第ニ十四話:愛は勝つ
一度は暗闇に閉ざされた乱入者たちのステージが、再度輝きを取り戻した。
しかも信じられない事に真紅のドレスを着た少女はマイクを通す事無く、反対側で歌う自分の所にまで声を届かせている。鳴り響くスピーカーからのメロディーと、会場の雑踏とを突き抜けて!
二番を歌い終え、mimiyは焦りと恐怖を感じていた。
歌はまだ、最後のサビ部分を残している。
マイクやスピーカーで増強された自分の歌声よりも、少女が歌う素の声が良く聞こえるなんて。このままじゃ自分は、あの娘に曲を奪い返される。翼を奪われる。せっかく飛び立てるチャンスを失ってしまう!
「もっとボリュームを上げて! マイクもっ!!」
もう手加減はしない。
あの娘、確かに研ぎ澄まされた素晴らしい歌声の持ち主だ。生まれ持った才能を研鑽し続けて物にした、努力の結晶とも呼べる能力だろう。
だが緒戦はド素人。歌うと言ってもカラオケボックス程度で、ライブなど行った事すら無いであろう。そんな普通の娘に、あの声量を出し続ける事は不可能だ。
だが、自分なら。この『歌声を愛にかえて』を、最後まで全力で歌い切る事ができる。
まずは全てのボリュームを上げて娘の声にあわせ、声量を落せない状況に追い込む。そして彼女の声が掠れた瞬間、最大音量で歌を被せて何もかも潰してやろう。可憐な喉も、切なる想いも全て!
ほくそ笑むmimiy。
そう、彼女は厳しい芸能界に生きるプロなのだ。生き残る為、手段を選ぶような愚を冒したりしない。
「――続く毎日に、傷つき倒れ、全て失っていても――」
歌が、最後のサビに突入した。相変わらず乱入者の小娘はマイクを使わず美しい声で歌っている。
最高に盛り上がるパートが続くこのサビは、聞かせ所であると同時に喉に大きな負担を掛ける。ペース配分も考えずに全力で飛ばす娘は、必ずここで声を枯らす。
ここは室内では無い。土煙とホコリが舞い散る屋外ライブ会場なのだ。少しでも喉に違和感を感じた、その瞬間から崩壊が始まる。
「――側にいる。ただそれだけを誓って共に――」
音量を鈴音に拮抗させながら、じっとタイミングを待つmimiy。
まだ娘の声は枯れない。それどころか、曲が盛り上がるに従い声の伸びが良くなり、深みが増しているようにも思える。
だがまだまだ曲は続く。最後の瞬間、喝采を浴びて微笑むのは私の役目だ!
「――何があっても離さないよと、握った手の温もりに――」
また娘は歌っている。しかし、少し苦しげに喘ぐ姿が散見されるようになってきた。
喉に感じる違和感。
あと三フレーズ、ニフレーズ、一フレーズ……ここだ!
「――……? っ!?」
声が、掠れて消えた。正確には、もう少し前から殆ど歌声になどなって居なかった。
そして会場に響き渡る歌声――鈴音の歌声。
声を枯らし、喉を潰したのは、mimiyの方だった。鈴音の声量に合わせて歌う内、無理をしてしまっていたのだ。
二人の歌姫、その才能に差は無かった。
結果を左右したのは、ただ一点。
『ギフト』が、鈴音の為に作られた、彼女専用の歌であったという事。
互角の才能と、鈴音の全力を無理なく引き出せる曲を前に、新進気鋭のプロ歌手は、力なく膝を折った。
「――それが私たちの、ギフト――」
その頃――。
遠く、ライブ会場から割れるような拍手と歓声が聞こえてくる。
会場からこっそりと抜け出した昭助は走るタクシーの中、会場へ向けて忌々しげに唾を吐き、窓を閉めた。
車載テレビは生中継で、赤いドレスの娘が紅潮した顔で声援に応え、恥かしげに手を振る姿を映している。チラリと映る反対側のステージでは、mimiyが力ない表情で蹲り、スタッフの介抱を受けていた。
「使えんやっちゃのう、あの糞ビッチも! 素人に負けるヤツが居るかいな!」
あれだけ世話を焼いてやったのに、恩を仇で返しやがった。どこまでも無能な女……二度と仕事を回してなどやるものか。テレビもラジオも雑誌も、俺の息が掛かった媒体全てだ! 俺の期待に背いて、マトモに仕事を続けられると思ったら大間違いだと知るがいい。
そして件の娘だ。俺に恥をかかせた赤いドレスの娘……あいつだけは許しておけない。
牢屋にブチこんで、泥棒に家財を奪わせる程度では済まさない。奈落の底に突き落とし、女として生まれた事を後悔させてや……?
「ん? どうしたんや。まだ目的地と違うで」
タクシーが、ゆっくりと停まった。
良く見れば前方と左右、そして後方にも白いセダンがピッタリと張り付き、身動きの取れない状況となっている。
セダンの扉が開き、降りてくるスーツ姿の男性が数名。
彼らは昭助が座る座席の窓を、指先で軽く数回叩いて言った。
「島山昭助さんですね? 警察です……ご同行を願えますか?」