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おくりもの  作者: かっぷ
20/26

第ニ十話:逆転裁判・終幕

 裁判所。

 まだ昴の裁判は続いていた。


「……あの弁護士、しぶといなぁ」

「もう必死って感じだよな。でも、流石にもう瀕死だろ」

「傍聴席、お静かに願います」


 粘る健太郎。彼は満身創痍となりつつも、冷静に、ただ一度のチャンスを待ち続けていた。

 だが、その頑張りも限界に近付きつつある。


「……と、このように被告人、富永昴は原告の出したゴミから楽譜を持ち去り、書かれていた曲を……」


 健太郎に止めを刺すべく、概要をまとめつつ包囲を狭める原告側弁護人。最早、原告側の主張が優勢である事は誰の目にも明らかであり、判決を待つべくも無い状況にある。


「この事から、富永昴は……? ん、何だ?」


 その時、法廷内に軽快な電子音が鳴り響いた。

 健太郎の携帯が鳴ったのだ。


「弁護人、法廷で携帯電話の電源は……」

「失礼、ちょっと待って下さい」


 裁判官を押し止め、電話に出る健太郎。

 電話の向こうと二、三、言葉を交わした彼の表情に、会心の笑みが浮かぶ。


「弁護人、もうよろしいですか?」

「ええ、失礼しました……けれど、ここでちょっと確認させて欲しい事が出来ました」


 ネクタイを締め直し、原告側弁護人へと向き直る健太郎。


「そちらの主張だと、被告は証拠品の楽譜から曲を起こしたという事になっている……この楽譜から」


 提出されていた楽譜を摘み上げ、彼は続ける。


「ご覧の通り、この楽譜に歌詞は書かれていない。しかし『ギフト』と『歌声を愛にかえて』の歌詞は酷似している。この理由を原告側は、テレビ放送された同曲の歌詞を真似た、としている。間違いないですね?」


 頷く原告側弁護人。それを確認した健太郎は、ここぞとばかりに大きな声で主張する。


「だがしかし! 被告人が作曲した『ギフト』はテレビ放送よりも一週間前、ニロニロ動画にアップされていた! これではテレビ放送を見て歌詞を真似たのでは間に合わない!」

「そうは言うが弁護人、その証拠は? 動画サイトにアップされていたと主張される楽曲は削除され、サーバログも残っていないとの事ではありませんでしたか?」


 裁判官の言葉に肯定の意思を伝える健太郎。これまでにも何度か行われたやり取りであった為、誰もが「またコレか」と、肩透かしを食らった形で重たい息を吐く。

 だが今回は健太郎の一言によって、これまでとは少し違う展開を見せる。


「ここで、お呼びしたい人が居ます。彼を、ここに!」


 証人の入室を求める健太郎。

 しばらく後、法廷の重い扉を開いて姿を現したのは、気の弱そうなスーツ姿の男性だ。青い顔で緊張に震え、とても現状打開の妙手となるような人物には見えない。


「自己紹介をお願いできますか?」

「はい……自分は、川瀬慎吾かわせ しんごと言います。島山昭助の……マネージャーをしています」


 原告の味方であるはずのマネージャーが、どうして被告側の証人として出廷しているのか?

 法廷がざわめき始める。


「川瀬さん、あなたは『ギフト』がネットにアップされた当日、楽曲データをダウンロードし、今も手元に持っていますね?」

「……はい」


 もし本当に当日のデータが残っていたならば、それは『ギフト』が『歌声を愛にかえて』よりも先に発表されていたという証拠となり得る。

 突然の事に、慌てて原告側弁護人が川瀬へと食ってかかる。


「ま、待った! どうして島山のマネージャーであるあなたが、その楽曲を持っている!? 納得の行く理由をお聞かせ願いたい!」

「ひぃっ!?」


 原告側の剣幕に怯え、息を飲む川瀬。彼は健太郎にすがるような目を向ける。


「……証言を、お願いできますか?」


 健太郎に促され、川瀬は大きく頷く。そして昴の方へと向いて、はっきりとした声で言った。


「自分は昔から、そこに居る昴さんの……ファンだからです!」


 川瀬の証言に、一番驚いたのは他でも無い昴だった。キョトンとした顔で証言席を見つめ、あんぐりと口を開く。


「『ギフト』からの、にわかファンではありません! 十年くらい前からネットで発表されていた曲全て、ダウンロードして持ってます! アレンジも、フルバージョンも全部!!」

「……と、いう事です。おわかり頂けましたか?」


 『ギフト』だけならともかく、今や手に入り難い十年も前のデータを持ち、しかも昭助のマネージャーである川瀬の発言は、それなりの説得力でもって裁判官の胸を撃った。

 しかし原告側弁護人も食い下がる。


「異議あり! 改竄が容易なデジタルデータであるなら、ファイルのタイムスタンプを変更する事も可能です! 彼の持つデータには証拠品としての……」

「言うと思ったぜ! これならどうだ!?」


 健太郎の合図で法廷の扉が開くと、その向こうには十人……いや、二十人以上の人が立っている。老若男女、背丈も格好も様々な人々。彼らの視線は一様に、被告人席に立つ昴へと向けられていた。


「彼らは皆、この川瀬さんと同じくスバルの危機に駆けつけてくれたファンの皆さんだ! ネットから消された『ギフト』を始め、みんなスバルの曲を消える前にダウンロードして個人で所有している!」


 高らかに、歌い上げるように声を張り上げる健太郎。


「確かにニロニロ動画のサーバログは消えた。だが、彼ら個人が契約しているプロバイダのログは残っている! ここに居る二十四人分! そして今日は来ていないが、まだ百名近くからログ提出の許可を得ている! これは『ギフト』が『歌声を愛にかえて』に先んじていた証拠になる!!」

「い、異議あり! 証人は……」

「まだあるっ!!」


 原告側弁護人の声に被せ、健太郎が叫ぶ。


「裁判の前、被告人の部屋に空き巣が入った。それにより裁判の証拠となる物の大半が奪い去られてしまったのだが……先程、担当の刑事から連絡があった。被告人の部屋に入った空き巣が逮捕された、と!」


 先程の電話はそれだった。この瞬間を健太郎は辛抱強く待っていたのだ。

 顔色の変わった原告側弁護人へ、止めの一撃を叩き込む!


「そして逮捕された空き巣は、担当刑事に『島山に頼まれた』と話しているそうだ!!」

「~~~…………ッ!!」


 声が、止む。

 途端、水を打ったように静まり返る法廷内。

 申し訳程度に健太郎が「証拠の提出は本日の裁判に間に合わないが、次回で提出する」と付け加える声だけが、空虚な空間に響いた。

 事実上の決着は付いた。

 裁判官が小槌を使う間も与えぬ、一気呵成の逆転劇。


「以上、被告弁護人からの…………いや、スバルのファンたちからの援護射撃、終了だ」


 弁護士、白地健太郎の長い戦いは、ここに勝利を持って終りを告げた。

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