表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おくりもの  作者: かっぷ
21/26

第ニ十一話:残酷な天使のテーゼ

 若手女性歌手mimiyミミィは、冷たいマイクを手にステージの端でしゃがみ込み、自分の出番を今や遅しと待ち侘びていた。

 デビューして三年、やっと掴んだ大舞台。『愛が宇宙を救う』テーマソングのメインボーカルとしてステージに登場する瞬間が、もう目の前に迫っている。

 この座を掴むため、望まぬ頭を下げ、心無い笑顔を作り、身体を張って耐え難きに耐えた。番組イメージカラーである澄んだ青のステージ衣装は様々な柵に塗れ、薄汚く穢れている。だが、それでも……。


「mimiyさん、スタンバイ! 屋根、開きます!」


 スタッフの張り詰めた声が、思考の海に潜っていた彼女を現実に引き戻す。

 ステージを構成する大型トラックの荷台が、鳥の翼のように展開。仕切られていたステージ内と会場とが、一つに繋がる。

 歩行者天国を埋め尽くす観客の声。眩しい外の光。夕方だというのに、無数のスポットライトが昼間を越える明るさでステージを照らしている。


「ショースケさんのトークを合図に入って下さい!」

「わかった!」


 頷くmimiy。

 目を向けた先、ステージへ立っているのは昭助だ。


「この歌のCDを皆さんに買ってもろて、そのお金で他人を助ける。こんな素敵な事ないで? 俺はそう思う!」


 何を白々しい。自分たちだけは損しない値段設定にしておいて、良く言えたものだ。どうせこの『歌声を愛にかえて』もゴーストライターが書いた物だろう。何十曲も書かせておいて、昭助が選んだ。きっと、その程度の歌だ。

 でも私はそれで構わない。島山昭助は自分にとっての発射台。この歌は飛び出すための翼。

 このチャンス、何が何でもモノにしてやるんだ!


「そしたら、俺の歌を歌ってくれるmimiyに登場してもらいましょ! どうぞぉ!」

「ハァイ!! みんなぁ、盛り上がってるぅ!?」


 諸手を挙げて喜ぶ人々。肌を打つような歓声。世界中の全てが自分に注目している、そんな気にさせてくれる瞬間を味わいたくて、mimiyはステージへと登る。

 昭助も、歌も、手段に過ぎない。この場所でのみ得られる、ただひと時の悦びの為に。


「今からmimiyが歌ってくれる歌、テーマは無償の愛や。歌う人の心を……」


 ステージ上で続く昭助のトーク。重く真面目な語り口に、観客は口を閉ざして静かに聞き入る。

 これが終わると同時に曲が流れ始め、昭助とmimiyがセンターを入れ替わる段取りだ。


「歌は誰でも歌える。でもな、ホンマ物の歌は違うんやって所を、このmimiyが俺に見せてくれよんねん! ほんやから……!」


 昭助の声に熱がこもる。彼の一人語りは最高潮に達し、これでもかとばかりに愛を強調し、耳障りの良い言葉で自らの意見を飾り立てる。


「でも、そんやからこそ……?」


 その時、音楽が流れ出した。昭助のトークが終わると同時に流れ始めるはずの『歌声を愛にかえて』が。


「なんやねん、エエとこやのに。スタッフ何しとんのや、早すぎやろ! 使えん連中やなぁ」


 マイクに入らないよう毒づく昭助。一番の見せ場を台無しにされ、スタッフへ苛立ちの視線を送る。だが、スタッフはそれどころでは無かった。

 ステージに設置されたスピーカーからは、何の音も出ていないのだ。


「音源はマイク以外、全て沈黙してます!」

「じゃあこの音楽はどこから流れてるんだ!?」


 慌てふためくスタッフを他所に、一人冷めた目で状況を観察していたmimiyが会場の一角を指差した。


「……アレじゃない?」


 観客を含めた全員の注目が、指差す方向へと集まる。

 そこにあるのは、小さなトラック。重量にして二トン程の、どこにでもある地味なトラックだ。

 ステージの設営時からずっと停まっていたトラック。何の変哲も無かったその荷台から、いつの間にか何本ものケーブルが伸び出し、会場各所のスピーカーや電源に繋がっている。


「あ、アレやっ! なにしとんのや、早ぅ……!」


 昭助に言われるまでも無く、トラックへと駆け寄るスタッフ。イメージカラーである青いシャツがトラックの周囲に殺到した……その時だ!

 バカンッ! と爆発したかのような勢いで、トラックの荷台側面が開いた。

 真っ白なドライアイスの煙が大量に噴出して、スタッフを押し戻し、周辺で大きな渦を巻く。

 異常事態に気付き、何事かと騒ぎ始める観客たち。そのざわめきを掻き消すかのように、スピーカーから流れていた音楽が大きくなった。

 その音楽は『歌声を愛にかえて』……いや、『ギフト』の前奏だ。

 そしてスピーカーを通し、会場全体に響く若い娘の声。


「私の歌を、取り返しに来ました!!」


 声の主は、白煙の引いたトラックの荷台で真っ赤なドレスに身を包みんで立っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ