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彼と彼女の迷宮えれじい  作者: 三澤いづみ
第三部 『恋の詩、あるいは学園迷宮にさまよえる死』

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第十話、天より与えられた才

 

 

 話を促されたケルビンは嘆息した。

 仲間たちを見回し、呆れたように各々の表情を睨み付けた。


「せんせー怖い」

「私が欲しいのは名声さ。ふん、我ながら俗物だな」

「……サルタルさんなら冒険者にならなくても手に入りそうですけど……」

「そうだな」

「素で返したよこのひと!」


 このパーティのなかにあっては異色の存在、それがケルビンだった。

 和を乱すわけではない。が、この空気に慣れこそすれ、染まりきってはいないのだ。

 こんなに気安い会話が出来るようになったのも最近のことだ。

 それまでは気を遣う相手だった。どちらにとって、は言うまでもなく。


「ほら、やっぱアレでしょ」

「アレっすね」

「……何が言いたいのかね、そこのお調子者二名」

「ルビー先生」

「……ふむ。なるほど確かに私にとって彼女は目指すべき道の先にいる存在であり、我が力をいつか認めてもらうに吝かではないのではあるが、それは私が冒険者になることを決めた理由とは無関係であることは言うまでもないな?」

「時系列的にはね」

「せんせー必死過ぎ」


 座ったままのクロッカスとサニアがにやにやしている。

 ケルビンは手元に置いておいた杖を握りしめ、そっと向けた。


「……凍らすぞ貴様ら」

「きゃー! せんせーが怒ったー!」

「サルタル様ご乱心、ご乱心!」


 さすがに本気で撃つつもりはなかったが、コンチヌスから窘められた。

 杖を向けるのは、剣士が切っ先を向けるのと同じだ。

 詠唱していないから鞘から抜いていない扱いではあるが、それなりに意味が重い。

 気まずそうにそっぽを向いたケルビンだったが、直後クロッカスとサニアは懇懇と叱咤されていた。

 リーダーはカーチスであるが、こういう形で引き締めを計るのはいつもコンチヌスの役割だった。


 悪くないパーティーだとケルビンは口元を緩める。


「あ、サルタルさんが笑った」

「ウソ!? ホントに!?」

「私とて普通に笑うこともあるが」

「人生の九割しかめっ面で生きてくんだとばかり……」

「サニア」


 ぺし、とカーチスから叩かれて、ゴメンナサイとサニアが頭を下げた。

 己が随分と丸くなったものだと自己評価をしつつ、ケルビンは無言で彼女を許した。

 話の流れが変わるのを横目で眺めながら、彼は自嘲した。

 

 名声。

 そんなものには大して意味がない。

 そう知りながらも追い求めてしまう己の宿業こそ、どこか悲しく愚かしいと。



◇◇◇


 

 魔術師ケルビン=サルタルは時折パーティーメンバーから「先生」などと呼ばれる。

 若干傲慢にも見える振る舞いと言動を繰り返す彼だが、実のところ所属している「青き歌」では下っ端も良いところだった。

 階梯でも序列でも下から数えた方が早い。

 そんな彼であっても羨望の的たる魔術師には変わりなく、どこの集団・結社にも所属できない程度の低い似非魔術師とは違って、戦力として十分に数えられる能力はある。

 年齢を考えればもっと評価されても良いが、天才と呼ばれるほどではない。とはいえ、まっとうな魔術師であるだけで千金の価値がある。


 迷宮探索において魔術師が求められる基本的な役割は、火力がほぼすべてだ。

 パーティーにおいて魔術師の有無は生死を分けかねない重大事だった。

 まず、大抵の魔術師が複数を一度に攻撃出来る点。

 雑魚に囲まれて手数が足りない場面を打開できるようになる。魔力の確保と運用さえ順調にいけば、継戦能力の確保も可能だ。


 次に所属パーティーが難敵・強敵と意に沿わぬ遭遇をしてしまった場合。

 一発逆転の目があるのは魔術師の攻撃魔法のみだ。

 剣士や槍兵、弓手などでは対処出来ない敵であっても攻撃編重の火力魔法でならば一撃で撃破、あるいは手傷を負わせて退避離脱が可能となる。

 前衛の戦士職たる彼らが手に負えない、実力以上の怪物と争うことは難しい。


 一般的な武器の質や、技量で対処出来る範疇はおおむね決まっている。

 鋼のような肌のモンスターがいたとして、まずその肌を貫けるだけの能力が無ければ逃げ惑うしかできないわけだ。

 魔術師は、そうした厳しい場面を一撃でひっくり返しうる切り札でもある。

 絶対に勝てない相手から勝利の目を引き出せる。常に死の危険に晒される探索中の戦闘において、これ以上に頼りになる存在はそうはいない。


 迷宮での難所の多くは、まともな魔術師がいるだけで打開できる可能性が高い。火力を担う役割の者が一人以上いることが効率的なパーティー編成の条件となるため、頼み込んで招聘する場合も多い。あえて魔術師の取り分を多くしてでも、それだけの価値があるわけだ。


 しかし冒険者における魔術師の割合は非常に少ない。

 戦士は鍛錬によってある程度才能を努力で補えるが、魔術師としての才能、つまり魔力量に恵まれるかどうかはほぼ才能で決まるため絶対数そのものが少ないのだ。


 血筋とも言われるが、それとて絶対ではない。もちろん魔術師になれない低い魔力の両親から強大な才能ある子供が生まれることもあるが、これは珍しいケースだ。

 名門と呼ばれる魔術師の家系は技術、知識を伝えると共に、子孫に大魔力が発現しやすい環境を整えるために家を保っている面もあるという。

 ケルビン=サルタルは、そんな名門に連なってはいるが、一族の末の末、落ちぶれてもはや魔術を伝えるどころではなくなった一族から偶発的に輩出された、家門再興の期待を寄せられる希望の星だった。



 ケルビンが冒険者になる、と決めたのはそれほど前のことではない。

 いつか彼を軽んじた「青き歌」の幹部が大事に育てた秘蔵っ子、抜きんでた成長を見せつけ、天才としてもて囃されていた一人の少年が冒険者として活動を始めたとの噂を聞いたのだ。


 魔術師はその才能故に魔力を持たない者を下に見る傾向があるが、由緒正しき魔術結社の中にあってはさらに大きな格差が存在する。

 それは家の名前であり、あるいは当人の魔力量であり、そして才覚の多寡である。ケルビンにはどれも無かった。

 サルタル家は没落した名門の傍流に過ぎず、ケルビン自身の魔力量は平均を超えず、どれほど彼が努力しても天才と呼ばれる一門の秘蔵っ子には手も足も出ない。

 十把一絡げとして扱われても当然と彼自身が認める程度であった。


 ケルビンもまた、「青き歌」の価値観の元で育ったからこそ、それは仕方ないと受け入れた。

 冒険者になる魔術師には二種類居る。

 実戦により腕を磨く、組織の枠で収まりきらない思考と能力を持つ、あるいは研究のため遺物を入手する、多額の金銭を稼ぐなど目的があってポジティブな理由からカビ臭い穴蔵へと飛び込んでゆく者。

 もうひとつは元々組織に入れない、組織にいてもまず出世の目がないか追い出されて、あるいは生活に困って、などネガティブな理由から冒険者に身を落とすしかなかった者。


 冒険者と名乗るのはどちらも同じだが、理由が理由だけに前者の方が能力は高いのは言うまでもない。

 といっても、まともな、と冠される魔術師は一定の教育と修練を受けているため、どれほど戦闘に不向き不慣れではあっても一撃火力としての役割は持てるのが普通だった。

 ケルビンが冒険者になることを決めたのは、その天才が冒険者になったから――ではなかった。

 かの天才は迷宮都市に向かい、冒険者学園を卒業し、遺物をいくつも手に入れるような華々しい活躍をした。


 そして、わずか一年で死んだ。


 呆気なかった。死んだのだ。たやすく。あっさりと。

 彼に期待を寄せていた幹部は一人ではなかった。

 何人もの「青き歌」を象徴するような大幹部たちがこぞって鍛え、手塩に掛けて育てていた彼は、実戦で腕を磨くために冒険者となることを許可され、たった一年を待たずして死んでしまったのだ。


 ケルビンは信じられなかった。

 幹部に匹敵する実力を持っていたはずの少年だ。

 すでに魔術師として完成されていた天才であっても、迷宮では容易く死ぬ。その事実に打ち震えた。その死の一報を聞いた上で冒険者になろうとする同門の魔術師たちがいることにさらに驚かされた。

 なぜそんな馬鹿なことを質すケルビンに、彼らは笑顔で言ったのだ。


「さっさと死んだ間抜けな天才様を超えるには、これしかないからな」


 衝撃が背筋を走り抜けた。

 彼がいつの間にか飲み込んでいたプライドが蘇ってくる、その息吹を感じた。

 これこそ彼が冒険者となることを決めた瞬間だった。


 そうだ。

 あの天才は、迷宮に挑んで一年で死んだ。

 自分も冒険者になろう。一年どころではなく生き延びて見せよう。


 ケルビンは当然として受け入れていた価値観に罅が入ったのを自覚した。至高として理解していた天才の死によって、己が立つ基盤が曖昧であやふやで、ひどく脆いことに気づいた。

 魔術結社の中での序列が絶対ではないと知った。そして自分がどこまでやれるか、それを試したくなった。


 己は魔術師である。だが魔術師であるから偉大なのではない。偉大な魔術師であるためには、行動せねばならない。

 消沈している幹部たちに冒険者になることを伝えると、何ら異論なく許可が出た。


 もし、ケルビンに期待を寄せるものがあれば強く制止されただろう。

 熟練者と十分な準備を与えた上で出立させたかもしれない。

 得難き才能とは、つまりは希有で貴重なものである。

 天才と呼ばれた彼の轍は踏まないと幹部達は考えるからだ。それほどに次代を担うと将来を嘱望された一人の天才の死は、「青き歌」にとって大きな喪失だった。


 ケルビンはそうではない。野垂れ死んだところで痛痒を感じない。その程度の存在であると、彼らの態度が示している。であればこそケルビンは己の胸の裡に燃え盛るプライドが、なお赤々と輝くのを感じた。期待されないことがこれほどに苦しいとは知らなかった。自分が無価値と断じられることがこれほどに苛立たしいとは思わなかった。


 名を挙げてやる。

 数知れぬ遺物を手にしてみせる。


 名門に連なりながら平凡な才しか持たず、何ら薫陶も受けなかった自分こそが真に偉大な魔術師たらんと鉄火場に足を踏み入れる。

 強烈な自負だ。凡才と己が身の程を知りながら、それを矜恃とする。


 彼は即座に旅支度を始めた。歳月を無駄遣いする気は無かった。

 金銀財宝を手にし、名を揚げる。多くの冒険者が夢見る目的だ。他人が語る姿を見て俗物と断じていた自分こそが、それを目指そうとするこの皮肉。

 しかし決意に突き動かされ、「青き歌」に籍を残しながらもケルビンは迷宮都市へと出立した。まずは冒険者学園に入学し、自分の力を存分に振るう環境を作らねばならない。


 パーティーメンバーの選定には苦労しなかった。ちょっとした出逢いに運命を感じるほどケルビンは感傷的ではなかったが、偶然を機会と読み替えて理解するだけの柔軟さは持ち合わせていた。

 落ちぶれた一族の末裔といっても金銭には困っておらず、入学にも苦労しなかった。そうこうするうちに座学や訓練が始まり――そして彼は、出逢ってしまった。


 ルビーと名乗った少女だった。彼女は講師として目の前に現れた。

 冒険者としては若い、あるいは幼いと言ってしまっても良い年齢でありながら、傲慢なまでに強者として振る舞う彼女。

 その言葉には説得力があり、その仕草のひとつひとつには華があった。


 ケルビンは知っていた。それは天才と呼ばれる存在にある、どこか隔絶した雰囲気。

 だが、それだけではないことも感じ取れたのは、幸運だったのか不運だったのか。


 ルビーは天才でありながら挫折を知る者だった。

 恐怖を知り、強さを知り、弱さを知っていた。


 ケルビンは知っていた。彼女が身に纏ったローブの意味を。

 紅に彩られたそのローブは、青き歌に匹敵する魔術師集団「赤き門」の上位階梯にのみ着用を許される高性能、高品質な装備品だ。

 他所の魔術師組織の内情に詳しくないケルビンですら、そのローブを着ていることがどれだけ凄まじいことかは理解できた。

 あの年齢で、ルビーは最上位の魔術師として認められているのだ。


 自称ではない。

 自己評価や、見る目のない者からの激賞でもない。

 本物だ。

 これこそが本物の魔術師。

 天才と褒めそやされてあっさりと死んだ同門の少年とは違う。

 冒険者として身を立てて、命のやり取りをくぐり抜けてこうして目の前に立っている。


 つまり、ケルビンは自分がなりたかった姿を、突然見せられたのだ。

 そしてまだ冒険者となるその直前に、己の浅ましさに気づかされてしまったのだ。


 天才には絶対評価では決して勝ち得ない。だから相対評価として死者に勝とうとした。

 冒険者として成功すれば、長く生き延びて活躍し名を揚げることが出来たなら、あの天才を上回る。

 その理屈は、ルビーと名乗った少女の存在を目の当たりにした瞬間、どうしようもなくケルビンを追い詰めた。


 これが逃避であったことを、始まる前に突きつけられたのである。

 ケルビンは身の丈に合わぬ矜恃を持っていたが、決して無知でもなく、蒙昧でもなかった。いっそもっと阿呆であれば気づかずに済んだ。

 だが、そうと理解できる程度の頭はあった。惜しむらくは、あるいはもっと才に溢れていればルビーに出逢うより先に気づけていたはずのことだ。

 それでも分かることはあった。

 もっと愚かならば。もっと賢ければ。その出逢いはありえなかったのだと。


 この程度。

 ケルビンは持たざるがゆえに、得られるものもあるのだと知った。

 そう、身の程を知り、その幸福と不幸を同時に把握したったのだ。


 自分の目的は、本当の目的ではなかった。冒険者としての日々は、己のちっぽけなプライドを満足させるためのシチュエーションとして利用するだけでしかなかった。


 ケルビン=サルタルとはその程度の人間に過ぎず、胸の裡に燃え盛っていた焔は、ただ見せかけの小火でしかなかったのだ。

 自分は吹けば消える煙のような、そんな取るに足らない魔術師だったのだ……。


 ここで話が終わったならば、ケルビンの物語は始まる前に終わってしまい、彼は「青き歌」に意気消沈して帰って行っただろう。

 ただ、なけなしの矜恃だけは残っていて、それは血肉となって、ついには彼の口を動かした。ルビーの正体を尋ね、すげなく返され、魔術の手ほどきと称して対決を願い出た。

 こうすることでしか張りぼてに過ぎなかったプライドを糊塗する手段を思いつかなかったのだ。


 ケルビンはルビーに負けた。

 魔術すら使われず、遺物のナイフ一本で簡単にあしらわれた。

 お前は魔術師として扱うに値しない、と言われた気分だった。

 もちろんルビーは直接にそうは告げなかった。だがケルビンはそう受け止めた。

 そしてトドメとして、見抜かれた。


「くだらない見栄に拘っていると……いつか仲間を巻き込んで死ぬわよ?」


 ルビーの言葉が頭の中でリフレインする。

 仲間。

 そう、仲間だ。

 魔術師たる自分がパーティーメンバーを見つけておきながら仲間と思っていなかった。


 そうだ。

 前衛として自分を守ってくれる彼らのことを肉壁と道具扱いしていなかったか。

 所詮は戦士と、魔術を使えないからと侮っていなかったか。

 立ち尽くした自分を見つめるカーチスらの視線を感じ、コンチヌスなる大男が口にした慰めの言葉は耳に痛かった。


 我よ、身の程を知れ。

 この程度の魔術師なぞ、呪文を使う隙を守ってもらわねば単なるお荷物に過ぎないのに。

 舞い上がっていたのだ。浮かれていたのだ。見誤っていたのだ。


 ああ、気にくわない。

 本当に、気にくわない。

 あのルビーという小娘、知ったような口をきいて。


 ケルビンは自分が笑みを浮かべていることに気づいていなかった。ただ粉々になったプライドの代わりに確かに芽生えていたものを胸に感じた。

 名声が欲しかった。

 自分が、ケルビン=サルタルが他の何者にも替えがたい存在であるという評価が欲しかった。

 その本心に気づいた。

 その考えは、つまりは自分すら自分を蔑んでいたことに他ならない。


 そして――その日から、ケルビンはルビーの姿を目で追うようになった。

 とある日のこと、恒例の講義が終わったあとにサニアが横で呟いた。


「サルタル先生さぁ」

「なにかね」

「ルビー先生のこと、好きなの?」

「……なにを言い出しているのかね」


 一瞬のためらいは、見せた相手が悪かった。


「うーん。難しいと思うよ、サムライ仮面と深い仲だろうし?」

「わ、私がルビー先生のことがどうして好きという証拠だ」

「その焦りっぷりがまたなんとも。いや、単純に片思いってんなら放っておくんだけど……撃沈すると分かってて応援するほどあたし悪趣味じゃないし」

「は。私が恋などに現を抜かすだなどとそんなことあるわけないな。うむ。そもそも恋愛感情などというものは気の迷いか精神的な」

「はいはい。あ、ルビー先生!」

「なにっ」

「うっそっぴょーん」


 ケルビンは地獄のごとく冷え切った声で告げた。


「サニア。……明日の探索、背後に気をつけたまえ」

「げ! ま、マジで狙うつもり……じゃないですよねせんせ?」

「一発だけなら誤射かもしれん」

「すんませんっした」

「今回は許してやろう。だが、次は」

「ごめんなさい。からかいすぎました。反省してます。夕食奢るのでかんべんしてください」

「……そもそもだ、私は彼女の実力と知識に敬意を払っているだけで、そうした感情とは無縁であると断言しておくぞ。まあ、彼女はあれほどの能力を示しているのだから深い関係になるためにはまず冒険者として名を揚げる必要があるな。それも生半可では足らんだろう。希少な遺物を複数入手するか、未踏破ダンジョンを完全攻略か……最低でもそれくらいの実績を上げねば隣に立つことも出来まい」


 サニアから微笑ましげに見られていた。


「……はぁ。そっかそっか。なるほど、せんせは真面目ねー」

「サニアには勤勉さが足りんな。よし、時間が余っていることだし……先ほどの講義の内容が頭に入っているかどうか、試験をしてやろう」

「え。いや、遠慮するわ。結構です。先生のお手を煩わせたり、大事なお時間を消費していただくことはございませんのことよ?」

「なあに、私なりの善意だ。気にすることはない。何日か前にカーチスが嘆いていたぞ。ノートを取らない幼なじみがいるとな……」

「ちょ、ちょっと! さっきのこと根に持ってない?」

「何のことかね。私としては仲間の知識向上は迷宮探索における生存性を高めるために効率的だ、と常々考えていたからこそ協力を惜しまないつもりなのだが」


 サニアは降参するように手を上げ、頭を下げた。

 その後頭部を眺め、ケルビンはにやりと笑ったのだった。


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