第一章 結の舞・14
「さて。何処へ行きましょうか」
背後のカッサラの街が小さくなった分かれ道の看板の前で立ち止まり、肩に乗った結良の頭を撫でながら思案する。
三叉に分かれた路。直線の道は港町に。右の道はカッサラよりも更に標高が高い農村に。左の道は翼鳳大陸の都にそれぞれ続いている。
「勿論、バラマスだろ」
背後からかけられた聞き慣れた声に近付いてくる気配に気付いていた凪は驚きを見せる事無く振り返る。
「あそこには今、彼の有名な雑技団、『妖朧衆』が来てるって話だ。これを見ずに素通りなんて、無粋だね」
「おや、雅が解る方だとは思いませんでしたよ」
隣に立った橋聖に、くすりと凪は意地悪な笑みを贈る。
「酷いね。これでも、流離いの風情師なんて異名もあるのよ?俺」
「自称、でしょう?」
軽く肩を竦めて、凪は左の道、つまりバラマスへと続く街道を選んで足を進めた。
「辛辣なお言葉だこと」
軽く傷付いたような顔をしながらも、隣に並んできた橋聖の口元には相変わらずの捻くれた笑みが刻まれていた。
「俺さ、お前に興味が湧いたんだ」
「奇遇ですね。私もです」
傾斜のある山道を危なげもなく下って行く二人の間から会話はなくならない。
「果たして、釣られた魚はどちらでしょうね」
「さあな。どっちにしろ、食い千切る力ぐらいあるだろ」
身長差のある二人の色の違う双眸が交錯する。双方共に湛えた笑みは決して消えず、挑むかのような静かな対峙はどちらからともなく視線を外せば数秒で終了を告げた。
「じゃ、ま…気儘な旅の安全でも、神に祈っておくとするか」
蒼天に悠々と漂う日輪を見上げ、気のない様子で合掌する橋聖に凪は楽しげな笑みを漏らす。
旅は道連れ――並んだ二つの影法師は、実体の奏でる静かな冷戦とは裏腹に、そんな言葉を思い起こさせる程に仲が良さそうに見えた。
【続】