第一章 結の舞・8
「知的好奇心を口実に、ついでにもう一つ」
今は血を拭われて大人しく鞘に納まっている短剣が記憶する数多の死から目の前の生へと思考を切り替えた橋聖は、見つめてきた森の瞳に人差し指を立てて見せた。
「断ち切られる輪廻の鎖――この言葉の解釈は?」
数多の伝承に触れ、そういった超自然的思考にも接してきただろう民俗学者は、あの洞窟で紡がれた意味深な言葉を、どのように解釈するのか。
緩やかに首を横に振られれば、漏れる溜め息。
「…民俗学者は、ただ、過去を追う者です。大局を見据える占い師ではありません」
「結局、謎は謎のままって事ね」
華蘭の匂いが完全に霧散するのに充分な時間を費やした議論を通して辿り着いた橋聖の結論は、凪によって肯定される。
黙然と頷き、瞳を伏せた状態で再び思考の海に沈んでしまった相手を、橋聖はしばらくの間上目遣いに見上げていた。
凪の膝元で、吹き込んできた風が心地よいのか白猫が丸くなる。視界の端に映るゆらゆらと揺れる尻尾が、何だか愛くるしかった。
「過去を追うことに、意味があんの?」
狭い病室に横たわる静寂を破った疑問に、凪は伏せていた瞼を上げた。
「過ぎ去った時の中に、今の答えがあると?」
何故、人は生まれ、死んでいくのか。何故、争いはなくならないのか。何故、人は誰かを想うのか。何故…。
尽きない疑問の答えを、生きている今現在、或いは未来ではなく、過去に求めることに意味はあるのか。
「さあ、どうでしょう。長いこと過去を追ってきましたが、その意味はまだ、私自身も見出していないのかもしれません。ただ…」
「ただ?」
「命を狙われる理由――貴方が捜し求める答えは、きっと過去にある」
絡み合った森と炎。
主語が二人称だったことに、橋聖は心外そうに片眉を上げて見せた。
「お前も、だろ?」
主語の間違いを正せば、微かに失笑を漏らす相手。