな」


「いやでも、魔術師なのに、ナイフを構えてたんですよ。それで牽制に」

「ならないと思ってるのなら、お前の知識不足だ。魔術を使うのに杖なんぞいらん。あった方が使いやすいってだけだ」

「い、いや、それは知ってましたけど」


 なおも言いつのろうとするロロに、オサノフは呆れきった表情を隠さなかった。


「杖を使わなくても牽制出来る自信があって、しかも、たった二人で潜る魔術師だぞ。逆算して考えてみろよ。あの剣士より、よっぽどヤバイと思うんだが」

「あ」

「それに、あのローブは……いや、まさかなぁ」

「なんか知ってるんですか、オサノフさん!」


 ロロが今更のように顔を青くしている横から、パーティーの一人が聞いてきた。


「言わないでおこう。間違ってたらアレだし、合ってたらもっとアレだ。興味本位で聞くようなもんじゃねーな。つーわけだから忘れろ」

「あ、あの! 俺からも聞いていいッスか!」


 もう一人が手を挙げた。

 引率の教師じゃないんだが、とオサノフが肩をすくめた。


「あの剣士、どうしてあんな」

「そりゃ一番効率が良いからだろ」


 自分も剣を使うくせに分かんねえのか、とオサノフは盛大にため息を吐き出した。


「まず、ゴブリンの核はどこにある?」

「喉元ッスね」

「核を真っ二つにしたり、砕いたりしたら、モンスターはどうなる?」

「死ぬッス」

「モンスターの中には心臓を刺してもしばらく生き続けるヤツもいるんだが」

「初耳ッス」


 そこは初耳であってほしくなかった。オサノフはこめかみを抑えた。


「それを踏まえて聞くが。あの剣士は何をしたんだと思う?」

「狙って核を斬ったってことッスか」

「つまり首を刎ねたのは、核を斬ったついでだ。動くのが面倒だったから、一撃で殺しただけだろうな」


 さすがにそこまで説明すれば理解したらしく、呆気にとられた顔をした。


「なるほど! じゃあ、俺もゴブリンは首を刎ねることにするッス!」

「お前にそんな腕があるとは知らなかったが」

「これから上達するッス! あの剣士も人間なら、俺にもできるはずッス!」


 他の四人は、剣士の尋常ではない腕を理解した顔だった。

 慌ててゴブリンの死体を確認しに向かったフィッジは、驚愕を顔に貼り付けたまま、魔石がないとを叫んだ。


「あ、でも……核を壊しちゃったら、魔石が手に入らないッスよね。オサノフさんに教えて貰ったみたいに、最初はゴブリンの魔石を集めて、小さいものからこつこつと売っぱらうってのが出来ないッス。超もったいないッスよ」


 モンスターの核とは、生きているあいだは体内に満ちた魔力の器だ。

 死んでからは魔石化するための触媒となる。

 一撃で殺しうる最大の急所だが、狙いすぎると稼ぎが悪くなる。


「スタンリー。お前は大物になるなぁ」

「まじッスか! いや、俺も実はうすうすそうだと思ってたッスよ!」


 褒められたスタンリーは、歓声を挙げて喜んだ。

 ロロたちは、そのやり取りを見て、なんとも言えない顔をした。




 迷宮には罠が多数存在している。通路に仕掛けられているものもあれば、扉の前後や、安置されている宝箱など、種類も場所も様々である。


「ソエモン。あんた、罠はどうしてたの?」


 アーシャから尋ねられた。

 この迷宮の場合、地下五階までの罠は解除済みばかりだ。残っている罠も地図に親切にも記載されており、注意して進めば問題なかった。

 問いに対する返答のつもりで剣を抜いた。


「だいたいこれでなんとかなる」


 足下の床の一部分を踏みつけた。よくある罠だ。

 数本の矢が風切り音を響かせて、通路の向こうから飛来してくる。

 アーシャが身体を脇にずらした。ソエモンが腕を振った。矢尻を斬り飛ばした勢いで矢柄も吹き飛んだ。床に落ちた途端にすべて溶けて消えた。

 魔力で出来た矢だった。


「通路の罠はそれでいいでしょうけど……部屋の中に水が流れ込んで窒息する、とか、釣り天井になってて人間を押し潰す、みたいな場合のことよ」

「斬ればなんとかなるんじゃないか?」

「あ、そ」


 呆れられてしまった。


「避けるか斬れば、だいたいなんとかなるだろ」

「世の中が単純そうで良いわね」

「褒めるなよ」

「褒めてないわ」


「単純なくらいで丁度良い。敵か味方か。白か黒か。強いか弱いか。斬れるか、斬れないか。その方が楽だしな」

「斬れないものがあったらどうするのよ」

「そんときはそんときだ」


「東方出身って、みんなあんたみたいなヤツばっかり?」

「どうしてそう思うんだ」

「知ってる限りでも、変人率が高すぎるわ」

「そりゃ僥倖。剣士には斬れるかどうかは判断基準のひとつだからな。こればっかりは諦めてくれ」


「ちなみに、ソエモンから見て、あたしは斬れそう?」

「少なくとも頭は切れるな」

「あたしの頭なら切断が可能って風にしか聞こえないけど……普通に受け取って、褒め言葉よね。ん……ありがと」


 ソエモンは、抜き身だった剣を鞘に戻し、自分の手をじっと見た。

 アーシャを斬る。考えもしなかった。

 珍しいことだ。

 ふう、と息を長く吐き出した。



 地下三階は敵は弱いが、罠の多さが他の階とは桁違いである。分かっていれば対処が簡単なものばかりであるため、ソエモンが力業で進んでもなんとでもなる。

 緑と黄色の原色が目に痛いイモムシ型のモンスター、クロウラーが這い寄ってくる。


 嫌らしい攻撃は無い。動きが素早いわけでもない。

 巨大で見た目が気持ち悪いだけである。数匹まとめて迫ってくると押し潰されそうな圧迫感がある。殺すと死体も邪魔になる。踏み越えていくしかない。

 通路に仕掛けられている罠と重なって面倒極まりない。

 先ほどのような魔力の矢を打ち出してくるようなものとの相性は最悪だ。


 クロウラーが起動する場合もあれば、倒したあとの巨体の影に起動スイッチが隠れている場合もある。罠に掛かって自滅することも多い。

 地下三階は楽だが面倒な場所である。

 ソエモンは近づいて来たクロウラーの頭を無造作に突き刺した。


「さっすが。上手いわね」


 血も出ない。クロウラーは一瞬で動かなくなる。

 一撃で核を狙った。大半のモンスターの弱点を頭に叩き込んであるアーシャをして、感嘆の声を禁じ得ない精密さであった。

 二匹目、三匹目も、同じ要領で突き殺した。


「魔石が手に入らないのは痛いけど」

「そんなに儲かるもんか?」

「場所によっては良い値で取引されるのよ。中央……迷宮都市から離れた場所だと価格は下がるけどね。この手の魔石って、魔術師なら予備の魔力としても使えるのよ。だから自分で使うって手もあるし……出来るだけ持っていたいものね」

「へえ」

「ところで、当たり前に一撃で狙ってるみたいだけど。核の場所、分かるの?」


 モンスターの体内にある以上、目には見えない。

 ゴブリンの場合は喉元、クロウラーの場合は脳天という基本的な場所とはいえ、毎回のように核を一突きというのは、アーシャには信じがたいものに見えたようだった。


「正確な場所は分からんが、まあそこが弱そうだな、ってのは大体は」

「ふうん?」

「故郷で見た子鬼だの、妖鳥だの、がしゃどくろあたりは分からなかったから、たぶんそこそこ強いモンスターだと無理だな」

「なるほど」



 地下三階はソエモンの独壇場だった。

 地下四階からは剣に向かない敵が増える。先日ソエモンが一人で地下六階まで足を伸ばした際、この階では敵を避けることに専念した。トラップの数が減る代わりに羽虫の群れが通路を彷徨っている。小さいといえどモンスターには変わりない。一匹一匹はゴブリンよりも弱い。しかしこの羽虫の群れは量が多い。


 たまに迷宮にカンテラでなく松明を持ち込むものがいる。羽虫対策である。

 羽虫の群れは火に弱い。火を掲げると、ほとんど近寄ってこない。

 ソエモンは前を譲った。どう処理するのか見物だと思ったからだ。


「……いいけどね」


 アーシャから、じいっと見られた。

 ため息一つ。それから懐から杖を取り出して、アーシャが詠唱を始めた。


「炎の衣よ、我らが身を守り給え。〝フラメスク〟」


 何かが二人の周りを大きく包み込んだ。触れると燃える膜が、ぼんやりと赤く煌めく。

 羽虫の群れは以降、一切近づいて来なかった。理解出来る程度の知能はあるようだ。


「魔術ってそんな感じで使うのか」

「初めて見たの?」

「毛色が違うのは見たことがあるが、正当派のは初めてだ」


「東方の魔術は系統が違うのよね。でも、魔力の使い方っていうか、理屈そのものにはそんなに違いは無いけど」

「そうなのか?」

「そうなのよ。東方魔術って、式神とか、呪術とか、符術とかあるけど、似たものはこっちにもあるし。ほら、剣にも片手剣とか細剣とか両手剣とか色々種類があるけど、武器としての機能は同じでしょ? 場面と用途によって使い分けることになるけど」


「なるほど。理解した」

「本当に?」

「似たように見えて、使う側としては、まったく別物ってことだな」

「……かもね」


 アーシャは諦めたように、微笑混じりで頷いてくれた。

 本心はよく分からなかったが。



 あっという間に地下四階である。

 お互いの実力と役割の確認作業に過ぎないが、それにしても早すぎる。小部屋や周辺通路を無視して、最短距離を進んでいるからこその速度だ。

 警戒しないわけではない。


 周囲の状況を確かめながら進んでいる。避け得ない戦闘が一瞬で終了することや、歩く速度を落としたりしないことで、こんな無茶な探索行が成立する。

 入り口付近で小銭稼ぎをするのと異なり、毎日迷宮に足を踏み入れるのは、一般的な冒険者にとっては頭のおかしい所業である。


 どれほど腕に自信があろうが、命を危険に晒していることには変わりはない。

 知らず知らずのうちに神経がすり減るものだ。数時間、半日、あるいは丸一日も歩き続けていれば疲労も溜まる。休憩できる場所が皆無ではないが、完全に心休まるわけではない。


 地下一階はゴブリン。これが一般人の壁だ。普通のゴブリンすら倒せない人間は迷宮に入るべきではない。いくら戦闘力に乏しい後衛でも、ゴブリン相手に苦戦するようでは地下二階以降でパーティーの足を引っ張ることになる。

 地下二階はコウモリとスライムとウルフ、そしてオーク。順当な出現順だ。ここから戦闘慣れしていないと厳しくなる。


「オークが持ってた剣のことなんだが」

「言ってたわね。使い物にならないって。まあ、普通モンスターが持ってる武器なんて使おうとは思わないもんだけど」

「あれって、モンスターが生まれた時点から持ってるもんなのか」


 即答せず、アーシャは首をかしげた。


「モンスターの生まれ方は二つある、と言われているわ」

「変化と発生、だよな」

「動物だとか、ものに魔力が浸透した結果、変異するもの。それと、どこからともなくそのままの形でいきなり生まれてくるもの。どっちがどれ、というのはよく分かっていないけど、まあスライムなんかは後者と言われてるわね」


「オークは?」

「猪頭だから、イノシシが変化した……って思いたいところだけど、どれもこれも、人間の武器なんか落ちてないはずの場所でも、最初からああして武器を持ってるから、たぶん使う武器ごとまとめて形成されるんじゃないかしら」


「変じゃないか」

「もちろん変よ。でも、モンスターというのは大概変よ。生殖の概念が無くなった代わりに色々な機能が取り付けられたって考えて。人型のイノシシが武器を持っている必然性なんて、人間を殺すため以外に存在しないでしょ? スケルトンなんて、存在している意味自体が無いでしょ?」


「それはそうだが」

「魔力によって物質化され、疑似生命としてモンスターとして生まれる。鋳型に流し込むか、設計図通りに作るのか。異世界から召喚している可能性もあるけど、これは眉唾ものね」

「鋳型か設計図通り、か」


「とにかく何らかのパターンに沿って生成されてるの。だから爪だの嘴だの目だのが素材として使えるのも、ちゃんとした実体があるから。オークを殺したあと、モンスターの一部として生成された剣がそのまま使えるのも、きちんと物質になっているから。その剣の質が悪いのはどうしようもないわ。オークを何百匹殺しても、たぶん元になってる鋳型か設計図の段階から質が悪いから、……試すのは無駄よ?」


 無駄なことをするな、と釘を刺された。


「オークじゃなければどうだ」

「迷宮の深層に出てくるモンスターの武器なら、使える可能性はあるけど」

「だよな」

「期待はしないほうがいいわ。少なくとも、あたしは、いまソエモンが使ってるより良い剣を持ってたモンスターは見たことがない。欲張ると最初の目的を忘れるわよ」

「それもそうか」


「ソエモンって、もしかして……剣マニア?」

「それほどでもないが」


 アーシャは、微妙な表情を隠さなかった。



 地下三階はクロウラー以外にもコボルドやガス状のモンスターが徘徊しているが、ほとんど見ない。

 クロウラーの動きによって他が階層の隅に追いやられるからだ。ガス状のモンスターであっても、すべてが気体ではない。当然ながら核となる部分は存在している。


 核を中心として魔力によって大まかな輪郭を形作り、それを起点として収縮膨張を繰り返しながら、自由に動かせる身体として気体を操っている。

 ガスクラウドの本体は核である。黄土色の気体で、核は直視出来ないように隠されている。ソエモンの手にかかれば一撃で狙えるのだからあまり意味がない。

 羽虫同様火に弱い。怖いのはガスを拡散しての窒息と、麻痺させる毒素混じりの汚染である。つまり先手必勝でなんとでもなるのだ。


 コボルドはちょっと手強くなったゴブリンと間違われるが、知能の弱いゴブリンに比べると悪知恵が働くようになり、少し戦ったあとに通路の奥に引き込まれ、ガスクラウドに囲まれた話はたまに聞く。

 臆病かもしれないが、他のモンスターと共闘する手強さがある。場合によっては罠も利用してくるあたり、地下三階で一番危険度が高いかもしれない。

 端の方に足を向けなければほとんど出くわすこともないから、その危険性はさほど理解されていない。


 地下四階は、羽虫の群れを始めとして、やり過ごせばなんとかなる相手が多い。

 罠の位置やクロウラーへの対処法が出回っていなかった頃は、地下三階の面倒さは筆舌に尽くしがたいものがあった。一フロア横に動くだけで無数の未発見の罠に囲まれるのだ。攻略に時間がかかったであろうことは想像に難くない。


 地下四階はそんな上層での苦労を労るように、罠がほとんど存在していない。

 通路を調べ、部屋の扉を警戒し、そうして細かい部分に目を光らせていると、いつの間にか集まってきていた羽虫の群れに襲われることになる。

 火さえ絶やさなければ羽虫は怖くない。火に当たるだけで即座に燃え尽きるほど、火に対する耐性が皆無だからだ。

 そうやって油断したあたりで、地下四階の強敵が姿を現す。


 見た目は普通のウサギに近い。大きさもそこそこで、クロウラーほど極端ではない。腰くらいまでのずんぐり太ったウサギ型のモンスターで、うじゃうじゃと蠢く羽虫の群れに精神的な疲労を感じたところで出くわす。

 見た目は可愛らしい。くりっとした瞳は、まるで濡れているように輝いて、松明を掲げている冒険者にも、警戒心が無いようにすり寄ってくる。


 可愛らしくともモンスターである。

 モンスターは、人間を殺すのだ。

 油断して懐に招き入れたが最後、そのウサギは裂けたように大きな口を開き、その鋭い歯を人間の首筋に向ける。ソエモンがゴブリン相手にやったのと同じように、たった一瞬で人間の首は、そのウサギ型のモンスターによって跳ね飛ばされる。


 地下四階に罠があるとすれば、あのウサギだと言われている。

 誰が名付けたか、ボーパルバニー。

 首刈りウサギといえばボーパルバニーである。他の迷宮で出現した場合でも、大抵そう呼ばれている。羽虫避けの触れると燃える薄い火の膜では、ボーパルバニーを止めるには足らない。

 見つけた瞬間に攻撃するのが最善だ。


「炎の矢よ、撃ち抜け。〝フラメロ〟」


 アーシャは杖で指し示した。

 中空から発生した火焔が、ボーパルバニーの全身に突き刺さってゆく。

 普通のウサギに比べて頑丈な皮を鋭い錐のごとき先端部分がまず突き破り、その皮に守られた内側の肉を焼いていく。


 物理攻撃ではない以上、炎の矢が特別突き刺さりやすいわけではない。

 ただ一定以上の実力を持つ魔術師は、ある程度の工夫を加えてその攻撃力、殺傷力や利便性を高めている。

 この場合、先端部分は通常の炎の矢より数倍の高熱を発するようになっている。


 多少火に耐性のある相手にも通用する仕掛けだ。力業で防御を抜いたあと、その内側に破壊を撒き散らす手段を取ったに過ぎない。火焔魔術としては初歩である〝フラメロ〟を、ほとんど使用魔力量を増やさないように、かつ効果的に用いたのである。

 本来ボーパルバニーは〝フラメロ〟一度で倒れる柔いモンスターではない。

 それ以上の感想はなかった。アーシャは少し切なかった。


「すごいな」

「もっと称賛してもいいのよ!」

「すごいってのは分かるが、どう凄いのかが分からん」

「む」


「それよりあのウサギの歯、上手く加工して剣に出来ないか?」

「無理でしょ」

「どうしてだ? 素材としてはかなり使えそうな感じに見えるんだが」


「昔ね、同じことを考えたひとがいたみたいだけど……ウサギの頭から引きはがすと、その時点から急速に脆くなるみたい。切れ味そのものは変わらないけど、他の剣と打ち合うのは不可。鍛えるとか、他の素材で補強するつもりでハンマーで叩くと、一瞬で粉々になるらしいわよ」


「上手くいかないもんだな」

「包丁として使うならいいかもね。武器としては、ちょっと使い道は無いわ」



 肉の焼ける良い香りがしてきた。


「せっかくだし、ボーパルバニーの肉、食べる? 結構美味しいけど」

「そう、だな」


 炎の矢が突き刺さった部分は炭化しているが、その周囲は良い焼き色である。

 ウサギの肉を取り分けるアーシャに、ソエモンが目を細めていた。


「何か言いたいことでもあるの?」

「慣れてるな、と思って」

「何年も冒険者をしてたら、これくらい出来ないと。飢え死になんてゴメンだわ」

「全部は食えないぞ」

「分かってるわよ。逆側は生焼けだし。小腹を満たす程度のもんよね。……大破壊後に食べ物に困らなかったのは、こうやってモンスターを狩ってたんでしょうね。見た目は動物と変わらないのが多いし」


 ソエモンに渡した分と、自分が手にしている肉に、塩と胡椒をぱらっと振りかけた。

 はふはふと、まだ熱い肉が湯気を立てているのに息を吹きかけながら、かぶりつく。

 淡泊な味なのだが、それでも肉である。


 美味い。

 黙って、味わう。ソエモンも黙って食べていた。休憩が出来そうな小部屋ではなく、通路である。二人とも気にした様子はない。他のモンスターが出ても対処出来る余裕の表れでもあり、焼きたての肉に釣られた結果とも言える。


 俊敏な動きをするボーパルバニーの肉は、殺した直後はかなりやわらかい。そのくせ肉を食べているというしっかりとした歯ごたえがある。味の薄さを考えると、シチューなどで煮込んだ方が良いのだろうが、そこまで望むのはさすがに贅沢が過ぎる。

 まさに血の滴るようなステーキである。新鮮極まりない上に、焼き加減も絶妙。


「もう少し、食べる?」

「お願いする」


 かなりの速度で潜ってはいるが、迷宮に入ってからそこそこ時間が経っている。すでに昼食を取ってから数時間だ。

 アーシャは今度は弱い火の魔術を使って、もう少しだけ焼いた。


 途中、香ばしい匂いに釣られたのか、もう一匹のボーパルバニーが寄ってきた。

 それもこれも美味かったことだけは付け加えておく。



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