第一章 結の舞・7
「命を狙われる理由に心当たりは?」
元来より頭脳労働は得意な方ではない。答えの出ない思考を早々に諦めた橋聖は、思慮深げに沈黙を守る凪へと問いを投げ掛けた。
「答えを知ってどうします?」
「ただの知的好奇心」
警戒を覗かせた相手に軽く肩を竦めて本心のまま応えれば、外された視線は窓の外に広がる青空へと固定された。
「民俗学者は、時として紐解いてはならない歴史に出会う事があります。余所者に知られたくない歴史の継承者である守人に命を狙われる可能性は零ではありません」
「つまり、知られたくない歴史だから、それを突き止めようとしているお前を殺しちゃえって訳か」
軽い口調で導き出された答えは、どう考えてもその態度が不謹慎に感じられるような非情な現実だった。
「嫌だね、短絡的な思考過ぎて」
「ですが、最も迅速で効率的な方法です」
耳に滑り込んできた平淡な言葉に床に落としていた視線を上げるも、その視界に映ったのは窓の外を眺める横顔だった。流れ込んできた風にその金髪が揺れ、燃やすべきものがなくなった華蘭の匂いを攫っていく。
命に対して淡白で冷酷な一面を持っていると思った。しかし、その命という括りには、どうやら彼女自身のものも含まれているらしい。
ちらりと、机の上に置かれた短剣へと視線を遣る。
よく使い込まれているものだという事が一目で判る、十字架のような形状の短剣。両側に刃が付いていないそれが、鋭利な先端で敵の急所を確実に貫く為の武器だという事を教えてくれる。
彼女はこれで、一体何人の命を奪ってきたのだろう。