銀のロケットと泉のMEGAMI
樵のルータスは、切り株に腰を下ろした。
仕事の合間の、いつもの休憩時間だ。
彼は胸元から、古びた銀のロケットを取り出した。
蓋を開けると、そこには最愛の妻の写真がある。
ルータスは、慈しむように目を細めた。
その時、予期せぬ突風が吹き抜けた。
指先から、銀のロケットが滑り落ちる。
ロケットは放物線を描き、目の前の泉へと吸い込まれた。
澄んだ水面に、小さな波紋が広がる。
「しまった……」
ルータスが慌てて泉に駆け寄った、その時だった。
泉の底から、ボコボコと激しい泡が沸き立つ。
水しぶきと共に、一人の女性が姿を現した。
神々しい光を放つ、女神然とした美女だ。
その女神と思しき女性は、左右の手を差し出した。
「あなたが落としたのは、この銀のロケットですか? それとも、私、ですか?」
ルータスは、迷わず銀のロケットを指差した。
「ご丁寧にどうも。 私が落としたのはそっちの銀のロケットです。 返していただけるのですか?」
女神は、満足げにニッコリと微笑んだ。
「正直者のあなたには、このロケットと、私、MEGAMIを与えましょう」
ルータスは、真顔で首を振った。
「いえ、ロケットだけで結構です」
冷静な拒絶に、女神の眉がぴくりと動く。
「MEGAMIである私も、与えると言っているのですよ?」
「いえ、僕には愛する妻がいますので、困ります」
間髪入れずに返すルータスに、二人の間に気まずい沈黙が訪れる。
女神は、冷ややかな視線をルータスに向ける。
「あなたは、自身の気持ちに嘘をつきました。 残念です」
「はい?」
「また明日、あらためてここに来てくださいね。 その時こそ、あなたの本当の気持ちを聞かせてくださいね?」
「困ります。 返してください!」
ルータスは困惑し、泉に手を伸ばした。
だが女神は、そのままゆっくりと水底へ沈んでいく。
「いいですね? 明日また、ごぼぼごぼぼぼぼぼぼ――」
泡と共に、女神は消えた。
その日の夜、ルータスは妻に一部始終を話した。
「必ず取り返すから!」
そう言って妻を見つめるルータス。
妻はそれを信じ、愛する夫に全てを任せることにした。
ルータスが頑張る気持ちを漲らせるために、その日の夜はいつも以上に熱い夜だった。
翌日、ルータスはふたたび泉を訪れた。
「来ましたね」
女神はすでに浮上済み、スタンバイOKで待ち構えていた。
女神の左手にはすでに金の延べ棒が握られているのが見える。
今度はそれと銀のロケットでの交渉なのだろうと予想するルータス。
だがそれには応じられないなと、気をしっかりと持った彼は一歩前に踏み出すと、女神にロケットを返すように願い出た。
「では……早く返してくれませんか? 銀のロケットを」
「そうですね。 それでは、あなたが落としたのは、この、金の延べ棒ですか? それとも私、MEGA―――」
「なんでだよ!」
右手には何も持たない女神の有りえない二択に、つい突っ込みを入れるルータス。
「最後まで聞くように」
そう言って、女神はルータスを睨みつける。
「あ、ああ。 わかったから早く言ってくれ」
「では、あなたが落としたのは、この、金の延べ棒ですか? それとも私、MEGAMIと、この銀のロケットですか?」
よく見れば、いつの間にか女神の首には銀のロケットが……。
「ロケットだけ返せ!」
つい語尾が強くなるルータス。
「ロケットも付いてくる。 おまけ付きのMEGAMIですよ?」
「いらん!」
「すべて貴方の意のままに……そんなMEGAMIが付いてくる、スペシャルな、特別感謝企画の到来なのですよ?」
「だから、いらんと言っている!」
さらに一歩前へ足を進め、女神を威圧的に睨みそう言うルータス。
「あなたは、まだ自身の気持ちに素直になれないのですね。 悲しいことです」
「あ?」
「また明日、またここで会いましょう。 その時には、あなたの心からの願いを、聞かせてくださいね?」
「待て! 逃げるな!」
ルータスは怒りと共に手を伸ばした。
だが女神は昨日と同様、ゆっくりと泉の中央へ下がりながら水底へ沈んでいく。
「いいですか? 明日こそ、ほぶどぼぼ、ぼばべぼぼぼぼ――」
泡と共に、女神は消えた。
妻にことの顛末を話すルータス。
その日の夜は灼熱のように熱く、ハードな夜だった。
そして翌日、泉を訪れた二人。
妻の表情は、今のところ怒りよりも呆れの色が強い。
泉の前に立つと、再び水面が泡立った。
「約束通り、来ましたね。 今日は正直になれそうですか?」
女神は昨日と同じように、ロケットと自分を提示する。
ルータスは、溜息を吐いて答えた。
「昨日も言いましたが、ロケットだけでいいんです。 今日は愛する妻も連れてきました。 申し訳ないですがあなたはいりません!」
ルータスの強い言葉と共に、隣に立つ妻が女神をじろりと睨みつける。
女神は動じることなく、不敵な笑みを浮かべた。
「愛妻家アピールですか? ますます欲しくなりました。 今日は特別に、私と契約すれば銀のロケットを巨大な金のソユーズに変えてあげましょう。 削って売れば一生ウハウハですよ?」
「必要ありません。 そのロケットの中身に価値があるんです! それに、ソユーズってなんですか! 今時、誰が知ってるんですか!」
怒りが爆発するルータス。
「往生際が悪いですね。 では、ロケットは私が預かっておきます! では、また明日もここに来てくださいね?」
「ちょっと待てよ、この泥棒神!」
我慢ができず暴言が飛び出すルータス。
「いいですね? 明日は一人で。 分かりましたね? それではまた、あずぼ、ぼごぼぼぼぼぼぼ――」
女神は沈んで逃げることを選択したが、その逃亡は妻により未遂に終わった。
妻は光の速さで女神に迫ると、下がりながら沈む女神の頭をむんずと掴んだ。
「人の夫を勧誘するのは結構だけど、さっさとそのロケットだけは返しなさい!」
「いたたたたっ! な、何をするのですか! 無礼ですよ! それに、ロケットを返せば誘惑はOKなんて、あなたはこの男を愛していないのですか!」
完全に元の位置まで引き上げられた女神は、ルータス妻に怒りをぶつける。
「無礼なのはどっちよ。 窃盗犯で訴えてやるから! あと、誘惑はいいのよ! ルーちゃんは絶対にあんたなんかに靡かないから!」
その言葉により、ルータスはうんうんと頷いている。
その言葉に女神はショックを受けた顔で固まっている。
その隙に、ルータス妻によりさらに引きずり出される女神。
今は打ちひしがれたトドのように地面に転がっている。
その時、手からこぼれた銀のロケットを、ルータスが素早く拾い上げガッツポーズ。
女神は濡れた髪を振り乱し、顔を真っ赤にした。
「覚えていなさい! 次はもっと魅力的なオファーを用意しますから!」
女神は捨て台詞を残し、逃げるように泉へと飛びこんだ。
「次があるといいわね! こんな泉、領主様に頼んで埋め立ててあげるわ!」
「えっ、何て?」
妻の言葉にふたたび浮上してきた女神。
「埋め立ててやるって言ったのよ!」
「そ、それは、酷いんじゃない?」
困惑する女神。
「こんな場所に、泉があるから問題がおきるのよ! 埋めればすべて解決よ!」
「待って? 解決じゃないと思うの。 ここは昔から、私というMEGAMIが住む聖域ともいえる場所なのよ? だから、きっと領主様? ここの管理人かしら? その人に言っても無理だと思うのよね?」
おろおろしながら下手にでる女神。
「大丈夫よ! 私、領主の娘。 パパは私の言う事をなんでも叶えてくれるから!」
「ご、ごめんなさい」
MEGAMIのDOGEZAである。
そのまま前に差し出した両手に、金の延べ棒が……。
「これは、何?」
「人間社会には、慰謝料という物があると聞いたことがあるので」
長い沈黙。
「よろしい。 今回はこれで幕引きにします。 以後は大人しく女神活動に勤しむように」
「へへー」
そんなこんなで女神は、土下座の恰好のまま、ずるずると泉へと消えていった。
こうして、銀のロケット強奪事件は幕を閉じた。
妻が大活躍している中、ルータスはロケットの汚れを拭きとった後、何度も何度もそれを丁寧に磨きながら、妻の活躍を暖かく見守っていた。
「助かったよ。 やっぱり、君が一番だ」
妻は鼻で笑い、ルータスの背中を叩いた。
「明日から別の場所で木を切りなさいよ!」
そして、背中を痛めたルータスは愛する妻の手を取り、泉のある森を後にした。
銀のロケットは、今日もルータスの胸で静かに開かれる時を待っていた。
おしまい
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