第十一話:予感
高級マンション、高層階の一室。鈴音の父である健太郎が経営する、白地法律相談所の事務所兼自室。
パソコンに向かい作業をしていた父の耳に、愛娘の明るい声が飛び込んできた。
「お父さん、ちょっと良い!? 見て見てっ!」
自分とパソコンの間にスルリと割り込んだ娘は、覚束ない手付きでウェブブラウザを起動させ、お目当てのページを表示させる。昴と鈴音が曲を投稿している動画共有サイト『ニロニロ動画』のトップページだ。
全てのデータが読み込まれるのも待ちきれない様子で、検索窓に曲名と思しきタイトルを入力する鈴音。
「……この間お前らがアップした曲だったら、もう聴いたぞ」
『ギフト』。それが昴と鈴音、二人の新曲だ。
「歌詞が多少ヲタク臭かったけど、中々……」
「感想は良いから、もう一回! ほらほら、ココ見てお父さん!」
鈴音は父の都合に構う事無く、画面の端を指差してはしゃぐ。そこには閲覧者によって曲が再生された回数が記録されていた。
「ん……おぉ? どうしたんだよ今回、かなり多くないか?」
そこには健太郎が桁を二つ読み違えたかと思うような再生数が表示されていた。ざっと、普段の百倍である。
「凄いでしょ!? それに今回は、コメントも結構付いてるんだよ!」
これまでは、意味のあるコメントなど付いて一つか二つ。ところが今回の『ギフト』には、既に百を越えるコメントが寄せられている。更にそれらの多くがポジティブな物――名曲、お気に入り、最高――そういった言葉が連ねられていた。
「どうしたんだよ急に。確かに俺も、今回の歌は悪くないって思ったけどよぉ」
信じられないといった調子で、娘から取り上げたマウスを弄る健太郎。ランキングが掲載されているページへと表示を切り替えてみれば、アクセスランキングで四百二十位。楽曲カテゴリでのランキングも九十八位と、数千、数万の動画が集まるニロニロ動画において大健闘を見せている。
「……マジかよ」
「ね、凄いでしょ!? やっと私たちの時代が来たよ! スバルさんと苦労した甲斐があったよぉ!」
今にも泣き出しそうな顔で喜び、跳ね回る鈴音。若年とはいえ、小学校の頃から十年以上にも及ぶ長い下積み生活。その苦労が糧となり、ようやく芽を出し世間に認められたのだ。喜びも一入だろう。
「良かったな、鈴音。よく頑張った」
「……うん!」
抱擁を交わし、喜びを分かち合う父と娘。
昴に娘を任せて良かった。こんなにも喜びに浸る娘の姿を見る事が出来たのだから。
健太郎は自分の判断が誤りでは無かった事を確信し、同時に友へと最大限の謝意を送る。
「そういやぁ、スバルのヤツはこの事知ってんのか?」
「ううん、多分まだ知らないと思う。仕事してるだろうし……あ、でもそろそろ家に戻るのかな?」
「んじゃあ早速教えてやろうぜ! アイツの事だから、喜び過ぎて死ぬんじゃね?」
父の軽口に苦笑しつつ、携帯で昴を呼び出す鈴音。電話の向こうで何度かコール音が鳴り……唐突に途切れる。
「ん~、ダメみたい。なんか、切られちゃった。スバルさん、まだ仕事中なのかなぁ?」
「そうか。じゃ、また後で掛けようぜ……祝勝会の呼び出しも兼ねてな!」
父の言葉に飛び上がって喜ぶ鈴音。踊るようにグルグルと回りながら部屋中を駆け回り、上がりすぎたテンションをそこら中に撒き散らしている。
そんな娘の姿を眩しげに見つめる健太郎。彼は腕時計に目をやり、そっと眉をしかめた。
おかしい。なにか違和感を感じる。
漠然とした不安。
そして健太郎の感じた悪い予感は、現実の物となる。