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おくりもの  作者: かっぷ
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最終話:Winners

 電話のベルが鳴る。


「はい、こちら白地法律相談所です。法律についてのご相談ですか? え? あぁ、取材のお申し込みですね?」


 電話は三コール以内に出る。それが仕事における昴のルールだ。プライベートには適用されない。

 彼は今、高級マンションの一室にある健太郎の事務所に身を寄せていた。

 かつて務めていた会社は一応休職という事になっているものの、戻る気は無い。近日中に辞表を提出するつもりだ。

 一ヶ月以上も休んでしまった事もあるし、芸能人との裁判や今回の騒動で世間に名前が知れてしまった。

 間違った事をしたつもりは無いし今更後悔するような事も無いが、在籍を続ければきっと会社に迷惑がかかるだろう。その時『富永昴は退社しました』とスッパリ言えるよう、会社は辞めると決めた。


「……ふぅ。おい健太郎、また取材依頼だぞ。月末に予定入れたからな?」


 昴と同じく一連の騒動で名が売れたのか、白地法律相談所の電話は朝から鳴りっぱなしだ。といっても大半は鈴音の事を聞かせて欲しい、という取材の電話なのだが。

 それをわかっているのかいないのか、健太郎は落ち着いた様子でソファーで寝そべり、朝からテレビに齧り付いている。


「ンな事より見ろよスバル! また鈴音がテレビ出てるぜ! がはぁッ……かわい過ぎるだろ、俺の娘……っ! どうして俺は会場に居なかったんだ……こんな馬鹿見捨てて、ライブに駆け付ければ良かった……!!」


 本気で悔しそうに、薄っすら涙まで浮かべる健太郎に呆れながら、昴もテレビに映る鈴音の姿を見やる。

 真っ赤なドレスに身を包み、真剣な表情で歌い続ける少女。ドレスの色が周囲のスモークに反射して、まるで彼女の周辺が燃えているかのようだ。

 燃え盛る炎のような輝きを放ち、その歌声に熱い魂を込めて。人々の記憶に鮮烈な印象を残した歌姫は……。


「本当に、綺麗だ」


 呟く昴。表情には、自然な微笑みが浮かぶ。


「なぁおいスバルよう……」


 その様子に気付いた健太郎が口を開こうとしたその時……。

 ピンポーン。

 玄関のチャイムが鳴った。


「ん? 客か……僕が出よう」


 そそくさとインターホンへ向う昴。会話のタイミングを逃した健太郎は、まぁいいか、と口を噤む。

 ピンポーン、ピンポーン、ピポピポピンポーン。

 鳴り止まぬチャイム。昴がインターホンに出る十数秒の間さえ待てないのか、激しく連打されている。


「そんなに連射しなくても、いま出るよ……はい、こちら白地法律相談……!?」

「あぁぁ! スバルさん助けてぇ! 人が……人がいっぱいいやあぁぁぁ!!」


 インターホンの画面に映ったのは、大勢の記者によって質問攻めに合い、もみくちゃにされる鈴音の姿だった。人が多すぎてマンション入り口のセキュリティーチェックが抜けられず、捕まってしまったのだ。


「あれ、鈴音ちゃん!? どうして裏口から入らないの? あそこだったら目立たずに……」


 記者の待ち伏せが予想された今日。昴と健太郎は隣のビルと繋がる抜け道を使って行き来していた。当然、学校帰りの鈴音もそちらを使用するだろうと思っていた昴だったのだが……。


「あぁ、俺が鈴音に言ったんだ。正面から戻って平気だって。一人や二人は取材居るかもしれねぇけど、ダッシュで振り切れるって」


 平然と言い放つ健太郎。その間にも彼の可愛い娘は、何十本ものマイクを向けられてどうして良いかわからず、半泣きでオドオドしている。


「アイツ、何もかも上手く行って調子に乗ってたからな。ま、怪我させられるような事も無いだろうし……良い薬だろ?」

「お前、何気に厳しいオヤジだよな……」


 躾けの一環と言われてしまえば、そういう物なのかもしれない。だが、ちょっと可哀想だ。


「トラウマになる前に、助けてくるよ」


 ドアを開け、駆け出す昴。

 しばらくしてインターホンの画面に、記者の群れから助け出された鈴音が、昴の胸に顔を埋める姿が映し出された。

 それを見て微妙な笑顔を浮かべた健太郎は、パソコンを起動させ、ブラウザからニロニロ動画のトップページを呼び出す。


「さて、スバルが居ないうちに……と」


 健太郎が表示させたのは、僅か三分ほどの動画。それは鈴音が、自分の曲を取り戻したいと願い、力を貸して欲しいと協力者を募った動画だ。

 再生ボタンを押す健太郎。すると画面の中の鈴音が、真剣な表情で話し始める。


「皆さん聞いて下さい。いま私に歌を……『ギフト』を作ってくれた人が警察に捕まっています。そして『ギフト』も他人に取られてしまいました」

「たかが歌と思うかもしれません。でも、私にはとても大切な歌なんです」

「大事な人が、私の為に苦労して作ってくれた歌なんです。だから、どうしても取り返したい」

「お願いです、私に力を貸して下さい。歌を取り戻す為に!」

「あの歌は、『ギフト』は……私の、私の大好きな人がくれた歌なんです!!」


 停止ボタンを押し、またも微妙な表情で微笑む健太郎。


「スバルにゃ、絶対に聞かせてやらねぇ」


 イジワルそうな口調で言って、健太郎は削除ボタンを押した。

※このお話はフィクションです。文中で表現されている法律や裁判等に、現実とは異なる部分がございます。

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