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彼と彼女の迷宮えれじい  作者: 三澤いづみ
第一部 『彼と彼女の出逢い、あるいは地下迷宮の魔』
12/62

十二、彼と彼女の旅立ち(完)


十二、



 迷宮からの帰還をなんとか果たし、何日か経って、二人は武器屋に顔を出した。


 本当はもう少し早く訪れるつもりだったが、回復に努めていたのだ。

 特に限界を超えて魔力を使い続けたアーシャはしばらく寝込んだ。たとえるならひどい筋肉痛に襲われている感じ、と説明された。

 テーブルの上に、恭しくそれらを置いて、ソエモンが聞いた。


「直るか?」

「無理だな」


 最初に見せたのは、刃が中程でぽっきり折れた、カタナだったものである。

 ここまで綺麗に真っ二つになるか、と感心するほど見事な壊れ方だった。


「こっちはどうだ」

「無理だ」


 最後まで耐えた重い片刃剣である。酷使を繰り返した結果、深刻な状態だった。

 折れていないのが不思議な状態と、ソエモンにも分かっていた。


「それはそれとして、頼まれてたもんは今朝出来上がったぞ」

「本当か!」


 ソエモンの顔が喜色に染まる。


「嘘付いてどーすんだ。ほれ、弟子一号! 早く持ってこい!」


 鞘に収められたその剣を、エクレアが奥から重たそうに持ってくる。


「はーい。お待たせしました」

「お前らが迷宮に潜ったって聞いてから、エクレアがずっとそわそわしててな」

「もうっ。お父さんたら……ソエモンさん、顔を出さないから心配したんですよ?」

「アーシャならそっちにいるが」


 エクレアはソエモンの手のひらをそっと包んで、じっと目を見て微笑んだ。


「ソエモンさんのことを、心配したんです」

「そりゃありがたいが」

「お金を出すのはアーシャさんでも、ソエモンさんがうちのお店で買おうって思ってくれないと全く意味が無いことに気がついたんです! また、うちで……買ってくれますよね?」


 上目遣いの、可愛らしい笑顔だった。ちょっと狙いすぎなくらいに。


「悪いな。うちの娘は素直すぎてなぁ。悪気は無いんだ。悪気は」


 ソエモンは苦笑を浮かべた。それ以外の表情は思い浮かばなかった。



 受け取った剣を振ってみる。なるほど、カタナに近い振り心地だ。


「ああ。良い感じだな。よく斬れそうだ」


 ソエモンは若干悩んだ末、トルテに、あの折れたカタナを進呈した。


「研究材料にでもしてくれ。次に作るときの参考くらいにはなるだろ」

「ありがたく貰っておくぜ。なんなら次の注文もしておくか?」

「ソエモン」


 それまで黙っていたアーシャが、にこやかに口を挟んだ。


「武器は使い捨てじゃないのよ?」

「……また今度、頼む」

「お、おう」


 悲しいかな、財布を握られているソエモンの立場などこんなものであった。



 店を出て、しばらく歩いた。

 もう、町外れのあの地下迷宮に潜ることはないからと、宿は引き払った。


「まだ未探索の部分が結構あるはずだが」

「リア伯母さんが地下十階に潜んでいた期間を考えてもみなさいよ。イレギュラーが起きないよう、全部調べたでしょうね。めぼしいものは残ってないわ。あるとすれば、それは餌として残しただけよ」

「大したことのない武器や道具、財宝ってことか」


「ソエモンの剣も新調したし、もう一度潜ってもいいんだけど……正直、ここで冒険って気分じゃないのよね」

「あのマイセンってヤツには教えてやらんのか」

「なんで?」


 不思議そうに聞き返されてしまった。


「目をかけてたみたいだからな」

「後進を導いてあげるのは先達の役目よ。でもね、そこまで面倒を見る義理はないの。あたしたちが去ったことを知れば想像は出来るでしょ。分からないならそれまでよ」


 ふむ、とソエモンは納得した。



 さらにしばらく歩いた。

 宿を引き払った以上、アーシャは手荷物を持っている。それもきちんとした旅支度である。一方のソエモンは大した荷物は持っていない。剣を一本腰に差し、あとは着替えやら旅の必需品やらを詰め込んだ袋くらいだ。

 歩いて行く先は、町の出口の方面である。向こうには荒野が広がっている。


「……付いてくるのか?」

「当然、一緒に行くわよ」


 ソエモンは最初の約束を思い返して、聞いてみた。


「期間は、あの迷宮の最下層に辿り着くまで。そういう話じゃなかったのか?」

「あたしが欲しいって言ったのは、ソエモンの方でしょ」


 さらっと言い返された。


「それに。あたしはソエモンの……その……仲間、なんだからっ」


 アーシャは顔を朱くした。

 そのまま出掛かった言葉を飲み込んで、違う言葉で誤魔化したようだった。


「そういやそうだった」

「むっ。何よそれ」


 適当なソエモンの返事に、むすっとした顔になるアーシャ。


「まったく違和感なく横にいるもんだから、つい、な」

「忘れてたっていうの?」

「仲間より、相棒みたいなもんかと思っただけだ」


 相棒。パーティーメンバーという響きより、ずっと近い感じのする言葉だ。

 アーシャはわずかに目を伏せた。伯母とその相棒であった剣士の結末に想いを馳せているのかもしれなかった。

 その切なげな表情も、すぐに不敵な笑みに取って代わられた。


「次の目的地は?」

「俺としては、カタナが手に入ればどこでもいい」

「手には入ったじゃない。手には」


 アーシャがからかうように笑みをこぼし、ソエモンが渋面で返した。


「一夜の夢だった……いや、一夜ですらないのか」

「はぁ。次は入手してから一週間くらい保てばいいわね」

「俺がカタナを壊すことを前提にするな」


 微笑まれた。ため息を吐かれた。もの悲しげに目を逸らされた。


「その剣、なるべく大事に使いなさいよ。壊れたらまた買ってあげるけど」

「……おう」

「いくら相棒でも、あたしの財布を当てにしすぎないように!」


 返す言葉もなく、ソエモンは肩をすくめた。

 ただ、アーシャが笑顔で仕方ないわね、と呟くのを聞いた。


 ゆっくりと、二人は並んで歩く。果てなく続く青空の下、まだ見ぬ次の迷宮を目指し、どこまでも、どこまでも。 (了)





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