第一章 結の舞・3
再び、橋聖は狭い病室に一人残される。火の点けられた魔除けの華蘭は未だその役目を終えておらず、どうせなら外的な魔だけでなく心の内に潜む不安と言う魔物も払ってくれたらいいのにと、そんな事を思った。
暇潰しに読んでいた本の重みが煩わしくなり、机の上に放る。目を覚ます気配を見せない穏やかな寝顔に、橋聖は盛大な溜め息をついた。
「訊きたい事が、山ほどあるんだけどな」
源命水に満たされた地底湖のあった洞窟で彼女が口にした言葉、天元郷。
彼女は、自分が呼ばれたと言った事自体に対して疑問は抱いていなかった。何故呼ばれたのか、その理由を知りたがっていたのだ。
彼女が知っていて、自分が知らない事とはなんだ。何故、命を狙われなければならない。
「それに…」
手に取った炎の水晶玉を、橋聖は思慮深げに見つめる。
色は違ったが、これと同じ物を、彼女も持っていた。診療室に運んだ彼女の治療を部屋を出る間際に一瞥した時、僅かにその胸元に認めたそれは、確かに、自分が所持している水晶と同じ物だった。
確認したいという気持ちはあったが、無断で相手の荷物を漁るような無神経は持ち合わせてはいない。常時笑みを絶やさなかった育ての親は、礼儀だけは厳しく橋聖に叩き込んだ。
「といっても…質問したところで、素直に返答をくれるはずもないよな」
彼女は用心深い。誰にでも親しげな雰囲気を纏いながら、他者との確固たる一線を持ち合わせている。要するに、何を考えているのか判らない相手だという事だ。
笑顔の仮面の下に隠された本当の顔がどんなものなのか、橋聖は興味があった。