第一章 結の舞・10
「だからといって、真実を話すわけにもいかないし」
実に難しい問題だと、そう呟いた橋聖の姿は、やはり何処か誠実さに欠ける印象があった。
所詮は他人事。そんな心の声が滲み出ているかのように。
「ま、元気なお前の姿を見れば、少しは気分も落ち着くだろ」
楽観的展望で話題を打ち切った橋聖は立ち上がった。
医者を呼んでくるとそう言い置いて部屋を出て行った彼の気配が完全に遠ざかったのを確認した凪は、結良を撫でていた手を止める。
「結良。何か、手掛かりになるようなものは残っていましたか?」
白い体躯を横たえたままで頭だけ持ち上げた結良は、ゆっくりと尻尾を振る。
『何も。生存の確認すら、不可能だった』
結良の報告に、元より期待していなかった凪は落胆の様子は見せずに一つ頷く。
これは推測の域を出ないが、恐らく彼は死んでいないだろう。何とも怪しげな呪術を用いるあの影が、落石ごときで命を落とすとは到底思えない。
「不透明なのは、何とも不気味ですが…」
手掛かりは残された。話が聞けなかったのは確かに残念だったが、空白の百年を追い続ければ、いずれまた、自分と彼等とが紡ぐ運命の糸は交わるだろう。
過去に答えがある。その確信が得られただけでも、今回はよしとしよう。
脈動を感じて鈍痛を訴えてくる左胸の傷に、凪は手を当てる。意識が途切れる間際に見えた、脳裏に残った最後の記憶。
「結良。彼は、本当に何者なのでしょうね」