↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖精泉  作者: lenOwO
PR
1/1

5年前

1


政略結婚なんて、別に珍しいものじゃない。むしろ、政治とまったく関係のない結婚のほうが、数としては少ないと言っていい。特に、貴族同士の結婚ならなおさらだ。


というのも、彼らにとって結婚そのものが、自分たちの政治的な影響力を広げたり、財産を守ったり、軍事力を強めたりするための手段にすぎないからだ。言ってしまえば、貴族社会におけるほとんどの結婚は、お金を使わない取引みたいなものだった。そのため、当人たちの気持ちなんて、誰もほとんど考えていなかった。


「甘やかされた、話の合わない子じゃないといいんだけどな」


そして、その当人の一人が、今話していた少年だった。


彼の名前はオスカー。貴族の家に生まれた十三歳の少年だ。そして今日、彼は将来、自分の妻となる婚約者に会うことになっている。そしてもちろん、これは政略結婚だ。これから会う相手は、彼自身が選んだ相手ではない。家族が彼のために選んだ相手だ。


「それと、できるだけ早く見つけられるといいんだけどな」


普通なら、婚約や政略結婚についての話し合いには、両家の当主と、それぞれの婚約者が一緒に出席することになる。そして、そこでのオスカーと婚約者の役目は、父親たちが決めたことに対して、ただ「はい」と答えることだけだ。


だが、今回はそういうわけにはいかなかった。


オスカーはわざわざ家の使用人の一人に連れられて、婚約者の家にある広い庭までやって来て、そこで将来の妻を探すように言われた。そして、彼女のほうも同じように使用人に連れてこられ、ここでオスカーを探すことになっているらしい。


なぜ二人は、こんな場所で会わなければならないのか?


その理由は、両親がある有名な仲人の勧めに従ったからだ。その仲人は、これまでに何百組ものカップルを結びつけ、しかもその多くが年を取ってもずっと幸せに暮らしているという。


オスカー自身は、どうやら両親は誰かに騙されているんじゃないかと思っていた。それでも、彼は言われた通りにすることにした。一つ目の理由は、自分には断る権利がないから。そして二つ目は、両親が自分のためを思ってやっていることくらい、彼にも分かっていたからだ。


女性が政治の道具として扱われるというのは、演劇なんかでもよくあるテーマだ。だが、現実では男だって、他の有力な家との政治的な関係を築くという役目から逃れることはできない。


つまり、ある貴族の家の男が、自分が愛していない、あるいはそもそも知りもしない女性と、無理に結婚しなければならないこともある。そして、それが後々の夫婦関係で問題の種になることも少なくない。


こうなった場合、男に選べる道は二つしかない。


一つ目は、それを受け入れて、家から与えられた相手を好きになろうと努力し、その相手と一緒に幸せになろうとすること。あるいは二つ目は、二人の関係をあくまで仕事上の付き合いとして保ちながら、自分が本当に好きになれる別の女性に目を向けることだ。


もしどちらの道を選びたいかと聞かれれば、オスカーはもちろん一つ目を選ぶ。


まず一つ目の理由は、彼にはまだ誰もいないからだ。何しろ、社交界にデビューしたのもつい最近で、まだそれほど多くの人と知り合っているわけでもない。それに、彼の立場もそれほど高くはなかった。だから、自分で相手を探せるなんて自信もなかった。両親が自分のために相手を決めてくれたという事実は、むしろ彼を安心させていた。


二つ目は、相手も同じような立場だからだ。今回の縁談の相手も、両親に言われて無理やりこの話を受けさせられている。だったら、お互いの人生をこれ以上面倒で苦しいものにするよりも、二人で過ごすこの関係を、少しでも気楽なものにしていきたい。


もし両親が彼のこんな考えを知ったら、きっと彼を褒めて、「頭がいい」「考え方が大人だ」と言うかもしれない。だが残念なことに、彼はまだ十三歳だ。そんなことを考えている時点で、むしろ彼の周りの環境や教育のほうに何か問題があることを示しているだけだった。


「はぁ……」


そういえば、彼の婚約者になる相手は、まだ八歳だった。


政略結婚では、年齢のことはそれほど気にされないのが普通だ。なにしろ、そういう関係で一番重要なのは結婚そのものではない。その結婚によって生まれる、二つの家の政治的なつながりなのだから。


それでも、二人の縁談にはどこか妙な感じがした。貴族社会の基準で考えても、時期が明らかに早すぎる。それに、彼と相手の政治的な立場にもあまりにも大きな差があった。普通なら、二人の間でこんな縁談が持ち上がることすらないはずだった。


アスティル、彼の婚約者は、とある公爵の娘だった。


簡単に言えば、リヴォニア王の一つ下の地位にいる、強大な権力と影響力を持つ人物の娘だ。それだけでも十分に特別な立場なのに、彼女はその公爵の一人娘でもある。


こういう一人娘は普通、家の当主が相応しい相手を見つけるまで、長い間大切にされるものだ。家柄や財産、影響力、そして何よりも重要なもの――肉体的な力であれ、魔法の力であれ、とにかく「強さ」を持っている相手が選ばれる。


では、オスカーはどうか?


彼はただの男爵の息子だ。貴族社会の序列でも、ほとんど一番下に近い立場にいる。公爵令嬢の相手としてふさわしい家柄とは、とても言えなかった。


「……うーん……どこを探せばいいんだ? はぁぁぁ……」


ため息をついたあと、オスカーは自分たちの縁談がどれほど奇妙なのかを考えるのをやめることにした。自分であろうと父親であろうと、アスティルの父親から求められたことを拒否する権利などない。その頼みは、もはや命令と同じだった。


だから、彼は再び婚約者候補を探すことに意識を集中させた。


二人がいる庭は、ゼラ公爵家の敷地内にある庭園だった。とはいえ、庭園と呼ぶにはあまりにも広い。オスカーはまるで森の中にいるような気分になっていた。


なにしろ、この庭園は防衛施設としての役割も兼ねている。普通なら、そこには警備兵が巡回していたり、訓練をしていたりするはずなのだが、今日は本当に人の気配がなかった。


おそらく、今日のオスカーとアスティルの顔合わせのためなのだろう。


「ああ……そういえば、待てよ。俺、あいつの顔すら知らないじゃないか……」


二人はそれぞれ別の門から庭に入れられていて、その場所も互いにかなり離れていた。そのせいで、相手を探すのはますます難しくなっていた。


仲人が考えた計画の目的は、二人を自然な形で出会わせることだった。まるで運命に導かれるように、お互いが自然と出会うようにする。そしてそこから二人の関係が始まり、時間が経つにつれて少しずつ距離を縮めていき、やがて二人がもっと大人になった頃には、自然とお互いに結婚したいと思うようになる。


「……」


そんな馬鹿げた筋書きを考えた奴らのことを、オスカーがどれだけ馬鹿らしいと思いながら考えていると、突然、何かを感じた。


その瞬間、オスカーは後ろへ顔を向けた。誰かが自分の後ろにいるような気がしたのだ。


「そこにいるのは誰だ? 後ろに隠れてるのは分かってるぞ!」


オスカーは手を上げ、その手に魔力を集めた。声は落ち着いていて、相手を脅すような口調だったが、実際のところ彼は緊張していた。


騎士の地位から男爵に取り立てられた父親を持つ子供として、オスカーもまた、身体の鍛錬や武術、そして自分の持つ魔法を鍛えることを義務付けられていた。


だが、正直なところ、自分の実力にはまったく自信がない。彼が準備した魔法も身体を強化するためのものだったが、それを戦うために使うつもりはなかった。


むしろ、逃げるための準備だった。


「姿を見せないなら、俺は……」


「ごめんなさい!」


小さな女の子の声が聞こえた瞬間、オスカーは勢いよく振り返った。


「逃……」


オスカーは、茂った茂みの向こうからこちらを覗いている人影を見つけた。


七歳か八歳くらいに見える小さな女の子だ。もしかすると、彼女が自分の縁談の相手なのかもしれない。


「えっと……あなたは……」


オスカーはあまり返事を期待せず、女の子に声をかけながら近づいていった。


だが、驚いたのか、相手の女の子は反射的に隠れていた場所から飛び出してしまい、その顔をはっきりと見せた。


「アスティル様……?」


驚いたのは女の子だけではなかった。オスカーもまた、目の前に現れた少女のあまりの可愛らしさに驚いていた。


もちろん、うっかり姿を見せてしまった女の子は、すぐに申し訳なさそうな顔をした。まるで今にも泣き出してしまいそうな表情だった。


オスカー自身、婚約者候補の顔を知らされてはいなかった。だが、彼女についていくつか聞いていることはあった。


父親から聞いた話では、彼の婚約者候補は、短い髪をした可愛らしい女の子だという。


つまり、目の前にいる小動物のような女の子は、まさにその特徴にぴったり当てはまっていた。


それに、この庭には本来ほかに人がいるはずもない。だからこそ、オスカーは目の前の小さな女の子こそが、自分がここで会うはずだった相手なのだと確信した。


ただ、彼女に声をかけたことで返ってきた反応は、オスカーが期待していたものとは少し違っていた。


オスカーが一歩近づくと、女の子は一歩後ろへ下がった。


「ちょっと待ってください、僕は悪い人じゃありません! 僕の名前はオスカ……」


オスカーはアスティルのほうへ、さっきよりも速い足取りで近づいていった。


そのせいで少女はさらに怯えてしまい、ついには――


「ごめんなさい!」


まるで怯えた猫のように、勢いよく走り出した。


「えっ……ちょっと待ってください!」


もちろん、アスティルは待ってくれなかった。


オスカーの脅すような口調のせいで、アスティルが彼に抱いた印象は、ただ「怖い人」というものだった。


「アスティル様、走らないでください! 転んでしまいます!」


少女はあまりにも慌てていて、周りを見る余裕もなかった。そのせいで、うっかり小さな石に足を引っかけてしまった。


そして転んだ拍子に、顔から勢いよく地面へと叩きつけられる。


「ブッ――グフッ!!!」


かなり離れた場所にいたオスカーにまで、まるで木から果物が落ちたような音が聞こえるほどの勢いだった。


その音を聞いたオスカーは、今度は自分まで慌ててしまう。


「アスティル様、その場から動かないでください!」


それから間もなく、オスカーはアスティルに追いついた。


そして、迷うことなく目の前の少女へ手を差し出した。


「ひっ……」


アスティルはオスカーのほうを見たが、その手を取ろうとはしなかった。それどころか、その少女はオスカーの顔を見たくないようだった。


正直なところ、目の前で泣いている少女の顔は本当に可愛らしくて、オスカーの中で誰かをいじめたくなる衝動が、今にも爆発しそうになっていた。


「待て待て! 僕は何を馬鹿なことを考えてるんだ!!!」


パシンッ!!!


オスカーは自分の両頬を思いっきり叩いた。


婚約者候補は、痛そうに地面に座り込んでいた。小さな鼻からは血が流れ、顔は涙でいっぱいだ。どう見ても、彼女は怯えている。騎士たるもの、こんな困っている子をいじめようなんて、どうして考えられる?


「立てそうですか?」


「……」


挿絵(By みてみん)


その問いに返ってきたのは、涙で潤んだ瞳と、今にも大声で泣き出しそうな声だけだった。アスティル自身、泣くのを必死にこらえようとしているようだったが、しゃくり上げる声だけは、どうしても止められなかった。


「はぁぁぁ……」


オスカーは長く息を吐いた。


確かに、オスカーには家族の命令を拒否する権利などなかった。それでも、彼は自分と婚約者候補との年齢差があまりにも大きすぎるのではないかと、自分の意見を口にしたことがある。だが、父親は二人ともまだ子供なのだから、大人になってしまえば、今の年齢差なんて何の影響もないと言った。


だが、目の前の少女の反応を見て、オスカーは二人の年齢差が大きすぎるという自分の考えは正しかったのだと確信した。子供にとっては、一歳の差でさえ大きく感じられるものだ。それが五歳も離れていれば、もはやお互いに別の種族の生き物のようなものだ。


オスカーにとっては、自分の婚約がただ面倒なだけのものだとしても、この小さな少女にとっては、二人の婚約そのものが恐ろしいものなのかもしれない。目の前にいるこの人見知りな少女にしてみれば、年上の男の子と婚約させられたと突然知らされ、そのうえ相手の顔すら一度も見たことがないのだから、それはきっと怖いことなのだろう。


オスカーから隠れようとしたのも無理はない。それに、地元の人間であることを利用して、この場所に詳しいことを頼りにしながら、彼との顔合わせを少しでも先延ばしにしようとしていたのだ。


そして今、こんな出来事から二人の顔合わせが始まってしまった。オスカーは、目の前の少女が転んだ痛みだけでなく、怖さと恥ずかしさも感じているのだろうと確信した。もし自分がこの少女の立場だったら、自分だって泣きたくなるに違いない。


考えろ、オスカー! 考えろ!!!


「あ……うーん……」


オスカーは年齢のわりに少し大人びた考え方をするところがあったが、それでもまだ子供だ。それに、年下の兄弟がいないせいで、泣いている小さな女の子を前にしたとき、どうすればいいのか分からなかった。


だからこそ。


「僕はすごい!」


パニック! パニック! パニック! パニック!


「僕が治してあげますから、泣かないで!」


オスカーは体を低くすると、ゆっくり膝をついた。そして、少女をこれ以上怖がらせないように、目の前の小さな体へゆっくりと近づいていった。そのあと、とても壊れやすいものを扱うかのように、オスカーは細心の注意を払いながら、少女の小さな体に腕を回した。


「ほら、見せてあげます!」


ただ、優しく振る舞おうとした努力もむなしく、オスカーは突然、少女を抱きしめる腕に力を込めてしまった。


「やめて!」


当然、アスティルはまた怖くなってしまった。アスティルはすぐにオスカーの体を押しのけ、自分から離れようとした。拒絶されたオスカーは、諦めるどころか、逆にアスティルの体を自分のほうへ引き寄せた。そのせいで、少女はますます怯えてしまう……。


「押さないでください、アスティル様! 僕の魔法はまだ弱いので、傷を治すには触らないといけないんです!」


オスカーは、自分が敵ではなく、彼女を傷つけるつもりもないことをアスティルに分かってもらってから、彼女を治すことができたはずだった。だが、パニックになっていたオスカーは、先に許可をもらうことすらせず、そのまま治療してしまうことにした。


「僕は君の婚約者候補なんです! 僕の役目は、君を幸せにすることです! 僕を信じてください!」


もしかすると、オスカーは何かをしてから考えるタイプの人間なのかもしれない。父親から受け継いだ騎士の血は、本人が思っていたよりも濃かったのかもしれない。


「僕は君の敵じゃない! 君を傷つけたりしない!」


アスティルの抵抗が突然止まった。


「ほ、本当に嘘じゃない?」


ようやく、すべてを説明する機会がオスカーにも訪れた。


「もちろん! 僕はただ助けたいだけだよ!」


アスティルは答えなかったが、その行動だけで彼女が何を考えているのかは十分に伝わった。小さな少女はもうオスカーの抱擁を拒まなくなっただけでなく、自分よりも大きな少年の体に、逆に抱きつき返した。


「ありがとうございます、アスティル様」


これでオスカーは、魔法を使うことに集中できるようになった。


この世界には魔法というものが存在し、貴族の家に生まれた者にとって、それを使いこなせることは、周囲から自分の身分を認めてもらうための条件の一つでもあった。そのため、彼らは幼い頃から魔法を使う訓練を受けている。だからこそ、まだ十三歳のオスカーでも、軽い傷を治す程度なら、魔法を使って治療することができた。


「……」


オスカーはまだ何か言おうとしたが、小さな少女をさらに強く抱きしめた瞬間、何を言おうとしていたのか、頭からすっかり抜けてしまった。小さな少女の体は、抱きしめるのにちょうどいい大きさだった。柔らかな体も、抱いているととても心地よかった。それに、少女の体温も、なぜかオスカーの気持ちを落ち着かせてくれた。そして最後に、腕の中にいる少女の匂いが、彼女の髪に顔を埋めて、そのまま目を閉じて眠りたくなるほど心地よく感じられた。


「うーん……」


オスカーの胸元から、小さく頷く感触が伝わってきた。それで少年は、自分が今、出会ったばかりの相手に対して、本当に失礼なことを考えていたことに気づいた。


それから間もなく、オスカーは抱擁を解き、アスティルの手のひらを優しく握った。


「まだ痛いところがあったら、言ってくださいね!」


「うん……」


アスティルは頷いた。だが、その表情はまだ浮かないままだった。


「まだどこが痛いんですか?」


アスティルは首を横に振った。


「うーん……服は、どうしよう?」


少女はかなり強く転んだせいで、服にはたくさん土がついていた。そのせいで、ようやく静かになりかけていた小さな少女が、また泣き出しそうな顔をする。


今度は、痛みでも、恥ずかしさでも、怒りでもない。両親に怒られることへの恐怖だった。


「大丈夫ですよ」


「ん?」


少女の服についている汚れは、少し擦ったり、軽く叩いたりするだけで落とせるようなものではなかった。つまり、少女が両親に怒られる未来を避けることはできない。だからこそ、まだ困惑した顔をしている小さな少女のことなど気にせず、オスカーはその場で地面に倒れ込み、しばらくの間その上を転がり回ってから、アスティルの立っているところへ戻ってきた。


「これで、もし怒られることになっても、一緒に怒られます」


最初、小さな少女は目を大きく見開いた。それからオスカーの目を見つめると、金よりもずっと価値があると思えるほどの笑顔を浮かべた。そして、少女は頷いてから、こう言った……。


「……うん」


そして最後には、目の前の少年と一緒に、思いきり笑うのだった。


2


二人はすでにお互いの名前を知っていたが、初めて会ったばかりなのだから、互いに自己紹介をするのは普通のことだった。二人が雨宿りできそうな東屋を見つけると、オスカーはすぐに話を始めた。


「僕の名前はオスカー・トーリン。レイネルのフランク・トーリン男爵の息子です」


小さな領地であるレイネルは、ゼラ公爵が治める州に属している。つまり、身分の階層で言えば、オスカーはアスティルの部下にあたる。


「あたしの名前はアスティル・ゼラ。マーテン・イルマル・ゼラ公爵の娘です」


マーテン・イルマル・ゼラ公爵は、ゼラ州の統治者だ。ゼラ州は、ゼアス、レヴァル、テラ、そして王領であるウォズマルの各州とともに、リヴォニア王国を形成している。北半球に位置する小さな国だ。そして、この国は周辺地域に存在する二つの巨大な勢力に挟まれている。東には大国ルテニア帝国、西には強大なスヴェリエ王国がある。


さて、オスカーとアスティルの話に戻ろう。


「……」


アスティルを見たとき、オスカーの頭に最初に浮かんだ言葉は、「可愛い」だった。もしアスティルの可愛さに点数をつけるなら、オスカーは迷うことなく、この小さな少女に十点満点をつけるだろう。それくらい、アスティルは可愛かった。


もちろん、子供はみんな可愛い。だが、アスティルの潤んだ澄んだ瞳は、いつまでも眺めていたくなるような魅力があった。小さな鼻も、見た人なら思わずつまみたくなってしまうこと間違いなしだ。そして、すべすべしていて少しふっくらとした頬は、見ているだけで噛みつきたくなってしまうほどだった。そこに、小さくて薄い唇と、きらきらと輝く髪まで加わる。そんな彼女を見た人は十人が十人、「んんんんん……」と、どう反応すればいいのか分からなくなってしまうことだろう。


そして、もう一度言うが。小さくて、柔らかそうで、温かそうなその体には、人を抱きしめたくさせる強烈な力があった。


「オスカー様……?」


オスカーは、頭の中から何かを追い出そうとするかのように、何度も首を横に振った。それから、こう言った……。


「ごめん、ちょっと考え事をしてた」


正確に言えば、少女を反射的に抱きしめてしまわないように、自分を抑える方法を考えていたのだ。オスカーの目には、アスティルはもう、そこにいるだけで捕まえて抱きしめ、柔らかな毛で覆われた体を撫で回したくなるような、可愛い猫のように見えていた。


「んん……オスカー様……あたしのこと、嫌いじゃないよね?」


「もちろん嫌いじゃありません! どうしてそんなことを聞くんですか、アスティル様?」


「だって、あたし……オスカー様を困らせた?」


「アスティル様を治したことなら、どうか気にしないでください」


自分より年上の人を困らせるのは、子供の役目みたいなものだ。よほど酷いことをしない限り、子供が起こす面倒なことなんて、たいていは見ているだけでも楽しめるものとして受け止められる。それに、たとえ誰かが怒っていたとしても、アスティルに怯えたような、心配そうな顔を向けられたら、その人もきっと怒る気持ちより、彼女を守ってあげたいという気持ちのほうが強くなるだろうと、オスカーは思っていた。


「本当に?」


「嘘じゃありません」


「よかった」


オスカーは、ほっとした表情を浮かべるアスティルを見つめた。


オスカーは困惑した。アスティルの振る舞いは、一般的な貴族の子供とは違っていた。もちろん、オスカーが他の貴族の子供全員に会ったわけではない。だが、今まで彼が出会ってきた貴族の子供たち、特に自分よりも身分が上の子供たちは、たいてい傲慢か、そうでなければ自信に満ちた性格をしていた。


これまでに人見知りな子供と何人か会ったことはある。だが、アスティルはそれにも当てはまらないように、オスカーには感じられた。人見知りというより……臆病、なのだろうか?


それに、アスティルのように、いつも自分の意見を口にすることを怖がっている子供にも会ったことはある。だが、そういう子供たちはたいてい、もっと身分の低い家の出身だった。


アスティルの両親は、オスカーの家よりもはるかに高い身分にいる。それなのに、アスティルがオスカーに嫌われることを恐れる必要なんて、本来ならないはずだ。この場合、オスカーのほうがアスティルに嫌われることを恐れるべきなのだ。なにしろ、オスカーの運命はアスティルの手にかかっているのだから。


何かがおかしい。


「できれば、僕の名前の前に『様』をつけるのはやめてください」


自分より身分が上の相手から「様」と呼ばれるのは、どうにも変な感じがした。


「そ、それなら……お、お兄ちゃん……オスカーお兄ちゃん」


「んんんっ……」


将来の伴侶になるかもしれない相手から「お兄ちゃん」と呼ばれるのも、やっぱり違う気がする。だが、アスティルからそう呼ばれるのは、悪い気分ではなかった。


「ありがとう、アスティル様」


「えへへ……」


アスティルは両手を頬に当てながら、にっこりと笑った。その姿を見たオスカーの心臓は、思わず不規則に鼓動した。というのも、オスカーは普段、父親の部隊にいる年上の男たちと付き合うことのほうが多かったからだ。だから、女の子の可愛らしさをこれほど間近で浴びることには、まったく慣れていなかった。


「さっきのこと、ありがとう。オスカーお兄ちゃん、本当にすごい! もう魔法が使えるんだね」


今になって、自分のことを「すごい」と言ってしまったのが、急に恥ずかしくなってきた。


「どういたしまして。でも、ちょっと褒めすぎですよ! 僕と同じくらいの年齢の子なら、みんなこれくらいできますから」


むしろ、同年代の子供たちと比べれば、オスカーはかなり遅れていると言ってもいい。彼と同じくらいの年齢の友人たちのほとんどは、すでに元素魔法を使えるようになっていた。それなのに、オスカーはまだ治癒魔法と身体強化魔法で足踏みしている。


「褒めすぎなんかじゃないもん!」


「まだ子供だから分からないんですよ! 君の前では僕がすごく見えるかもしれないけど、本当は普通なんです」


「んんん……子供扱いしないで! あたし、もうすぐ十歳なんだから!」


十歳だってまだ子供だ。それに、アスティルがどれだけ成長したとしても、オスカーはいつだって彼女より先輩で、もっと多くのことを知っている。


「僕だって、もうすぐ十五歳ですけどね」


その答えを聞いたアスティルは、驚いたような顔をしたあと、頬を膨らませて不満そうな顔をした。その顔を見ていると、オスカーはその小さな女の子の頬を思いきりつねりたくなった。


「んん……」


年齢というのは、自分ではどうすることもできないものの一つだ。自分が誰から生まれるかを選べないのと同じように、いつ生まれるかも自分で選ぶことはできない。二人の間にある年齢差は、決して飛び越えることのできない壁だ。その差が、たった一日、たった一時間、あるいはたった一分しかなかったとしても。


「社交界にデビューして、たくさんの人と出会うようになったら、僕よりすごい人がきっとたくさん見つかりますよ」


「あたし、そもそもお父様が社交界にデビューさせてくれるかどうかも分からないし、オスカーお兄ちゃん以外に友達も知らないの! だから、あたしにとっては、やっぱりオスカーお兄ちゃんが一番すごいよ」


そして、たとえ今のオスカーがまだ本当にすごい人ではなかったとしても、来年はどうだろう? そのまた次の年は? さらにその次の年は? オスカーが今よりもっとすごい人になることを、誰にも止める権利なんてない。


「あたし、オスカーお兄ちゃんなら絶対できるって信じてる!」


オスカーは、アスティルがそう信じるための確かな根拠なんて、何一つ持っていないことは分かっていた。それでも、自分の力を信じてくれる人がいるというのは、悪いことではない。いや、正直に言えば、アスティルが自分を信じてくれていることが嬉しかった。それに、あんな純粋で決意に満ちた顔を見せられたら、「無理だ」なんて言えるわけがないだろう?


オスカーは、なぜアスティルの父親が彼女を社交界にデビューさせようとしないのか、それとも、なぜアスティルにはほかに友達がいないのかを聞きたかった。高い身分の貴族の子供なのだから、彼女と友達になりたがる人はきっとたくさんいるはずだ。だが、今ここでそれを聞いたら、せっかくの雰囲気を壊してしまいそうな気がした。だから、オスカーはただこう言うことにした……。


「ありがとう」


アスティルは満足そうな顔で頷いた。二人が初めて会ったときとは違い、アスティルは今では自由にいろいろな表情を見せるようになっていた。それだけではない。今では、自分の気持ちもためらうことなく口にするようになっている。そんな姿を見ていると、オスカーには、二十分も経たない前に出会ったあの少女と、今こうして話している少女が同じ人間だとは、とても信じられなかった。


最初、オスカーはただ自分のやるべきことを片付けるためにここへ来ただけだった。自分を面倒で疲れさせるようなことは、さっさと終わらせてしまいたかったし、婚約者候補のことも、二人の婚約のことさえも、それほど気にしていなかった。だが、実際にアスティルと会ってみると、もしかすると、彼女と婚約することはそれほど悪いことではないのかもしれないと思うようになった。そして、もし将来二人が結婚することになれば、今よりも楽しい生活になるのかもしれない。


アスティルとの縁談に対する自分の考えが変わっていたことに気づき、オスカーはようやく、父親が助けを求めたあの仲人も、どうやら詐欺師ではなかったらしいと思い始めた。


アスティルとの出会いは、自然なものに感じられると同時に、どこか劇的でもあった。もっとも、アスティルにとっては、ドラマチックというより、むしろトラウマチックな出会いだったかもしれない。


ただ、はっきりしているのは、二人のやり取りに無理やり感がなく、最初からお互いに良い印象を持っていたということだ。そして今、二人がさらに深く話をするようになると、どこからともなく「ああ、この子が自分の運命の相手なんだ」という強い気持ちが湧いてきた。


もちろん、オスカーがただ単純な考え方しかできない少年で、可愛い女の子から優しい言葉をかけられただけで、その場で恋に落ちてしまったという可能性もある。それに、すべてはただの偶然だったのかもしれない。


ただ、今となっては、そんなことはどうでもよかった。その気持ちが何かの仕掛けによって生まれたものだろうと、自然に芽生えたものだろうと、もうオスカーが考える必要はない。なぜなら、もう一度言うが、今のオスカーにとって、そんなことはどうでもいいのだから。


しばらくの間、オスカーは自分の考えに夢中になっていて、アスティルが何を話しているのか、あまり聞いていなかった。だが、こんな言葉が聞こえてきた瞬間……。


「それに! あたしの持っている気持ち悪い魔法に比べたら、オスカーお兄ちゃんはすごいよ」


オスカーはすぐに真剣な顔になり、アスティルの話を真剣に聞いた。


「気持ち悪い魔法?」


「うん。お父様が、あたしの持っている魔法は気持ち悪いって言って……」


それで?


「……あたしは……お父様の家族にいる資格がないって」


リヴォニアには、誰もが心の中に強く刻み込まれている、暗黙の了解のようなものがあった。魔法を持ち、支配者の血を引き、そして有り余るほどの財を持っていてこそ、真の貴族と呼ばれるのだ。そう、誰かとの血のつながりよりも、魔法を使えるという事実のほうがはるかに重要視されている。それだけでも、この国がどのような社会を築いているのかがよく分かる。


だが、だからといって、すべての魔法が良いものとして見られているわけではない。


時には、一般的な分類には当てはまらない、特別な魔法を持って生まれてくる者もいる。そして、そんな数多くの特殊な魔法の中には、その存在自体が恥であり、呪いだと考えられている魔法が一つだけあった。


生贄の魔法、テュルフィング。


その名の通り、テュルフィングは生贄を必要とする魔法だ。誰かの命や魂であれ、何かの命や魂であれ、それを使いたいのなら、魂を捧げなければならない。


その条件が重いだけでなく、この魔法でできることも、それほど大したものではない。身体を強化するために使ったとしても、身体強化を専門とする者には敵わない。元素を操るために使ったとしても、特定の元素を専門とする者には、やはり敵わない。そして最後に、治癒に使うこともできない。


その魔法が唯一、まともに使えるのは、誰かに呪いをかけることだった。だからこそ、その魔法は貴族たちから役立たずで気持ち悪いものだと見なされるだけでなく、その使い手まで、生まれつき悪い人間だと考えられていた。


その魔法の使い手は、生まれた瞬間に処刑されることすらある、という噂まであった。彼らの力が敵のために使われるのを防ぎ、貴族の家名を汚さないためだという。


もちろん、そんな風習があることを認めようとする貴族など一人もいない。だが、噂というものは、何かきっかけがあって生まれるものだ。


その説明を聞いて、オスカーはようやく、なぜアスティルが同年代の子供たちとは違う振る舞いをするのか、そしてなぜアスティルの家族が、自分よりもはるかに身分の低いオスカーのような相手と娘を縁談に持ち込もうとしたのか、その理由を理解した。


簡単に言えば、あの少女の家族は、アスティルをオスカーと結婚させることで、彼女を穏便に家から追い出そうとしているのだ。


先ほど説明したように、貴族の家同士の結婚は、基本的にはただの政治的な取引に過ぎない。


「それに、みんながあたしは本当のお父様の子じゃないって言ってるの」


「誰がそんなことを言ったんですか?」


まさか、イルマル公爵本人がそんなことを言ったわけではないだろう。たとえ彼自身がそう思っていたとしても、自分の娘が浮気の末に生まれた子供だなんて言って、自分の家名に傷をつけたいはずがない。


「みんな。使用人も、料理人も、庭師も、みんな!」


それまで明るくなっていたアスティルの顔が、再び暗くなった。


「みんな、あたしみたいな汚い髪の子を、お父様が自分の子供にするはずがないって……」


「汚い髪?」


「あっ……」


オスカーの暮らす地域では、基本的に誰もが同じ祖先を持っている。そのため、平民と貴族の間にそれほど堅苦しい隔たりはなかった。見た目にも、それほど大きな違いはない。オスカー自身も茶色の髪をしているが、少し赤みが混ざっているため、日差しの下ではオレンジ色に近く見える。


だが、世の中には、特に身分による隔たりが強い文化を持つ場所では、平民と貴族の間に明確な境界線が引かれているところも多い。そういう場所では、アスティルのような茶色の髪は汚いものと見なされ、身分の低い者だけが持つものだと思われている。


アスティルを見下す人がいたとしても不思議ではない。彼女の暮らす場所には、貴族出身の使用人もきっと多いのだろう。


「心配しないで! 髪の色って、たまにおじいちゃんやひいおじいちゃん、もっと遠い先祖から受け継ぐこともあるんだって!」


「本当?」


「もちろん! 僕を信じて! 僕、頭いいんだから」


オスカーは自信満々にそう言った。


「オスカーお兄ちゃんのこと、信じる!」


アスティルは、もう一度笑顔を見せた。


自分で自分を褒めてしまったことに、オスカーは少し恥ずかしさを感じていた。だが、そんなことはアスティルの気持ちを少しでも楽にすることに比べれば、大したことではなかった。


オスカー自身、自分が言ったことがただの出まかせにすぎないことは分かっていた。確かに、そんなことが起こる可能性はある。だが、その可能性はかなり低い。それに、アスティルの母親の髪の色は知らなかったが、イルマル公爵の髪が真っ黒なのは知っている。濃い茶色どころか、アスティルのような明るい茶色でもない。


だから、アスティルの使用人たちが言っていたことが本当である可能性は、かなり高い。


それを問題にするだろうか? もちろん、そんなことはしない。


少なくとも今は、アスティルが誰の子供なのかなんて、オスカーにはもうどうでもよかった。


「アスティル……」


あの少女の父親にとって、アスティルという存在は、ただの負担であり、恥であり、そもそも何の価値もない安物のようなものなのかもしれない。そして、そんな「忌まわしい」というレッテルを貼られた人間が、どんな扱いを受けているのか、オスカーには容易に想像できた。


幸いなことに、世間でアスティルについて妙な噂が流れている様子はない。おそらく、ゼラ家は娘が持つ魔法と、その出生がはっきりしていないことを、意図的に隠しているのだろう。


悪いことに、おそらく彼女の力を隠すために、魔法をまったく持っていないことにして記録している可能性が高い。そうなれば、上流階級の女性として生きていく道は、幼い頃からほとんど閉ざされてしまったも同然だ。


「……」


もう一度、オスカーは何かを言おうとした。だが、やはり何も言うことができなかった。そして、そんなオスカーの気まずさを感じ取ったアスティルも、だんだん居心地が悪くなっていき、とうとう話すのをやめてしまった。それから、悲しそうな顔でアスティルは言った……。


「ごめんなさい……」


オスカーはアスティルのほうを見返した。すると、そこにはまた、最初に出会ったときの彼女がいた。何をすればいいのかも分からない、怯えた小さな女の子。自分の両親からさえ、邪魔者や負担だと思われている小さな女の子。そしてオスカーは、目の前の小さな女の子に、そんな表情をしてほしくなかった。


「はぁぁぁ……アスティル様……」


「うん……」


「君は本当に可愛い! 今すぐ抱きしめたくなるくらい」


「え?」


「それに、きっと大きくなったら、もっと綺麗になるよ!」


「え、えっと……ありがとう。でも、どうして急にオスカーお兄ちゃん……」


「僕は君が欲しい!」


もちろん、オスカーはアスティルの気持ちを少しでも楽にできるようなことを言いたかった。アスティルが自分にしてくれたように、自信を失っている少女に少しでも自信を与えてあげたかったのだ。だが、二人の置かれている状況はあまりにも違う。だから、オスカーがアスティルに、ただ「練習して頑張れ」と言うわけにはいかなかった。


だからこそ、結局オスカーの口から出てきたのは、彼から見たアスティルがどれだけ可愛いかという、自分の素直な気持ちだけだった。


「オスカーお兄ちゃん、本当にそう思ってるの? それとも、無理やり婚……」


「もちろん、本気だよ!」


「でも、あたしは……忌まわしい魔法を持ってるの」


「僕の家では、そんなことは大事じゃありません!」


オスカーの家もまた貴族の家ではあるが、身分がそれほど高くないため、「真の貴族」という基準をそこまで気にしてはいなかった。魔法が上手に使えるなら、それはそれでいい。だが、魔法が使えなくても、ほかにできることはある。


それに、たとえ魔法を持っていたとしても、それを使いたくないのであれば、それも問題ではない。


「世界は、魔法だけでできてるわけじゃないんだ」


それでも強くなりたいと思うなら、剣を使う騎士になるために鍛錬を続けることだってできる。自分の力を使いたくなくて、頭を使う道を選ぶなら、商人や役人、発明家になることもできる。芸術家や音楽家、料理人になることだってできる。魔法がなくても、できることは本当にたくさんある。


「それに、もちろん、ただ家で家事をする人になりたいっていうなら、僕はそれでも構わないよ!」


家に帰るたびにアスティルが出迎えてくれる。そんな未来も、オスカーにとっては、決して悪くない、明るい未来に思えた。


「…………」


今度は、アスティルはオスカーの言葉にすぐには答えず、黙ったままだった。


実のところ、アスティルは縁談や結婚、政治的な関係について、それほどよく分かっているわけではなかった。彼女が結婚というものについて持っていたのは、ぼんやりとしたイメージだけだった。それに、身近な手本が両親しかいないせいで、アスティルは結婚が本当に良いものなのかどうかさえ分からなかった。なにしろ、父親と母親が一緒にいるとき、二人が幸せそうな顔をしているところを、一度も見たことがなかったのだから。


だからこそ、父親から誰かと縁談を持ちかけると言われたとき、彼女は怖くなった。自分の家族の人間にさえ好かれていないのに、他の家の人間はどうだろう? 家の使用人たちよりも、もっとひどい扱いを受けることになるんじゃないだろうか。


他の人たちは、客の前ではきっと親しげな顔を見せるかもしれない。だが、彼女の使用人たちと同じように、本当は彼女のことを嫌っていて、その顔など二度と見たくないと思っているかもしれない。あるいは父親と同じように、彼女が目の前に姿を見せただけで、殴ってくるかもしれない。


そんなことを考えるだけで、泣きたくなってしまう。


だが、オスカーと出会い、実際に話をするようになると、その恐怖はすぐに薄れていった。オスカーの気持ちが単純だったのと同じように、彼よりも年下のアスティルは、さらに単純な考え方をしていた。ここ数年ずっと、自分は重荷で、望まれていない邪魔者なのだと思わされてきた彼女にとって、ほんの小さな優しさでさえ、とても大きなものに感じられたのだ。


オスカーはアスティルに優しく接してくれた。可哀想なものを見るような目で見ることもなければ、いないほうがいい存在だと思うこともなかった。それに、オスカーと話しているのは楽しかった。


オスカーと一緒にいるのも楽しい。そして、オスカーがこんなに優しくて楽しい人なら、きっと彼の家族も同じような人たちなのだろう。だったら、オスカーと結婚すれば、これからの人生はもっと楽しくなるんじゃないだろうか?


だからこそ、彼女は言った……。


「オスカーお兄ちゃん、あたしと結婚して!」


大きな声で。


「アスティル……?」


アスティルがオスカーの家族の一員になれば、きっと彼女が望んでいた幸せを手に入れられるかもしれない。だが、その先はどうする? ただその家に居候して、何もせずに過ごすだけなのか? もちろん、そんなことはない。たとえそれができたとしても、彼女はそんなことをしたくなかった。


もう誰かの重荷になるのにはうんざりしていた。何もできない人間でいることにも、もううんざりしていた。そして、自分の存在がオスカーの家族にとって悪いものになるようなことだけは、絶対に避けたかった。


だからこそ、アスティルはもっと立派な人間になろうと決意した。自分には魔法が使えない。だが、オスカーが言ったように、この世界にはきっと、少なくとも一つくらいは、自分にも極められることがあるはずだ。そして、もし一つも極めることができなかったとしても、普通のことができるだけで構わない。それをたくさん身につけることができれば、きっともっと人の役に立てるようになると、彼女は信じていた。


そして、自分が人の役に立てるようになれば、きっと……。


「あたしが、あなたを幸せにする」


アスティルの言葉を聞いたオスカーは、信じられないという顔で、ただ口を開けたまま固まっていた。今この瞬間、アスティルのほうが自分よりも男らしく見えるというだけではない。彼女は今、普通なら男が女に言うはずの言葉まで、先に奪ってしまったのだ。


そんなことでは、男としてのオスカーのプライドが、アスティルに負けることを許さなかった。


「いやいや! 僕が君を幸せにするんだ!」


「オスカーお兄ちゃんと一緒にいるだけで、あたしはもう幸せだよ。だから、あたしも頑張って、オスカーお兄ちゃんを幸せにするの」


またしてもアスティルは、本来ならオスカーが言うはずだった言葉を先に言ってしまった。


こうして、二人の顔合わせは、結局どちらが相手を幸せにするべきなのかという言い争いで終わった。もっとも、二人が最後に出した結論や交わした約束が、実際のところ二人の未来に何か影響を与えることは、ほとんどないのかもしれない。二人の意思とは関係なく、結局は決められた道を歩まなければならないのだから。それでも少なくとも、二人なら、その道を少し軽やかな足取りで歩いていけるだろう。


それから、二人は住んでいる場所があまりにも遠かったため、いつでも会えるわけではなかった。それでも、二人は手紙を通して連絡を取り続けた。そして、会う機会ができるたびに、オスカーは何かと理由をつけて、アスティルを家の外へ連れ出そうとした。


その後、二人は遊ぶだけでなく、自分たちがより良い人間になるために努力していることについても、お互いに話すようになった。オスカーは、より多くの魔法を使いこなせるようになるために努力し、アスティルは、魔法以外のさまざまなことを学ぶために努力していた。


それだけではない。オスカーの両親に時間の余裕があるときには、二人もまた、幼い将来の嫁に会うための時間を作っていた。そして、その小さな少女を訪ねるたびに、二人は決して忘れることなく、まるで自分たちの娘であるかのようにアスティルを甘やかした。


二人はずっと娘が欲しいと思っていた。だが、なぜなのかは分からないが、彼らの家には三代前から、女の子が一人も生まれていなかった。大きな家族の中は、声の大きな筋骨隆々の男たちばかりで、喧嘩をするのが趣味のような連中までいる。そんな男だらけの家族の中で、ようやく二人は――


可愛くて、恥ずかしがり屋な小さな女の子を手に入れた。


アスティルの存在は、まるで天からの贈り物のようなものだった。


正直なところ、オスカーは、自分の両親がどうやら自分のことよりもアスティルのほうを気に入っているのではないかと感じていた。そのせいで、三人はかなりの頻度で、誰がアスティルと一緒に遊ぶのかを取り合うことになった。


初めて、アスティルは心から幸せだと感じていた。自分を愛してくれる人たちに囲まれて過ごすことが、こんなにも楽しいものだったなんて。あまりにも幸せだったからこそ、アスティルは、この時間がずっと続いてほしいと思っていた。


ただ、時間というものは、「休む」という言葉を知らない。


気がつけば、一年が過ぎていた。その間にも、オスカーとアスティルの関係は、時間が経つにつれてますます深く、親密なものになっていった。それはもちろん、二人の両親を安心させるものでもあった。


二人の姿を見て、イルマルとレイネルは、すべてが自分たちの望んだ通りに、何の問題もなく進んでいくと思っていた。


アスティルの父親は、娘の面倒を見る責任を別の家族に任せることができる。そしてオスカーの父親は、息子が誰に強制されることもなく、もっと立派な人間になろうと努力する姿を見ることができる。それだけでなく、ずっと夢見ていた可愛らしい娘まで手に入れられる。


二人は、子供たちの婚約を正式に発表することに同意した。


だが、残念ながら――


その日は、決して訪れることがなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。