第九話:秘密のデート
校内外に鳴り響くチャイムが、放課後の訪れを告げる。同時に、校舎から溢れ出す生徒たち。
ある者は部活、ある者は帰宅。各々が時間割と言う共通のレールから外れ、それぞれの目的で活動し始める時間帯。高校生である白地鈴音もまた、友人の誘いを断って自身の予定をこなそうとしていた。
「ゴメン、今日もちょっと用事あって早く帰らないとダメなんだ」
手を合わせて頭を下げ、机の横から通学鞄をひったくる鈴音。今日も昴の家でレコーディングがある。だから友達に「用事って何してるの?」と聞かれる前に、この場を離れたい。
自分が歌っている事、その歌をウェブで公開している事。鈴音はそういった話を友人たちに一言も喋っていない。単純に恥かしいからというのもあるが、騒ぎ立てられるのを避ける為、秘密にしているという事情もある。
最近の学校は、ウェブという媒体に対して良いイメージを抱いていない。児童の健全な育成を阻む壁と認識している節がある。そんな場所へ、自校の生徒が出入りしていると聞けば良い顔はしないだろう。
触らぬ神に祟りなし。友人も含め、特に学校には絶対秘密。父や昴と話し合って決めた事だ。
「そういえば鈴音ぇ。私、アンタに聞きたい事あったんだわ」
教室を出ようとした鈴音に、友人の一人が声を掛けてきた。噂好きで知られる少女だ。彼女の、そのニヤけた顔……何か面白いネタを用意している時の表情だ。
ちょっと面倒臭いなぁ……と思った鈴音だったが、無下にして立ち去るのも感じが悪い。あたり障り無く返事をして、相手の出方を待った。
「この前、オフィス街で男の人と手ぇ繋いで歩いてなかった?」
「……!」
あの時か。昴の会社を訪ねて行き、迷子になった時だ。人込みを抜けるまで昴に手を引いてもらったのだが……よりによって、その瞬間を見られていたとは。
一瞬、どう答えた物かと言葉に迷う鈴音。その態度に好奇心を刺激された女子たちが群がり、矢継ぎ早の質問が開始される。
「誰よその人!?」
「男の人ってどんな?」
「かっこよかった?」
「彼氏?」
テンプレートにでも載っていそうな質問の数々。あぁ……面倒なっ!
確かに手を繋いだ時、ちょっとドキドキしてしまった。でも昴とは彼氏とかそういう関係では無いし、歌の事以外において、やましい関係では無いのだ。
堂々と、本当の事を言えば大丈夫。
鈴音が考えを纏めて口を開こうとした時、早くも話に尾ひれが付き、妙な事になりつつあった。
「アレ、鈴音の彼氏って本当?」
「私も前に見たよ」
「結構年上だよね?」
「ワリとハンサム」
「年上なの? まさか援……それ、いけないコトだよ!?」
あぁぁぁ……もう、面倒くさい……!
鈴音はこういった女同士の、ゴシップ的な話題が酷く苦手だった。男親に育てられ、父を除けば最も身近な人物が昴であった事が影響しているのかもしれない。
「ちょ、みんなちょっとタイム!」
想像逞しく好き勝手な妄想を膨らませる友人たちを制し、鈴音が口を開く。
「あの人はね、お父さんの友達で、昔からの知り合いなの」
父の用事で落ち合って、迷子にならないように手を引いてもらったのだ……と、多少の嘘は混ざったものの、概ね正しい情報を周囲のゴシップ記者たちへ伝達する。
「なんだ、そうなの? 彼氏じゃないんだ?」
「ちぇ、ちょっとつまんない」
「お父さんの友達なら、親子ほど歳が離れてるもんねぇ」
恋愛要素が絡まないとなると、途端に興味が失せるらしい友人たち。
やれやれ、これで帰れる……と思った鈴音へと、最後にぶつけられた言葉が彼女を揺さぶった。
「年上カレシ、別にイイじゃん。付き合っちゃえば?」
その言葉を発した友人は軽く茶化したつもりだったのだろう。だが鈴音の胸で起った波紋は、妙に長く、大きく後を引いた。
富永昴。三十六歳。
物心ついた頃からの知り合いで、いつも優しく、頼りになる。音楽の知識も豊富な尊敬できる大人の男性。最近になって、料理がやけに上手である事も知った。
「ん、いや……流石に、それは無いよ。だって二十も年上だよ? 絶対に無いって!」
胸に起った波紋を強引に押さえ込み、鈴音はそう言って笑う。だが「絶対に無い」と言った瞬間、やけに息苦しかった。
「それじゃ、私もう行かないと」
また明日。そう友人に告げて教室を後にする鈴音。それから昴の部屋に赴くまで、胸に起った波紋は落ち着くことが無かった。
――その頃――
「富永クン、このまえ会社の近くで女子高生連れて無かった!?」
「俺も見たぞ! 凄ぇ可愛い娘だった! 手ぇ繋いでたよな?」
「ま、まさか援……!! 犯罪だぞ富永!」
「違いますよ! 良く聞いて下さい、あの娘は友達の娘さんで……!」
うわぁ……面倒くせぇ~……!!