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彼と彼女の迷宮えれじい  作者: 三澤いづみ
第三部 『恋の詩、あるいは学園迷宮にさまよえる死』
31/62

閑話、特別集中講義(追加費用無し)

  

 学園に雇われてから少し経った、とある日の夕暮れ時のことであった。

 講義終了後、ルビーと廊下で別れたサムライ仮面に一人の若い剣士が拳を握りしめ、意を決した様子で近づいてきた。

 名前は知らないが、見覚えがある顔である。講義の際、後ろの方の席でじっと話を聞いていた生徒の一人だろう。

 栗毛色の髪、意志が強そうには見えないが、しかし明るい瞳。

 どこにでもいそうな地味な顔立ちだが、クセの強い者が多い冒険者学園にあっては、普通っぽい顔は十分に個性的である。


 サムライ仮面は癖で相手の力量を見極めようとする。

 体重移動、浮かべた表情、体幹のバランス、筋肉の付き方、そして気配。

 動きやすい恰好だが、あまり似合っていない。

 ふむ、と声に出さず唸った。


 ひどいとしか言いようが無く、それを口に出すのも憚られるほどだった。


 初回の講義で相手取った二人、たしかカーチスとサニアといったか。あの二人は正当派の剣術を相当なレベルで修めており、もしそのまま伸びたならば、達人の域に辿り着ける可能性があった。

 二人のそれはサムライ仮面の習った剣の理とはまるで異なる。あれは守り、戦うための剣だ。一方、サムライ仮面の使う業は、ただ斬るための剣である。それとて極めたと言うにはほど遠い身であるがゆえ、どちらが上であるだなどと評を下せる立場にはないと彼は自覚している。


 そのサムライ仮面をして、目の前の少年の動きは無惨だった。

 およそ剣を持つに相応しくないとしか表現のしようがないのである。


 たとえばルビーなどはそれなりに剣を扱える。

 が、彼女はまっとうな剣士を相手取るには筋力不足だし、一流どころ――正当派剣術を長年修練してきた剣士と正面から斬り合いになれば、まず勝てまい。

 使える。使いこなす。極めようとする。極める。おおまかに分けてこんなところか。どこまで到達すべきかは本人次第であり、ルビーは剣を極めようとはまったく思っていないから不足もない。

 剣を用いるのは、あくまで選択肢の一つに過ぎない。

 つまり彼女にとってはそれで十分なのである。


 比較対象として、カーチスという生徒は剣士として見れば一流の領域にすでに足をかけている。力量だけで見れば、見習い冒険者としては図抜けている側だ。他に浮気をしなかったがための練度だろうが、意気としては極めようとしている部類だろう。

 そもそもあのパーティーは、傍目から見ればかなり良い。剣士二人、盾役、術師二人、斥候。

 この組み合わせも卒がないし、全員、能力的には地方冒険者として今すぐやっていけるレベルなのだ。

 皆が自分の専門に特化しているからこその穴の少なさ、隙の無さに繋がっている。


 器用貧乏が六人いるよりは、全員が別々の方向に特化している方がパーティーとしての質は良くなる。ただし全員が同じ方向を向いている場合は弱点がそのまま晒されることになるため、より一層脆くなるのが危険と言えば危険か。

 一名除いて皆が経験不足という問題は残るものの、そのための冒険者学園であり、講師であろう。

 何も問題がなければさっさと卒業扱いにしてしまっても良いくらいだ、とルビーと学園長が話し合っているのを聞いた。


 剣の話に戻ろう。


 種類は異なれど、どの剣にも理がある。

 足捌き、身の熟し、視線、構え、心、握り。修練をこなすうちに知らずして身につく基礎がそれだ。かつて生家にあった道場で、扱えぬ剣を身稽古により目に焼き付けていたサムライ仮面も、その動きを模してひとり足腰を鍛え、剣を振り、繰り返し繰り返し身体に染みこませていった。


 学ぶことは真似ることから始まる。

 すでに先人が道を付けてくれた最良最善最高の動きを再現することが、剣のみならず武芸者の第一歩である。

 道無き道を自分の手で切り開くのは異才鬼才の領域であって、そこまで行けるのならばそれはもはや学ぶ者ではありえない。すでに自分の形として、一定の完成を見ているはずである。


 ひるがえって、眼前の若剣士にはそれがない。剣を握る者が持つべき理想形のイメージがないままに、ただ漫然と長剣を佩いている。

 これは驚くべきことである。

 すでに冒険者学園に入学してから数ヶ月が経過しているはずだ。であれば、すでに何度か地下迷宮に潜っているはずだ。たとえ我流であってもモンスターと対峙するため剣を使ううちに否応なく形が作られ、磨かれているに違いない。常に生死の境に瀕することはそれほど甘いことではない。


 では帯剣しているだけか、と言えばそうでもない。戦いの中に身を置く者特有の血の匂いがしている。不慣れであることは雰囲気から窺えるが、モンスター相手に逃げ惑っているだけでは染みつかない戦場の気配とでも言うべきものだ。


 戦っている。しかし剣士としてはまったく育っていない。

 こんなことがあるのだろうか。


 首を傾げる彼に、若剣士は意を決して尋ねてきた。 


「サ、サムライ仮面先生っ」

「先生と付けなくて良い。それよりなんだ」


 一瞬口ごもってから、こう叫ばれた。


「なんで仮面もつけてないのにサムライ仮面なんですか!」


 サムライ仮面も口ごもった。

 そして目を逸らして呟いた。


「なんでだろうな。俺が知りたい……」

「え、あ……すみません」

「いや、気にするな。本題はそれじゃないだろ。何が聞きたい」

「えと、僕、剣で戦いたいんです」

「戦えばいいんじゃないか? すでに剣はあるようだし」


 わざわざ宣言することでもない。不思議がるサムライ仮面に彼は目を伏せた。

 要領を得ない話だったが、根気よく聞き出してみると、何とも言えない気分にされた。

 受けた印象は間違っていなかったのだ。


「つまりなんだ、魔術師なのに剣で戦ってみたいと?」

「はい!」


 剣士としての能力が皆無である理由に納得いったが、ひどく呆れもした。

 魔術師が他の技能に手を出すのは困難が伴う。とかく武芸全般には修練のために時間と労力が必要となるのだ。

 長年の修行、訓練の結果としての技術であり力量である。


 手広く技能を習得しているルビーとて、専門である魔術の訓練の合間に、相応の力量ある先達に鍛えられた結果として体術や武器扱いを伸ばしたと聞いている。ソロ冒険者をやれるだけの斥候能力にしてもベテランパーティーに対価を支払って学んだのだから、これとて勝手に身につくようなものでもない。

 この若剣士は――ド素人を剣士と呼ぶのは間違っているが、それでも剣を志すのなら剣士として扱うべきだと彼は考えたが――それを踏まえた上でサムライ仮面に話を聞きに来たのだ。

 見たところ、魔術師としてはそれなりに使えるらしい。


 阿呆の所業である。が、全否定する気にはなれなかった。

 才能の有無と進むべき道を定めるのとはまったく異なる次元の話だ。いかなる天才とて磨かなければ練達には及ばず、道を誤ればどれほどの才も無為に帰す。もちろん正しき道を進み、懸命に努力する者には届かないかもしれないが、約束された成功を求めるだけが人生ではない。

 勝ち目のない戦いに挑むこと、間違いと知りながら突き進むこと。

 それもまた道なのだ。


 他の仲間に迷惑が掛かるからと、学園迷宮探索時には常に魔術師としての振る舞いに徹している。とすれば卒業後に本腰を入れて鍛えるための指針として、サムライ仮面の助言を求めたのであった。

 仲間のことを考えられるのは悪くない。

 剣士として大成するためには遠回りではあるが、冒険者としての姿勢で評価すれば点を高く付ける。サムライ仮面は一通り話を聞いて、彼に身の熟しの基本だけを叩き込むことにした。

 ただし卒業までは剣を振らないよう強く戒めた。

 卒業試験までもう日がない。これから剣の方を学ぶにせよ、修練に励むにせよ、すべてが中途半端なのだ。そちらに気を取られて本職を疎かにしては、と講師らしい口調で言い包めた。


 代わりに教えたのは逃げ方である。

 大抵の魔術師は火力役となるが、前衛ほど動きが素早くないのがネックで、一度前衛を抜かれるとモンスターの集中攻撃を受けてあっさり崩れることが多い。攻撃の要が消え失せたパーティーは全滅の憂き目に遭うことも少なくない。

 というわけで学園もある程度動き方は学ばせているのだが、そこはサムライ仮面。相方が前衛後衛両面で動ける天才魔術師ということもあって、理想的な立ち回りを教えるのに苦労はしなかった。


 足腰を鍛えさせること。射線と逃走経路の確保。咄嗟の逃げ方、躱し方。

 何より大事なのは身が竦まないことである。

 基本、魔術師は頭がよい。火力役であると同時にパーティーの頭脳を担当することもままある。であれば戦場を俯瞰的に眺めるような視界の確保に、全体を把握できるような距離の取り方が必須となる。

 ある程度は若剣士が分かっていたそれをサムライ仮面は実戦と理詰めで叩き込んだ。


 講義あとの自由時間を相当に消費したのだが、それでもわずか数時間である。

 たった一度で見違えるほど変わるわけもない。

 しかし、若剣士は感銘を受けたようだった。少なくとも生還率の向上には繋がる、と実感してくれたらしかった。

 サムライ仮面は調子に乗りそうだった彼に淡々と告げた。


「剣を使えると思うとそれに頼り切りになる。だからちゃんとした道場や師について学ぶまでは、ダンジョン内で剣は持たない方が良い。ただ、学ぶのがどんな剣術であっても、足腰は鍛えていて損がないから走り込みは毎日続けるように」

「はい、分かりました!」


 返事はよい。すこぶる良い。その打てば響くような勢いにサムライ仮面が表情を険しくする。

 本当に分かっているのだろうか。


「ちなみに、なんで剣を使いたいと?」

「浪漫です! 格好良かったんです! 僕も剣士になりたいと思ったんです!」

「……そうか」

「そうです!」


 かなりの領域まで到達しないと、一般的な剣術では魔術に太刀打ちできないのだが、嗜好についてはひとそれぞれである。本人に熱意があるなら仕方ないと、サムライ仮面は嘆息しつつも頷いた。


「剣を使う者として言うべきではないかもしれんが……すでに魔術が使えるなら、それを伸ばした方がよっぽど早く強くなれると思う。それでも剣を使いたいのか」

「でもサムライ仮面先生は僕に負けるなんて微塵も思ってませんよね!」

「……まあ、そうだな」

「それが答えです!」


 若剣士は大仰に頭を下げ、ご指導ありがとうございましたと叫んでから去っていった。

 様子を見に来ていたのだろう。いつのまにか近くにいたルビーが笑い声を挙げていた。


「なんだ」

「剣も使えない相手に、一本取られたわね」

「……ああ」

「ま、向上心があって大変よろしい! とでも言っておきなさい。学園在籍の術士のなかでも、たぶん下から数えた方が早い力量に見えたけど……あの手の子って、けっこう化けるわよ?」

「生き残ればな」

「そーねー。せいぜい無駄に死なないよう、こっちも真面目に先生やらないとね」

「ああ」


 サムライ仮面は暗くなった空を仰ぐと、ふ、と笑った。

 手をひらひらさせながらルビーが食事に行くわよと告げ、彼はそれに付いていくのだった。


 

◇◇◇



 短い期間ではあるが、二人が講師であることに違いない。

 初回の印象があまりにも強かったためか、一部生徒には引かれ、一部生徒には熱狂的なまでに受け入れられたルビーとサムライ仮面であったが、講義の前後に取った質疑応答の時間、わずかに困らされた。


 なにしろ卒業試験間近で、今から鍛えようにも付け焼き刃になりかねない。というわけで知識の厚み、経験の使い方、判断材料の増加と、速度を上げるためにあえて情報を切り捨てるなど、ルビーは冒険者としての知恵、実戦における能力の発揮を見習いどもに突きつけようとしていた。

 が、わらわらと集まってくるのは学園に在籍している魔術師たち。

 冒険者を目指そうとしている以上、研究者としての身の振り方とは一線を画すことは間違いなく、であればその向上心と熱意たるや、ルビーをして少し引くくらいに群がってきたのであった。


「あ、ルビー先生っ! ちょっと聞きたいんですが――」

「先生! 火焔魔術について実戦の場でもっとも効率的な使い分けは――」

「速度優先でやってきた雷術師なんですが両立させるには――」

「先生先生――」

「せんせい火力こそ命でいいんですよねー――」

「モンスターの素材確保と魔石、中位魔術の兼ね合いは――」

「アレンジ詠唱の添削をお願いします――」

「当家に伝わる緑系魔術の発動が上手くいかないんですが先生の見解を――」

「先生――」

「私が先だ――」

「先に質問してたのは我よ――」

「あたしだって先生に見て貰うためのレポートを――」


 ルビーとサムライ仮面にとって、講師というのはあくまで仮の身分であるし、講義はもののついでとして依頼されたおまけであった。

 が、そんなことは生徒には関係無い。

 この講師二人がちょくちょく地下迷宮の調査のため潜るせいで、学園内で会話をする時間というのはかなり限られているのだ。なまじ実戦でも熟練者、場合によっては一流以上という腕を見せたこともあって、熱意溢れる者たちが助言を求めて突進してくる。


 が、二人の本来の仕事に差し支えるのは拙いとして、講義後に質疑応答の時間を確保させることで日中や講義時間外で生徒が大量に集まってくるのを抑止することになったのである。

 実際のところ、魔術師以外も集まってきたのだが、熱意が違いすぎる。

 あわよくば糧にしよう、という他職のノリと、血眼になって自分の地力を底上げできるチャンスを虎視眈々と狙っていた魔術師達。身体能力の歴然たる差をあっさり無視して、人波をかき分けてルビーの前に陣取っている。


 組織に属さぬ在野の魔術師は「はぐれ」などと呼ばれて下に見られる傾向があり、事実各々実力がピンキリではあるのだが、こうして正規の冒険者として探索許可を得ようとしている連中だ。「灯り」や「火の矢」しか使えないようなもぐりとは基礎が違うし、意識が違う。

 正当派の魔術師であるならば、一般的な冒険者パーティーの要となる人材なのだ。

 すなわち自己研鑽に掛ける情熱は他とは比べものにならない。


 基本的に才能の有無が大きく進路に影響する魔術師であれば当然プライドも高くなるが、一方で教えを乞うべきと見た相手には頭を下げることを厭わなくなる。

 よき師に学ぶことが自分を高める有効な手段であると理解しているからである。

 効率もまた、彼らの求めるひとつの解答なのだ。


 こういった自負と、身も蓋もない判断力がときに強力な魔術師をして、冷徹などと評される理由となるが、当人たちはまったく気にしていない。


 というわけで今日もルビー先生の授業は大変賑わっているのであった。

 実のところ、ルビーが投げかけられた問いや求められた助言として、即断即決で返答を続けていることがこの状況を加速させている最大の要因であるのだが、得てして本人は気づかないものだ。

 生徒といってもいっぱしの魔術師達が並んでいるのだ。それらがもたらした積年の疑問を、快刀乱麻を断つがごとく一言で解消されてしまえば、ルビーの声望は高まる一方であった。


 ひととおり落ち着いた頃、声を掛けられた。


「ルビー先生も大変ですねえ」

「いえいえ。これもお仕事ですから」

「学園長の旧知だそうで。やっぱり魔術師ですし、名門に連なる方はさすが――」


 表面上は笑顔だが、これまで生徒にあれこれ教えてきた講師だ。面白く無さそうである。

 こうして嫌味を言われることもあれば、


「最近の地方迷宮はけっこう盛り上がっているようですね。いやはや、私も現場を離れて久しいものですから……」

「迷宮都市と他では事情が違いますからね。まあ、どちらが上というわけでも」

「とは言いますが、ほら、あそこの骨の塔なんかは地方冒険者の方がよっぽど上手く……」


 と現職扱いされて好意的に話を聞かれもした。

 どのみち卒業試験の頃には去る身であり、あまり深入りするのもよろしくないと、ルビーとサムライ仮面は講師陣から適度に距離を取っていた。

 切った張ったの現場でもないから、皮肉くらいは気にも留めないし、内容に問題がなければ問われれば素直に答える。

 こんな風に考え、講師陣とはある程度上手くやっていた、とルビーは考えていた。

 が、とある日、講師の一人から相談を持ちかけられて、ルビーも頭を悩ませることになった。


「ルビー先生、相談に乗ってもらえませんでしょうか」

「あたしでよろしければ……窺いましょう」


 禿頭が目立つが、伏し目がちで、いかにも気弱そうな男性講師であった。

 弓術が専門の、遠距離攻撃を担当する講師だ。ルビーとはほとんど接点がない。学園長に紹介される形で講師陣とは引き合わされたが、彼とは食堂で目が合えば挨拶する程度のやり取りしか覚えがない。

 雑談すらほとんどしていない相手に相談を持ちかけるというのは、なんとも不可解ではある。


 食堂で話すつもりだったが、具合がよろしくなさそうだ。何カ所か挙げてルビーが理解したのは、生徒には聞かれたくない話であるという部分。

 生徒が滅多に近づかず、講師の出入りが自由な休憩室に向かった。

 そこで弓講師が口にしたのは、自分の講義の人気の無さをどうすれば良いか、であった。


 普段なら一言で切り返せば良いのだが、ことはサムライ仮面とルビーの存在が原因だった。二人が教壇に立ってからただでさえ少なかった受講者がさらに激減したのだという。

 つまり、時間帯が被るのだ。

 ルビーとサムライ仮面の授業は特別講義として基本の講義とはズレた時間に行われている。そして弓術及び遠距離攻撃の指南も、受講者の数が期待できないことからその枠に置かれている。教室が異なる以上、同時に受講することも出来ず、そもそも弓兵や射撃手の絶対数の少なさは如何ともしがたい。

 結果、弓講師がこうして悲痛な顔で相談に来たのであった。


 難しい問題だ。


 そもそもダンジョン内で弓使いが活躍する場面が少ないためである。どんな迷宮であっても同じなのだが、締め切られた室内には矢が届かない。長くまっすぐな通路があまり存在しない。光源がない場合は視界が効かない。と、長弓には不利な条件が多すぎるのだ。冒険者の仕事として荒野平野へ出向くとか、対人の傭兵や用心棒として働く場合には遠距離攻撃は強力な武器となる一方で、迷宮探索で使うのは短弓がせいぜいなのである。

 では常に短弓を使えば良いかと言えば、多少射程が伸びるとはいえ、専門職としてやるほどの意味があるかと首をかしげられる。斥候役が後衛から敵を邪魔するのに使うのが今の標準か。ただ持ち替えの手間などを鑑みるに、投石の方が手早いし、何より費用がかからないと人気である。


 銃使いとなるとさらに希少だ。そもそも、使い物になる銃はほぼ弾数やメンテナンスなどの費用を考えなくて良いタイプの遺物である。迷宮で使われる銃は大半が、ルビーのナイフのような魔導機構の入った魔力銃なのだ。

 実弾銃も存在しているが、延々と現れるモンスター相手に撃ちまくると費用が嵩むし、衝撃を無効化するタイプのスライムには無力であり、対モンスター装備としてはナイフ以下の評価をされたりもする。

 実際はもっと役に立つが、銃など手に取ったことはおろか見たこともない層も多いので、そうならざるをえないのだ。


 かといって遠距離攻撃が不要というわけでもない。

 ただ、花形が魔術師に取られているのだ。攻撃魔術は短弓の射程を軽く超えるし、やろうと思えば長距離狙撃代わりにもなる。攻撃速度であれば勝負になるかもしれないが、一発の威力も桁が違うし、魔術であれば一度で複数攻撃も可能と利点をすべて取られている。

 魔術師最大の欠点である、魔術を使える者は限られる、という面も冒険者学園内での比較となればさほど意味は無い。

 

 というわけで弓術の講義が不人気になるのは仕方がないことなのだ。

 自分の用いる技術の講義、あるいは自分の利益になる、ためになる話を聞ければ別だが。


「あ」


 ルビーが突然声を挙げた。

 頬に手を当て、少し考え込む仕草をした。


「……な、なにか」

「いえ。ひとつ思いつきましたので――こんなのはいかがでしょう」


 狼狽する弓講師に対し、ルビーは意味ありげに笑った。


◇◇◇


 明くる日、ルビーは弓講師と相談の末、合同講義の形を取って生徒を集めた。

 事前に弓講師の実力を確認し、これなら大丈夫だろうと判断してのことである。

 サムライ仮面は抑えに回らせた。一応、生徒の安全にも気を配りました、というアピールだった。


 生徒の大半は野外にある運動場に連れ出された理由を訝しんでいたが、一部生徒は気づいたようで、顔を強ばらせていた。

 何度かルビーの講義を受けていれば、そのやり口にも想像が付く。

 弓講師が短弓を手にしている。矢尻は付いていないが、距離が距離だ。威力は十分だろう。

 サムライ仮面は小石の詰まった袋を左手に、右手にその小石を取って弄んでいる。


 そしてルビーは生徒を振り分けて、自分は木剣を手に告げた。


「もう地下五階、地下六階まで到達した生徒もいるかもしれないけれど、みんなには遠距離攻撃の怖さを知って貰おうと思うわ。自分のパーティーに術士がいれば、一方的に敵をなぶった経験もあるでしょう。それを敵にやられたらどうなるか……弓術の利点と一緒に教えます」

「ルビー先生!」

「なにかしら?」

「先生は魔術を使わない、ってことで良いんでしょうか」

「ええ。あたしは剣一本でやるわ。……そうねえ、あたしに武器を当てられたら何か景品でも用意しましょうか。よし、どれかひとつ選択で。ひとつ、サムライ仮面と全力で試合する権利。ひとつ、あたしの魔術理論の一日講義、質疑応答付き。ひとつ、あたしの手持ちの使ってない遺物一個。こんなとこかしら」

「遺物!?」

「マジですか!?」

「あたしたちのやり方とそぐわないだけで、結構便利なアイテムよ。遺物だから売ればそこそこになるし。まあ、あたしに当てられなければ景品の話も無意味だから……頑張ってみる?」


 ルビーが見せたのは、いかにもなペンダントだった。

 迷宮を潜っているときに見つけたものではなく、道中でされた依頼を解決した際に渡されたものだ。効果としてはちょっとした防御に使えるのだが、避ける、躱すことを重視している二人には使いにくいものだった。

 今の今までお金に換えなかったのはルビーがこれを持っていることを忘れていたからだ。

 それでも遺物には違いない。生徒達のやる気は跳ね上がった。


 ルールは簡単な試合形式で行われた。使うのは木剣など試合、練習用の装備。威力の多寡に関わらず相手の攻撃を当てられた時点で戦闘不能判定。武器を落とした場合、壊された場合も失格。魔術師の場合は威力の低い純粋魔力弾か、殺傷力のない風の魔術のみ利用可とする。

 パーティー人数を意識し、最大六人でルビーと弓講師の二人に挑む。

 サムライ仮面は危険な攻撃が合った場合、横から指弾でそれに対処する。


「始め!」


 そして最初の六人が集まり、開始数秒後、全員戦闘不能と判定された。


「へ……?」

「遅い! 次!」

「え、いや、今の」


 ルビーは動いていなかった。

 動いたのは、弓講師だけだ。


 同時に六人を狙い撃ったのだ――!


 刺さらない程度の威力とはいえ、スネやみぞおちを打たれた六名は悶絶している。

 周囲で見ていた生徒達が騒ぎ出す。


「意味が分からない……」

「え、ええ!? なにあれ!? なにそれ!?」

「ずるいよ! どうなってんの!?」

「――次、出て来ないなら景品のグレードを落とすわよ!」

「俺が行く!」

「どけ! おれだ!」

「僕だって先生との一日講義が!」


 惨状である。


 次に出てきた六名は即席パーティーのようで連携も何も無い。

 が、前例ほど油断はしていない。

 弓講師の番えた矢が六本無いことを確認し、始め、の合図と共に――


「あ」


 ――突っ込んできたルビーが二人をなで切りに、翻ってもう一人。

 するりと抜けて逆側に向かって走っていくと、それに驚いていた一人に矢が当たる。

 どちらに対処すべきか迷った残り二人が硬直すると、もう遅い。

 ぐるりと回ったルビーが再度接近し、それに構えた途端、あらぬ方角から一射。

 そしてルビーの剣がパシンと良い音を立てた。


 終わりである。

 鮮やかに決まった。


 三組目。

 術士混成パーティーであったが、ルビーが掛けると同時に詠唱開始。

 突進してきたルビーを狙い撃とうとして、気づく。

 弓講師の姿がない。

 見れば、長弓に持ち替えて、遠ざかっている。

 ルビーも接近してくるフリだけで逸れて、距離を取る。


 狙い定まらぬままになだらかな稜線を描いた軌跡と、矢。

 まず術士が、それを庇おうとした前衛が倒れ、一瞬で残り二人に。

 ルビーは牽制するように距離を取っている。

 彼らは賭けに出た。ルビーが剣を使える以上、弓講師が狙い目だと。

 そして全力で走って近づこうとして、そこに飛来する無数の矢。

 最初に六人を一度で撃ったのと同じかそれ以上のでたらめな数での射撃だった。


 矢尻が付いていたら穴だらけだったわね、とルビーが冷たく告げた。

 四組目、五組目ともなれば、先走った連中のおかげで情報が集まって有利になっているはずなのだが、たった二人の講師に翻弄され、全員が戦闘不能として判定された。

 サムライ仮面の出番はなかった。

 あと数名残っていたのだが、勝ち目がないと降参し、残るのは訓練場の死屍累累。

 ルビーが総評を告げるのを全員倒れ臥したまま拝聴する羽目に陥ったのである。


「まず最初に。……全員欲に目が眩みすぎ。景品を用意しただけでそこまで焦るとなれば、ダンジョンで遺物見つけたときに浮かれるのが目に見えるわね。安置されている遺物の場合……入手前、入手時、入手直後、入手してから少し後、このタイミングでトラップ発動する可能性があるから注意しなさい」


 返事はない。屍のようだ。


「それから遠距離攻撃の怖さが分かったと思うけど、相手が術士じゃないからって油断したでしょ。この先生、すごく気が弱そうに見えるけど……それでも講師を任されるんだからそれを補って余りある実力者である可能性を留意しなさい。下手な術士より、腕と判断力の良い弓手の方がよっぽど怖いわよ。詠唱のタイムラグは馬鹿に出来ないし、同時攻撃も術士の専売特許じゃないから。分かった?」


 うめき声だけが聞こえている。


「距離――間合いの大事さは前衛職なら理解してたつもりだろうけれど、つもりでしかないってのが証明されちゃったわね。所詮、間合いなんて自分のものでしかなくて、射程で上回られたら手数ひとつで優位はひっくり返るのよ。一方的な状況を作られたならいっそ逃げに徹しなさい。交渉って手もあるわね。なんにしても遠距離攻撃が可能な相手と、対処方法もなく正面から対峙した時点で間違ってるの。魔術師相手に正面から戦おうとする剣士なんて普通はいないでしょ――アレは例外だから考慮しないで――それが弓手となったら剣や盾で防げばいいとイメージに釣られる。相手の力量を把握しての判断なら間違いじゃないけど、今回は想定よりずっと上だったわけで……聞いてる?」


 リタイア組だけがこくこくと頷いた。


「まあいいわ。とにかく遠距離攻撃についての知識を深めておくことをオススメするわ。自分がする側、される側、その両方を理解しておけば、どう動かれたら困るか、どう動けば有利かも分かるでしょう。ああ、それとこちらの先生のご厚意で、このあと特別講義を夜までしてもらえることになったから。合同講義はこれで終了にするけど、さっき、余裕綽々でいたくせにみっともなく戦闘不能判定を受けた生徒の奮起を期待するわ。……じゃあ、解散!」


 伝え聞くところに寄れば、その後行われた弓講師の特別講義は大盛況だったようである。

 サムライ仮面が苦笑していた。


「なあルビー」

「……言わないで」

「分かってるならいいんだが」

「ズルいってのは知ってるわよ。ただ効果的ではあったでしょ?」

「まあ、な」


 結局のところ、弓講師の実力が高かったから意味があった策であり、講義だった。

 それも一度しか使えない手法だとルビーも理解している。

 この一件で弓手志望が増えるわけではないし、増えられても困る。あのルール、試合形式であるからこそ一方的な展開になったに過ぎないのだ。

 ただ損する者はいない、はずである、というのがルビーの見解だった。


 生徒は遠距離攻撃の重要性、危険性を把握し、弓講師は寂れていた自分の講義に人が集まり、ルビーとサムライ仮面は仕事に準じた。

 サムライ仮面の言いたいことは分かる。

 あれは、別に弓術である必要は無いのだと。


 手札が多いルビーであれば、魔術でやっても同じことが出来たのだ。

 それでは相談の解決にはならないからこの形を取ったに過ぎない。


 のちに弓講師から感謝の言葉を告げられて、ルビーはにっこりと微笑んで返すに留めた。

 これは、それだけの話である。

 

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