第十八話:子連れ狼
予想通り、というべきだろう。
第三回目となる今回の裁判も、初っ端から相手側のペース。押されっぱなしだ。
――落ち着け、俺。怯むな!
健太郎は背中に滲む嫌な汗を感じながら、冷静になろうと努めていた。
「被告人、豊永昴はタレント、島山昭助の作った楽曲『歌声を愛にかえて』を模倣。インターネット上で……」
原告である昭助(今回は欠席していたが)の権利を主張する原告側弁護人。彼らが次々に出してくる証拠品に対し、弁護士側である健太郎には証拠となる品が殆ど無かった。
今回の裁判に関わりそうな音楽関係の物品が全て警察に押収されていた事に加え、僅かな望みが掛かった他の証拠品も、昴の家が空き巣被害に合った際、何処かヘと持ち去られてしまった為だ。
「これは、島山が作曲の際に使用していた楽譜です。クシャクシャで継ぎ接ぎとなっているのは、ゴミの中から発見された為です……被告人が出したゴミの中からね! つまり……」
「だから? 互いに同じ曲を作曲したって主張してるんだ。同じ楽譜が見つかっても、証拠にはならない」
原告側の出した証拠に対し、健太郎が切り返す。
ちらりと被告人席へ視線を投げると、昴が小さく首を横に振って合図している。これは身に覚えの無い証拠という合図……つまり、捏造というわけだ。
小さく舌打ちをする健太郎。原告側が出す証拠の殆どが捏造だった。そして昴が有利になりそうな証拠は全て消し去られている。押収されたパソコンのデータしかり、ニロニロ動画のサーバログしかり、だ。
著作権を扱う裁判は判断が難しい事もあり、それら捏造品を用いた原告側の主張は被告側にとって致命的な物とはなり得なかった。しかし二人は、確実に追い詰められている。
「被告人、富永は同僚にも自分が作曲をしている事を秘密にしていた。これは後ろ暗い事があったからではありませんか!」
「それは……!」
原告側の言葉へ咄嗟に反論できない自分に、崩れ落ち、小さくなる足場を実感する健太郎。どっと汗が増える。
かなり追い詰められてしまった。正直、崖っぷちの大ピンチだ。後が無い、どうする……?
苦しい健太郎は、無意識に被告人席へ立つ昴へと視線を走らせた……その瞬間。
「……ぷっ!」
笑いを堪えきれず噴出す健太郎。
被告人席で昴は、脚を肩幅に開いて腕を組み、口をへの字に結んで背筋を伸ばし、やぶ睨みでまんじりともせず立っていた。貧相な仁王像、といった雰囲気だ。
確かに裁判前、昴へ「堂々と立ってろ」とは言ったが、あんなに堂々と立たなくても……あれじゃ完全に、裁判官へケンカを売る空気の読めないオッサンじゃないか。
生真面目な友人の姿が、普段の健太郎を呼び戻す。
「……弁護人?」
「っと、失礼しました。富永が同僚に対し、自分の趣味を秘匿していた理由は……」
健太郎の肩から力が抜け、汗が引いた。この場で最も不安なのは、覚えの無い罪を被せられている昴だ。その彼が、内心を隠して誰に恥じるでも無く立っている。それは全て自分への信頼、その現れでは無いか。
昴は「任せる」と言った。だったら任せてもらおう!
「彼が、未成年の娘と半同棲の関係にあったからです!」
「ぶぅっ!?」
堂々と立っていた昴の顔色が変わる。
もうちょっと違う言い方があるだろう!? 無言で抗議する昴。だが健太郎は容赦が無い。
「作曲の事実がバレれば、自分の曲を歌っている人物を探られる。その人物こそが半同棲中の未成年女子であった為、社会人である彼にとっては体裁が悪く、周囲に言い出し難かったという事実があります。またレコーディングは夜間に行われる事が多く、その事が無粋な憶測を招く事も嫌い……」
半同棲は言いすぎだったが、ほぼ事実だ。
後で昴が各方面から色々と妙な目で見られるかもしれないが、これでとりあえずの危機は乗り切った。まぁ原告側だって、知っていて黙っていたのだろうが。
この難しい裁判を、無血勝利で飾ろうなどという考えが甘かった。多少のダメージは覚悟の上で切り抜けるしか無い。
「もしや被告人はその未成年女子と肉体関係が……」
「ありません!! それに今回の裁判と二人の関係は関連性が無い!」
怒鳴るように言って、原告側の追及を封殺する健太郎。
追い詰められ肉を削られる中、彼はじっと敵の骨を断つべく反撃のチャンスを伺っていた。