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第一章 転の舞・19
耳元を突風が駆け抜けていく。震動する大地に平衡感覚を完全に失い、強大な自然界の力の前では非力な人間でしかない橋聖は、ただ、神の怒りが鎮まるのを祈るしかなかった。
世界が静寂を取り戻したのは、果たしてどれ程の時間が経過した後だったのか。
大地の揺れが収まったのを確認した橋聖は、恐る恐るといった様子で伏せていた顔を上げる。確かについ先程までそこに存在していたはずの地底湖は上から落ちてきた巨大な岩に完全に覆われ、敵の姿は何処にも見受けられなかった。
安堵の溜め息をつき、肩の力を抜いたのはほんの数秒。腕の中から漏れ聞こえてきた呻き声に、橋聖の横顔に再び緊張が戻った。
「凪。おい、わかるか?凪」
呼びかけに、凪は薄く瞼を開ける。
「・・・・・・・・・」
動かされた唇から、しかし言葉は漏れずに。
左胸に感じる熱と全神経を駆け巡る激痛に、まだ自分が生きていることを悟る。伸ばされた手は己を抱える橋聖の上着を掴み、乱れた胸元から覗いた赤色の水晶の首飾りが、凪が覚えている最後の記憶となった。
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