第一話 起の舞・4
「じゃな、アゲハ。しっかり稼げよ」
「うん。橋聖も、うちの宣伝宜しくね~」
背中を追ってくるちゃっかり発言に軽く手を振ることで応じた橋聖は、先程の不機嫌は払拭された様子で家路へと足を向けた。が、通り過ぎた店の一つから声を掛けれてその歩みもすぐに止める羽目になる。
「よう、橋聖」
立ち止まり、数歩後ろ向きで来た道を戻る。
「なんだ、タタラか。何か用か?」
「なんだとは何だ、馬鹿者」
無意識の言葉遊びは突っ込まないとして、馬鹿という単語には正直に反応した。
「馬鹿って言うな。馬鹿って言う方が馬鹿なんだぞ」
「子供か、お前は」
苦笑と共に置き換えられた言葉に再びむっとした表情になった橋聖は、しかし盛大な溜め息をつくだけに留めた。
「で?用は?」
ついさっきも同じような会話を交わしたなぁと意識の片隅で思いながら、出店の店主に再度質問する。
「あぁ、そうそう。これ、持って帰れよ」
差し出されたのは、新鮮な魚の束だった。
「イワシ。美味いぞ」
「サンキュー」
躊躇とか、遠慮とか、まったくなかった。好意のおすそ分けを橋聖は礼と共に受け取る。
「お前な…少しは謙遜とか、そういうのはないのか」
非難ではない。呆れたような知人の言いように、橋聖は不敵に笑って見せた。
「くれるっていうものは、有難く貰っておくのが俺の主義でね」
お前らしいなぁなどと、褒めているのか貶しているのかいまいち判らない呟きをはなむけに、橋聖は歩き出す。
帰る場所はそう距離があるわけではないのだが、何故か少し進む度に出店やら通行人やらに声を掛けられれば数分の会話を終えた手にはお土産が増えているという結果になる訳で、宿屋が視界に入った頃には既に空は茜色に染まっていた。
「あ―――…女将、喜ぶだろうなぁ」
自慢ではないが、料理は得意な方ではない。結果的に、腕の中の魚やら野菜やら豚肉やらは、そのまま宿屋の女将に引き渡される運命にある。