第一話 起の舞・5
食費が浮くわと、嬉しそうに笑う彼女の姿が脳裏に浮かんで笑っていると、タイミングよく開けられた扉から女将が出てくるところだった。
(相変わらず、嗅覚鋭いねぇ)
口に出そうものなら夕飯抜きになる事など目に見えているので、皮肉は心の内にだけ留めておいて橋聖は人波を器用に避けて広い道を横断した。
「女将。これ、土産」
木製の階段を上がり、何の前置きもなく橋聖は目の前の恰幅のいい女将に手の荷物を差し出す。
「おや、お帰り、橋聖。今日もまた、大量だねぇ」
一服する為に出てきたのか、銜えていたキセルを離した女将は、くゆる煙の向こうで嬉しそうに笑った。ふらりと宿を出て戻ってくれば何かしら土産があるので、既に慣れてしまったいる彼女は宿屋の入り口を開けて男手を呼んだ。
「あ―――重かった」
どっこいしょと、まるで年寄りのような掛け声を洩らして大荷物を下に置いた橋聖は、凝った筋肉をほぐすように肩を回した。
「あ、そうだ。女将、これ、アゲハから…」
背を向けて何やら室内に向かって指示を飛ばしている女将の背に掛けられた声は、途中で不自然に途切れた。
「結良」
まるで耳元で囁かれたかのように、明瞭に聞こえた呼び声。
振り返れば、階段下で立ち止まっている女性の横顔が視界に入った。細長い手が差し出されれば、猫のような体躯をした白い動物がその肩に飛び乗る。
上げられた視線。目が、合った。