第一章 結の舞・5
取ってつけたような敬称に、失笑を漏らした橋聖は椅子の背に体重を預けた。
「あんたさ、実は二重人格とか?」
「はい…?」
昏迷から目を覚ました直後にかけられた唐突な問いに目を瞬かせる凪に、もとよりそれ程曲がっていなかったへそは正位置へと戻る。漏れる笑みが深いものになれば、更に彼女の不審感情は増したようだ。
「いや、なに…剣を持った時のあんたと今のあんたがあまりにも違うもんだからさ。ひょっとしたら違う人物なんじゃないかと思って」
背中合わせの戯言の応酬。その名の通り凪いだ今の気配と、あの時の命に対しての冷酷さとは、決して結びつかなかった。
今でも、思い出すだけでも鳥肌が立つ。暗闇の中からぶつけられた殺気に、自分は恐れていたのだと思う。
「予想を裏切って申し訳ありませんが、どちらも同じ私ですよ。この胸の痛みを信じるならば」
「痛むのか?」
「不本意ながら」
左胸の傷を庇うようにして上体を起こした凪は、痛みに顔を歪ませながらその声音に苦味を滲ませる。
「せっかく、話を聞ける機会だったのに」
深緑の双眸が細められた横顔に、冷酷さが過ぎる。
端麗な横顔が浮かべた表情に、橋聖は躊躇いもなく二重人格説を破棄する。笑顔の仮面の裏に僅かに覗いたもう一つの顔は、確かに同一人格だ。