第十三話:監獄ロック
生暖かく湿った空気。カビとプラスチックが混じったような独特のニオイ。
薄暗い蛍光灯の下を歩きながら、弁護士、白地健太郎は眉根を寄せて不快感を露わにする。
ここは警察署内の、留置場。逮捕された者が身柄を拘束されている場所。弁護士である健太郎にとっては比較的馴染みのある施設であったが、何度来ても嫌な雰囲気を感じてしまう。
刑事に伴われて、鉄製ドアの前へ。脇のインターホンを押して、部屋の中へと通される。
「……何してんだよオマエ、こんなトコで」
声を掛ける健太郎。留置場のガラス越し、彼に曖昧な笑顔を返したのは、親友……富永昴だ。
「詳しく話してみろ」
「ああ、わかった……って言っても、俺だって何がなんだかわかってないんだけどさ……」
昴が語ったのは昨日の事。
早朝、ドアを激しく叩く音で昴は目覚めた。ドアの前に居たのはスーツを着込んだ数名の男性。彼らは何事か文章が印刷された紙を昴へと突きつけ、自分たちは警察で、今から家宅捜索を行います、と告げた。
「で、パソコンとか調べられて任意同行とか言われて、取調べとかされて……今だよ」
「そうか」
腕を組み、黙って話を聞いていた健太郎が、軽く咳払いをして口を開く。
「良く聞けよスバル。お前は今、著作権法違反の罪に問われてる。知的財産権の侵害ってヤツだ。概要はわかるよな? 心当たりあるか?」
口調こそいつも通りであったが、語る内容は弁護士のそれだ。
自分の現状をある程度予測していたのだろう。昴も特に驚く様子は見せず、健太郎の問いに答える。
「心当たりだろ? 警察からも聞かれたんだけど、それが全然……」
「隠すなよ? 正直に話せ」
「本当に……マジで無いんだ」
話を聞きながら、親友の顔をじっと見つめる健太郎。昴が嘘を付いているようには、とても見えない。そもそもこんな事で嘘を付くような奴では無い事を、長い付き合いの中で十分心得ている。そうでなければ可愛い娘を預けたりするものか。
「スバル、掻い摘んで言うと、お前の曲『ギフト』がパクリだって訴えたヤツがいる。で、今回の逮捕ってワケだ」
「お、おい待てよ。あの曲は……!」
「わかってる。お前のオリジナルだって事は、俺だって知ってる」
予想外の事実を告げられた狼狽と怒り。それらが態度に表れる昴に対し、表情を全く変えない健太郎。自信満々、落ち着き払ったようにも見える健太郎だったが、内心では昴以上の狼狽、そして怒りを感じていた。
件の曲が昴の、そして鈴音のオリジナルだという事は他ならぬ自分自身が知っている。だが捕まってしまった昴。警察とて証拠も無しには動かない。そう考えると……。
「ハメられた……か?」
呟く健太郎。
軽く考えをまとめ、今後の事について話しておこうとした矢先。監視員から「時間です」とのお達しがあった。
「チッ! まぁいいや……おいスバル、落ち込むな。気合で元気出せ! んで……」
暗い表情を見せる親友へ、健太郎は短い言葉を掛ける。
「俺に任せとけ!」
「…………任せた」
少しだけ明るくなった友の顔に背を向け、留置場を後にした健太郎。警察署の前に出ると深呼吸を繰り返し、外の新鮮な空気を胸いっぱいに取り込んだ。そしてシステム手帳を開き、ビッシリと詰まっていた今後数ヶ月の予定を全て削除した。
「絶対、勝つ!!」
弁護士、白地健太郎の戦いが、いま始まった。