第一章 結の舞・4
微かに届いた軽やかな鈴の音に、橋聖は慌てて手の中の水晶を服の下へと隠す。音の発生源を探して彷徨った視線は、開け放たれた窓枠に姿を現した白猫に定められた。
「なんだ、チビ。ご主人様ならまだ眠り姫だぞ」
からかうように言葉を投げれば、白猫が動きを止める。尻尾を逆立て、向けられた金の猫目は、まるで人間の言葉を解しているかのように橋聖を睨み遣った。しかしそれも数秒で、一つ跳びで主の眠るベッドへと降り立った猫は、その枕元で足を折る。甘えるように鳴いた後、その頬を軽く舐めた。
「だから、まだ…」
苦笑を浮かべて柔らかな毛を撫でようと伸ばされた橋聖の手は、しかし中途半端なところでその動きを止める。赤の瞳が凝視する先で、微かに震えた瞼がゆっくりと上げられていった。
半ば夢の中のような焦点の合っていない深緑の双眸は、耳元の鳴き声に導かれるように動かされる。
「…結良」
擦り寄ってきた愛猫の頭を、億劫そうに持ち上げられた右手が優しく撫でる。
何とも微笑ましいそんな光景に、しかし何故か橋聖は小さな怒りを感じた。
こっちは二日間付き添ったのに、深傷の身の主人を今の今までほったらかして何処かへ行っていた子猫へと先に声を掛けるのか。
「…俺もいるんだけど?」
何とも納得いかず、少々不機嫌そうに呼びかければ、ゆっくりとその湖底の瞳が橋聖を捉えた。
「橋聖…さん」