第一章 結の舞・2
冷酷にすら聞こえる言葉を贈れば、その先で歪められる幼顔。そばかすの散った頬を流れた涙に、手を放した橋聖はしかしそれ以上の言葉を重ねようとはしなかった。
再び向けられた背。微かに漏れる泣き声が静かな病室内に厭に大きく響き渡る。
昏迷した血塗れの凪を抱えて知り合いの医師の許に飛び込んですぐ、誰かから連絡がいったのか母親を伴ってアゲハは駆けつけてきた。
凪の流した鮮血で衣服を染めた橋聖の説明も、半分も耳に入っていたかは定かではない。ただ、彼女は泣きながら繰り返した。
自分の所為だと。
自分が炭鉱で父親が働いているなどと彼女に言わなければ、こんな事にはならなかったのだと。
他人が何と言おうと、彼女の呵責の念は晴れないだろう。
「橋聖。アンタは言葉がきついんだよ」
アゲハが開けっ放しにしておいた扉から、もう一人、聞き慣れた声が入ってきた。容赦なく橋聖の頭をはたいたのは、恰幅のいい宿屋の女将だ。
「アゲハは仕事の途中だろう?戻らなくていいのかい?」
女将の催促に、仕事の途中に寄ったアゲハは反論の余地を見出せるずに渋々といった様子で一つ頷いた。
「大丈夫。タルマも言っていただろう?心配はいらないと。すぐに目を覚ますさ」
叶うのならば一日中凪の傍に付いていたい娘の赤毛を少々乱暴に撫でた女将は、彼女に付き添って部屋を出ようとする。
「橋聖。眠っている相手を襲うんじゃないよ」
余計な一言を残していく事を忘れない女将に舌を出した橋聖の視線の先で扉が閉ざされる。
「誰が襲うか、阿呆」
相手に聞こえないことをいいことに、聞こえないからこそ、橋聖はここぞとばかりに罵倒する。これが彼女の耳に届いていたら、間違いなく、問答無用で鉄拳がプレゼントされていたことだろう。