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銀のロケットと泉のMEGAMI

掲載日:2026/04/14


 樵のルータスは、切り株に腰を下ろした。


 仕事の合間の、いつもの休憩時間だ。


 彼は胸元から、古びた銀のロケットを取り出した。


 蓋を開けると、そこには最愛の妻の写真がある。


 ルータスは、慈しむように目を細めた。


 その時、予期せぬ突風が吹き抜けた。


 指先から、銀のロケットが滑り落ちる。


 ロケットは放物線を描き、目の前の泉へと吸い込まれた。


 澄んだ水面に、小さな波紋が広がる。


「しまった……」


 ルータスが慌てて泉に駆け寄った、その時だった。


 泉の底から、ボコボコと激しい泡が沸き立つ。


 水しぶきと共に、一人の女性が姿を現した。


 神々しい光を放つ、女神然とした美女だ。


 その女神と思しき女性は、左右の手を差し出した。


「あなたが落としたのは、この銀のロケットですか? それとも、私、ですか?」


 ルータスは、迷わず銀のロケットを指差した。


「ご丁寧にどうも。 私が落としたのはそっちの銀のロケットです。 返していただけるのですか?」


 女神は、満足げにニッコリと微笑んだ。


「正直者のあなたには、このロケットと、私、MEGAMIを与えましょう」


 ルータスは、真顔で首を振った。


「いえ、ロケットだけで結構です」


 冷静な拒絶に、女神の眉がぴくりと動く。


「MEGAMIである私も、与えると言っているのですよ?」


「いえ、僕には愛する妻がいますので、困ります」


 間髪入れずに返すルータスに、二人の間に気まずい沈黙が訪れる。


 女神は、冷ややかな視線をルータスに向ける。


「あなたは、自身の気持ちに嘘をつきました。 残念です」


「はい?」


「また明日、あらためてここに来てくださいね。 その時こそ、あなたの本当の気持ちを聞かせてくださいね?」


「困ります。 返してください!」


 ルータスは困惑し、泉に手を伸ばした。


 だが女神は、そのままゆっくりと水底へ沈んでいく。


「いいですね? 明日また、ごぼぼごぼぼぼぼぼぼ――」


 泡と共に、女神は消えた。


 その日の夜、ルータスは妻に一部始終を話した。


「必ず取り返すから!」


 そう言って妻を見つめるルータス。


 妻はそれを信じ、愛する夫に全てを任せることにした。


 ルータスが頑張る気持ちを漲らせるために、その日の夜はいつも以上に熱い夜だった。




 翌日、ルータスはふたたび泉を訪れた。


「来ましたね」


 女神はすでに浮上済み、スタンバイOKで待ち構えていた。


 女神の左手にはすでに金の延べ棒が握られているのが見える。


 今度はそれと銀のロケットでの交渉なのだろうと予想するルータス。


 だがそれには応じられないなと、気をしっかりと持った彼は一歩前に踏み出すと、女神にロケットを返すように願い出た。


「では……早く返してくれませんか? 銀のロケットを」


「そうですね。 それでは、あなたが落としたのは、この、金の延べ棒ですか? それとも私、MEGA―――」


「なんでだよ!」


 右手には何も持たない女神の有りえない二択に、つい突っ込みを入れるルータス。


「最後まで聞くように」


 そう言って、女神はルータスを睨みつける。


「あ、ああ。 わかったから早く言ってくれ」


「では、あなたが落としたのは、この、金の延べ棒ですか? それとも私、MEGAMIと、この銀のロケットですか?」


 よく見れば、いつの間にか女神の首には銀のロケットが……。


「ロケットだけ返せ!」


 つい語尾が強くなるルータス。


「ロケットも付いてくる。 おまけ付きのMEGAMIですよ?」


「いらん!」


「すべて貴方の意のままに……そんなMEGAMIが付いてくる、スペシャルな、特別感謝企画の到来なのですよ?」


「だから、いらんと言っている!」


 さらに一歩前へ足を進め、女神を威圧的に睨みそう言うルータス。


「あなたは、まだ自身の気持ちに素直になれないのですね。 悲しいことです」


「あ?」


「また明日、またここで会いましょう。 その時には、あなたの心からの願いを、聞かせてくださいね?」


「待て! 逃げるな!」


 ルータスは怒りと共に手を伸ばした。


 だが女神は昨日と同様、ゆっくりと泉の中央へ下がりながら水底へ沈んでいく。


「いいですか? 明日こそ、ほぶどぼぼ、ぼばべぼぼぼぼ――」


 泡と共に、女神は消えた。


 妻にことの顛末を話すルータス。


 その日の夜は灼熱のように熱く、ハードな夜だった。




 そして翌日、泉を訪れた二人。


 妻の表情は、今のところ怒りよりも呆れの色が強い。


 泉の前に立つと、再び水面が泡立った。


「約束通り、来ましたね。 今日は正直になれそうですか?」


 女神は昨日と同じように、ロケットと自分を提示する。


 ルータスは、溜息を吐いて答えた。


「昨日も言いましたが、ロケットだけでいいんです。 今日は愛する妻も連れてきました。 申し訳ないですがあなたはいりません!」


 ルータスの強い言葉と共に、隣に立つ妻が女神をじろりと睨みつける。


 女神は動じることなく、不敵な笑みを浮かべた。


「愛妻家アピールですか? ますます欲しくなりました。 今日は特別に、私と契約すれば銀のロケットを巨大な金のソユーズに変えてあげましょう。 削って売れば一生ウハウハですよ?」


「必要ありません。 そのロケットの中身に価値があるんです! それに、ソユーズってなんですか! 今時、誰が知ってるんですか!」


 怒りが爆発するルータス。


「往生際が悪いですね。 では、ロケットは私が預かっておきます! では、また明日もここに来てくださいね?」


「ちょっと待てよ、この泥棒神!」


 我慢ができず暴言が飛び出すルータス。


「いいですね? 明日は一人で。 分かりましたね? それではまた、あずぼ、ぼごぼぼぼぼぼぼ――」


 女神は沈んで逃げることを選択したが、その逃亡は妻により未遂に終わった。


 妻は光の速さで女神に迫ると、下がりながら沈む女神の頭をむんずと掴んだ。


「人の夫を勧誘するのは結構だけど、さっさとそのロケットだけは返しなさい!」


「いたたたたっ! な、何をするのですか! 無礼ですよ! それに、ロケットを返せば誘惑はOKなんて、あなたはこの男を愛していないのですか!」


 完全に元の位置まで引き上げられた女神は、ルータス妻に怒りをぶつける。


「無礼なのはどっちよ。 窃盗犯で訴えてやるから! あと、誘惑はいいのよ! ルーちゃんは絶対にあんたなんかに靡かないから!」


 その言葉により、ルータスはうんうんと頷いている。


 その言葉に女神はショックを受けた顔で固まっている。


 その隙に、ルータス妻によりさらに引きずり出される女神。


 今は打ちひしがれたトドのように地面に転がっている。


 その時、手からこぼれた銀のロケットを、ルータスが素早く拾い上げガッツポーズ。


 女神は濡れた髪を振り乱し、顔を真っ赤にした。


「覚えていなさい! 次はもっと魅力的なオファーを用意しますから!」


 女神は捨て台詞を残し、逃げるように泉へと飛びこんだ。


「次があるといいわね! こんな泉、領主様に頼んで埋め立ててあげるわ!」


「えっ、何て?」


 妻の言葉にふたたび浮上してきた女神。


「埋め立ててやるって言ったのよ!」


「そ、それは、酷いんじゃない?」


 困惑する女神。


「こんな場所に、泉があるから問題がおきるのよ! 埋めればすべて解決よ!」


「待って? 解決じゃないと思うの。 ここは昔から、私というMEGAMIが住む聖域ともいえる場所なのよ? だから、きっと領主様? ここの管理人かしら? その人に言っても無理だと思うのよね?」


 おろおろしながら下手にでる女神。


「大丈夫よ! 私、領主の娘。 パパは私の言う事をなんでも叶えてくれるから!」


「ご、ごめんなさい」


 MEGAMIのDOGEZAである。


 そのまま前に差し出した両手に、金の延べ棒が……。


「これは、何?」


「人間社会には、慰謝料という物があると聞いたことがあるので」


 長い沈黙。


「よろしい。 今回はこれで幕引きにします。 以後は大人しく女神活動に勤しむように」


「へへー」


 そんなこんなで女神は、土下座の恰好のまま、ずるずると泉へと消えていった。


 こうして、銀のロケット強奪事件は幕を閉じた。


 妻が大活躍している中、ルータスはロケットの汚れを拭きとった後、何度も何度もそれを丁寧に磨きながら、妻の活躍を暖かく見守っていた。


「助かったよ。 やっぱり、君が一番だ」


 妻は鼻で笑い、ルータスの背中を叩いた。


「明日から別の場所で木を切りなさいよ!」


 そして、背中を痛めたルータスは愛する妻の手を取り、泉のある森を後にした。


 銀のロケットは、今日もルータスの胸で静かに開かれる時を待っていた。




 おしまい


お読みいただきありがとうございます!


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