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彼と彼女の迷宮えれじい  作者: 三澤いづみ
第一部 『彼と彼女の出逢い、あるいは地下迷宮の魔』
2/62

二、アーシャ・セッテ・フェルマータ


二、


 アーシャはかつて『赤の門』と呼ばれる集団に属した魔術師である。


 アーシャ・セッテ・フェルマータ。

 家名であるフェルマータは代々大魔術師を輩出してきた名門であり、アーシャもその系譜に連なるものとして将来を嘱望されていた。

 僅か三歳で才能の片鱗を見せると、アーシャは十年に一人の神童と言われた。

 七歳で師を真似して大魔術を成功させたとき、百年ぶりの天才と呼ばれた。

 十歳の時、秘術継承の儀式のため、赤の門に伝わる秘宝『炎の卵』に触れた。


 赤の門の本拠での出来事だった。僻地にある遺跡である。迷宮の壁と同じ材質で作られた遺跡は、数百年のあいだ赤の門の支配地として長らく用いられてきた。

 その遺跡が消滅した。儀式を執り行っていたのはアーシャを含めた五名、そのとき遺跡には三十二名。この三十七名のうち、半数が遺跡ごと一瞬で消し飛んだ。


 このとき秘宝も、あえなく失われた。炎の卵が暴走したと語る者もいれば、アーシャの作為と疑う者もいたが、真相は分からなかった。とにかく炎の卵は失われ、二十名近くの命は奪われた。一ヶ月後、アーシャは赤の門より追放された。

 追放は、魔術を学ぶことが不可能になるだけでなく生活基盤を失うことに等しい。


 幼いアーシャは一人放り出された。フェルマータ家の敷地内に足を踏み入れることも禁じられた。

 儀式には伯母のイシュテリアも参加していたが、彼女も跡形もなく消し飛んだ。

 追放を止める者は居なかったが、年齢を考慮し、一つだけ与えられた。


 真紅のローブ。

 アーシャに対する餞別の品だった。守りの加護を与える魔術の衣であり、一人前として認められたとき初めて贈られるものでもあった。

 だが赤の門の魔術師と名乗ることは許されない。追放処分は、組織からの庇護を受けられないことを意味している。


 しかし誰かが手を回してくれた。アーシャの行く先が深い闇の底であったとしても、せめて寒さに震えないようにと。

 出て行くとき、アーシャは振り返らなかった。一人の見送りもなかったが、すべてが敵ではないと知っていた。こうして幼い魔術師は、生きるために冒険者となった。

 すべては過去のことである。



 冒険者としての道を歩き始めた頃、とある町でのこと。組む相手として高火力の魔術師は引く手数多のはずだが、年齢が年齢であった。

 自身でも分かっていた。こんな年齢の少女を重用することはあり得ない。


 酒場に足を運び、これと思った相手に声をかけては断られる日々にも、アーシャは挫けなかった。

 物好きな連中もアーシャを引き入れるのは躊躇った。巻き込んで死なれるのも、巻き込まれて死ぬのも嫌がるのは当然だ。


 ある日、壮年の男から声を掛けられた。迷宮都市で名を馳せた彼らは今調査のため地方を回っている。仲間が遠方に出向いているため即戦力を捜していた。

 臨時雇いでいいとアーシャは頷いた。

 周囲の冒険者たちは笑った。名高いベテランパーティーが、頭を下げて頼み込んでいるように見えたのだ。アーシャを連れ、小迷宮に潜った彼らは、その日のうちに遺物を発見した。


 遺物は滅多に見つかるものではない。迷宮の最奥に隠されていたり、凶悪なモンスターが守護している部屋に安置されていたりする。そんな遺物がたった一日で、それも三つも入手されてしまったのだ。

 翌日、さらに二つの遺物を入手したパーティーは、無事に帰還した。


 アーシャは五つのうち、一つだけ選び、他四つの遺物を彼らの手にゆだねた。


 成果は、たった二日で複数の遺物と新たなる階層の発見である。

 町中が凄まじい騒ぎになった。ベテランパーティーは酒場で、以降の探索を諦めたと口にした。耳をそばだてていた冒険者たちが、血相を変えて詰め寄った。

 一攫千金を果たした彼らは浮かない顔だった。


「どうしてだ! あんたらならこの先にも行けるんだろ!」

「無理だ。あれは嬢ちゃん……アーシャがいたから、あの結果だったんでな」


 若い冒険者たちは信じなかった。壮年の男は重ねて言った。


「俺たちは三回、死にかけた。それを涼しい顔でひっくり返したのがアーシャだ。これ以上あの嬢ちゃんに一緒に来て貰うのは、俺たちの矜恃に関わる」


 頷いたのは、別の席で飲んでいた彼の仲間だった。


「あれに慣れたら俺らの感覚が狂っちまう。うちのジーナが帰って来てからの話になるけど……まずは塔の五階くらいからやり直さないと死んじゃうよ、俺」


 ジーナは彼らのパーティーにおける魔術師だ。


「ずっと一緒にやってもらえば!」

「これでも悔しいんだよ。そこそこやれてる自信もあったがな」


 若い男は驚愕を顔に貼り付けたが、無言で、すぐさま酒場から出た。話に加わらず黙って耳を澄ませていた連中に、壮年の男は笑って釘を刺した。


「アーシャの嬢ちゃんならもう出て行った後だぜ」


 彼らに冷たい口調で続けた。


「俺らが諦めた以上、この町で得られるものはもう無いそうだ。……もしかしたら一人で上まで行けるのかもしれんが、ま、そこまで無謀じゃねーだろ」

「じゃあ、なんでパーティーに入れてくれなんて?」


 遠くの席から疑問の声が上がった。


「魔術師としての腕に自信はあるが、迷宮探索は初めてだとさ。色々教えて欲しい。そう言われたぜ。発見した遺物の数は五個だが、それは全部アーシャが見つけたか、モンスターを焼き殺して手に入れたもんだ。で、俺らはその中の四つを貰った」

「つまり、それって」

「嬢ちゃんに一つを報酬として渡したわけじゃない。嬢ちゃんが俺らに同行してくれたお礼として、四つも遺物をくれたのさ」


 静まりかえった酒場のなかで、壮年の男の声が、少しだけ楽しげに弾んだ。


「トラップの見つけ方や迷宮の注意点、パーティーに必要なものと一番大事なこと。格上の魔術師殿に懇切丁寧に教示させていただいたわけだ。悪い気分じゃなかったぜ。礼儀正しくて洒落も分かって腕も良い。しかも若くて可愛らしい。うちの二人はまだ宿でふてくされてるが。まあ、どうにもならんしな」


 男は周りの辛気くさい顔を見回して、マスターに告げる。


「よし。この場にいる連中に一杯奢ってやろう」

「おやっさん。ジーナが戻ってきたら、まーたどやされますよ」

「いいだろ、一回やってみたかったんだ。お大尽ってやつ」


 最初に話しかけた男がしばらく俯いて、やがてはっと顔を上げて尋ねた。


「な、なあ。いま言ってた、迷宮探索で一番大事なことって、なんだ?」

 若い男に、壮年の男はにやりと笑った。

「そりゃあ……運だろ」


 一瞬の空白を開けて、爆笑が酒場を満たした。



 十一歳の頃である。

 アーシャは少しずつ名前を知られていた。組んだ相手は様々だった。ただ、どの相手とも長続きしないことは共通していた。

 大規模なパーティーは予備含めて数十名が所属している場合もあったが、迷宮内では六人以下に絞らなければならない。


 役割の分担、実力の均衡といった理由から、自然とパーティー内の、人員と能力の組み合わせは固定される。

 アーシャが必要とされるのは火力の増強ゆえだった。

 仲間が戦列を離れた際、そこを埋めるために招聘される。が、アーシャと釣り合いの取れるパーティーが滅多にいるはずもない。


 勧誘は山ほどあった。切り札としてこれほど便利な存在はそういない。パーティーの入れ替えを前提として、上手く使いこなせば探索効率化が図れる。

 しかし、そうした意図の勧誘は、アーシャから断った。それは寄生であって、アーシャの欲する仲間ではないからだ。


 力量のバランスを一切考えず、パーティーを組んでみたことがある。

 女が二名、男が三名。アーシャより年上のパーティーである。

 長身で、胸の大きいデナは、短い髪をかき上げる仕草ひとつも女性的だ。優しげな眼差しのセリアは声も柔らかい。守ってあげたくなる容姿である。髭面で声の大きなジェイクは斧を担いでいる。大股で足音が大きい。

 陰気で小柄なエイブズはジェイクの後ろを点いていく。少し卑屈そうな笑顔だ。

 そんな四人をまとめる、お人好しそうなスティーレン。


 酒場で呼び止められた。そして、パーティーと呼ぶのも烏滸がましい適当さで岩肌の奥の迷宮行きに誘われたのだ。

 彼らは何度もその迷宮に潜っていた。

 浅い階層で小動物風のモンスターを殺し、その素材を剥ぎ取る。あるいは深い階層に潜ってから帰還した他パーティーが、拾う価値も無いとそこら辺に置き去りにした道具をかき集める。


 アーシャの評価としては、駆け出し以前である。

 彼らは考えた。魔術師がいれば、もっと奥に行けて、もっと稼げるはずだと。

 アーシャはえり好みしている自覚もあった。最初に組んだ相手の質が良すぎた。それと比較して、どうしても見る目が厳しくなる。


 これではいけないと、彼らの誘いに乗った。彼ら五人とアーシャは傷を負うことなく迷宮の奥へと進んだ。早々と後悔し、アーシャは早く切り上げて帰りたかった。

 彼らにしてみれば、そう容易く引き下がれない。


 アーシャの手際が良すぎたのだ。少女がモンスター相手に危なげなく勝利する様は、自分たちまでも熟練である錯覚を抱かせてしまった。

 彼らが稼げるだけ稼ぎたいと考えるのも無理はなかった。

 大きな成果無しでは納得しないことは見て取れた。奥に進み、しばらくして、それなりに良い武器と古い金貨が手に入ると、アーシャは帰還を提案した。これが受け入れられなければ、見捨てて一人で帰るとまで口にした。


 ジェイクとエイブズは、まだ行けたと不平とこぼし荒い足取りで帰路を歩いていた。アーシャは神経をすり減らしながら、しんがりを歩いた。

 行きと帰りは同じ危険度ではない。

 疲労と油断がある分だけ、帰り道にこそ注意しなければならない。


 なんとか帰り着いて、アーシャは安堵の息を吐いた。迷宮で得たものを分配した後、今回限りである旨を伝えた。一緒に動いては命がいくつあっても足らない。

 アーシャといえど、フォローできる範囲には限度がある。

 五人から異議は出なかった。スティーレンからは感謝の言葉さえ出た。


 一方で、デナ、セリアの女性二人からの視線には嫌な感触を受けた。

 アーシャは、これから酒場で飲む五人と別れてさっと自分の取った個室に戻った。多少気まずいが、彼らと同じ宿である。迷宮を出た時間が遅かったため、宿を変えるにはタイミングが悪かった。


 深夜過ぎ、誰もが寝静まっている頃に、妙な気配を感じて目が覚めた。

 足音を殺して廊下を進み、立ち止まったのはアーシャの部屋の前だ。

 鍵はかけてある。錠前を開けようとしているのか、金属が擦れる音がする。

 自分も音を立てずにベッドから抜け出ると、気配を殺し、安物のナイフを逆手に握りしめておく。


 錠が外れた音がした。油を差しているあたり、手慣れている。

 すっと扉が開いていく。廊下も真っ暗で、部屋の中の暗さと繋がっている。

 人影は男だ。覆面をした男が歩を進めていく。


 枕を入れシーツを膨らませて、まだベッドの上にいると偽装しておいた。

 覆面男の動きに合わせ、後ろから近づいた。

 距離を詰めるのは一瞬だった。


「動くな。喋るな。死にたくなければそのまま膝を折れ」


 首筋にナイフを突きつけ、耳元でささやいた。

 ひ、と短い悲鳴。


「仲間がいるわね? いるなら、その手のロープを落としなさい」


 ナイフの角度を変えながら、小声で尋ねた。

 男がロープを落としたのを確認して、アーシャは眼を細めた。

 柄で手っ取り早く首筋に衝撃を与えた。気絶した男をベッドに放り投げて、息を整えてから、ドアを勢いよく蹴り開いた。廊下の端へと駆け、様子を窺っていたもうひとりに肉薄する。硬直の隙に、懐に潜り込んで腹を強かに打ち据えた。凄まじい音がした。


 騒がしさに他の部屋の客も顔を出した。階下から宿屋の主も駆けつけてきた。アーシャは事情を説明し、まとめて宿屋の主に引き渡した。

 二人の覆面を剥いだところ、ジェイクとエイブズであった。


 アーシャはうんざりした。


 翌朝、朝食を待っていたアーシャの前にデナが来た。


「ジェイクをあんな目に合わせるなんて……。あなた、まだ処女でしょ? そのうち男とヤるんだし、早いうちに慣れた方がいいんじゃない?」

「そうそう。ジェイクもエイブズも、欲求不満が溜まっちゃっただけだし。……せっかくだからヤらせてあげれば良かったのに。アーシャちゃんは可愛くて腕の良い素敵な冒険者なんだから、男には優しくしてあげなきゃ」


 隣に座ったセリアも薄笑いを浮かべていた。

 唖然とした。


「それとも……あんな弱っちい男と盛るのは御免だ、ってこと?」

「アーシャちゃんは若くて、なんでも出来るもんね。アーシャちゃんなら男なんて寄ってくるし、よりどりみどり選び放題だから、発情する相手に拘るんだね」


 こうした悪意のぶつけられ方は初めてだった。彼女たちの瞳にある暗い輝きに、アーシャは我知らず呟いた。


「あんたたちが、あの二人を唆したのね?」

「何の事かしら」

「ねえ?」


 意趣返しなのだ。探索を手早く切り上げたことか。あるいは。何に対する反応なのかを努めて理解しようとは思わなかった。

 ただ一刻も早くこの場を去りたかった。アーシャが席から立ち上がったとき、捕まった二人のこと、事情を聞かれていたスティーレンが帰って来た。

 少し疲れた表情で、アーシャを見て、かすかに眼を細めた。


「アーシャさん。うちのやつらが悪かったね。まったく、あいつらにも困ったもんだ。アーシャさんとは、これからも一緒にやっていけたらと思ってたんだけど、ね」


 言葉が耳朶を打った瞬間、アーシャの脳裏には別の意味が浮かび上がった。

 デナとセリアではなく、スティーレンこそが指示したのかもしれない。彼らは二人の所業を知っていた。その上で止めなかったのだ。


 あの二人にアーシャを襲わせて、処女を奪い、手込めにして、そして……。

 常人より死に近い冒険者が性に対して奔放なのはアーシャも理解していた。迷宮の近くでは娼館が多いことも、冒険者が多い場所では娼婦の需要が膨らむことも。


 男女混合のパーティーでは、情欲に身を任せ、互いに身体を許す者が多い。

 本能が生存のため、性欲を滾らせることはままある。アーシャもそれを否定する気は無い。自分はさておき、そういうものだと分かっているつもりだった。


 それは恋ではないかもしれない。そこには愛がないかもしれない。

 それでも他者のぬくもりを求めるがゆえの寂しさがある。抑えきれぬ獣欲をぶつける苦しみが、それを受け止めるだけの情けがある。

 身体を重ねるとは、そういうことだと、アーシャは信じる。


 だから、これはきっと、違う。一年に満たない冒険者として過ごした日々が、スティーレンたちの空気に拒絶反応を示した。

 気持ち悪い。スティーレンの浮かべた笑顔に対する感想はそれのみだ。

 アーシャはその日のうちに町から去った。後日、別の町で彼らの噂を聞いた。スティーレンは死んだ。迷宮の中ではなく、町中で別の冒険者のパーティーに殺されて。


 詳しい事情は聞かなかった。聞きたくもなかった。

 アーシャはそれ以来、まず相手を見極めてから組むことにしている。


 さらに冒険者稼業を続けるうちに、アーシャの名前は別の意味で有名になった。一人で潜ることが増えたからだった。

 迷宮に一人で挑むのは、例外なく命知らずである。


 全くいないわけではない。有名になることが希なだけだ。

 大抵は無名のまま死ぬ。迷宮に潜り、無事に帰還出来る判断力があるならパーティーを組んだ方が良いことは自明だ。

 ずば抜けた実力と、パーティーを組まない、もしくは組めない理由。これが無ければアーシャのような状況には陥らない。


 アーシャとて一人で潜りたいわけではなかった。一人では限界がある。百も承知だ。臨時以外でこれぞというパーティーに巡り会えないだけだ。

 稼ぎはよい。すこぶる良い。ちょっとした小金持ち、どころではない。

 金銭的には余裕である。通常、六人で分ける儲けを独り占め出来るのだ。一人で迷宮に挑み死ぬものが一定数いるのは、大概それが原因である。


 最近はアーシャも原因のひとつになっている。年若い可憐な美少女が、一人で迷宮の下層に挑んで、無事に帰還してくる。

 自分も同じことが出来る、と勘違いする者が出て来る。もちろん初めて潜る見習いが大半だ。一度でも潜れば、そして生きて帰ってくることさえ出来れば、どれほど馬鹿げたことか否応なく理解する。


 アーシャの名前の重さは、知らず知らずのうちに積み上がっていく。

 齢十四にして、アーシャ・セッテ・フェルマータは、ひとかどの冒険者である。



 ある日、噂を聞いた。

 とある迷宮の最下層に『炎の卵』が奉られている、と。


 意味が分からなかった。

 失われたはずの秘宝が、なぜ、そんな場所にあるのか。手広く情報も集めた。集めれば集めるほど疑問は増えていった。


 地下五階までで行き止まりだった迷宮で隠し扉が発見され、最下層である地下十階に炎の卵が安置されていると判明した。

 地下七階まで到達された段階で、なぜ地下十階が最下層であると分かるのか。炎の卵がそこに存在していると誰が調べたのか。


 炎の卵は『赤の門』の秘宝で、門外不出の品物である。

 アーシャでさえ、儀式の日まで名前すら知らなかった。実物が失われてから、事態を説明するにあたり、ようやく秘儀に関わらない者にもその名が伝わった。

 なぜそんな秘宝が、唐突に現れるのか。名前と在処が、アーシャの耳に届くような規模で外部にばらまかれている時点で異常極まりない。


 秘宝の消失も、アーシャの追放も、すべて赤の門の外に持ち出す話題ではない。でたらめにしては釣り針が大きすぎ、真実にしてはあまりにも無体である。どう捉えたものかと頭を悩ませていたところに、特大の爆弾が届いた。

 問題の迷宮に潜って、数日が経っても帰還しなかった魔術師がいるという。


 その名が伝えられた。

 イシュテリア・テセラ・フェルマータ。赤の門に所属する魔術師であり、アーシャの伯母であり、そして赤の門の本拠が消滅したあの日、死んでしまったはずの――儀式の総責任者である。

 慕っていた。師匠として敬ってもいた。自分のせいで死んだと思っていた。


 今更、どうして。

 アーシャは、一瞬だけ目の前が暗くなるのを感じた。四年近く前に死んだ人物。失われたはずの炎の卵。アーシャの元に集まったいくつもの情報。


 着の身着のまま、その迷宮へ、その近くにある町へと急いだ。そうしなければならないと、そうすべきだと信じたから、アーシャは迷宮に足を踏み入れた。

 そして彼女は一人の剣士と出逢った。



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