第十ニ話:死神の勤怠管理
真っ直ぐ伸びた長い廊下。壁に張られた無数のポスター。それらの掲示物には全て『愛が宇宙を救う』の文字が躍っている。
ここは某テレビ局の某スタジオ。出演者の楽屋が並ぶ一角。
その内の一つ、ドアの入り口に『島山昭助様控え室』と書かれた部屋から、音楽が流れ出していた。
「これ、昭助さんが作曲したんですか!? 凄いですね、良い曲ですよ!」
小型の音楽プレイヤーから流れる曲に、番組スタッフが驚愕の声を上げる。
「そうやろ? 素敵やろ? 無償の愛をイメージしてるんや」
楽屋の中央。ゆったりとした椅子に腰掛けて、昭助は満足げな笑みを浮かべた。
ほう、と感嘆の息を漏らすスタッフ。この楽屋では現在『愛が宇宙を救う』の打ち合わせが行われていた。
多忙を極める昭助の、僅かな余暇を利用しての打ち合わせ。内容は主に、彼が担当するチャリティー歌企画の詳細について。
「ですが昭助さん、この歌詞だと『無償の愛』というよりは『互いに支えあう愛』って感じですね……」
歌の歌詞を素早くメモしていたスタッフがぽつりと漏らす。昭助の語る全体イメージと、歌の内容がそぐわないのだ。
「ああ、歌詞はまだ仮やから。明日にでもチョイチョイっと変えて連絡する。お前らは曲の感じを、もう少しエエ感じに調整してもらえるか?」
「そうでしたか、わかりました。では編曲はこちらで……えっと、そうなりますと曲のソースは一旦預からせてもらって……」
ここでいうソースとは音源の事だ。曲を形作る要素、つまり歌声や楽器の音、それらを生み出す楽譜の類も広く含まれる。
「あん? ソース……? いや、あかん。渡せるモンは、それしか無い」
小型の音楽プレイヤーを指差して答える昭助。その物言いに固まってしまったスタッフだったが、彼とてプロ。何事も無かったように「わかりました」と答え、プレイヤーからデータの入ったメディアを抜き取る。
「では後日、こちらで調整した物に歌を入れてお届けしますね。歌手は……」
「お前らに任せるわ。若い実力派の娘だったら誰でもエエ」
頷いて手帳にメモを取り、挨拶を残して楽屋から退室するスタッフ。これにて打ち合わせは終了。そして昭助の休憩時間も終了する。
時計を確認し、よっこいしょ、と立ち上がる昭助。
「もうそろそろ時間やろ? そろそろ……あ? 何しとん、お前」
昭助が視線を向けた先。そこでは彼のマネージャーが、強張った表情で立ち竦んでいた。