第一話 起の舞・3
「順調だよ。これも、橋聖のお陰だね!」
身長差のある橋聖を見上げ、アゲハはVサインを送ってくる。
「そうだろうとも。よ~く、感謝しろよ」
謙遜という言葉とは無縁の性格なのか、無駄に胸を張る橋聖に、笑顔のままのアゲハは蹴りをお見舞いする。それはどうやら彼の脛を見事に直撃したらしく、痛みに呻いて蹲った彼と彼女の身長差が逆転した。
「…ってーな!何しやがる、アゲハ!」
数秒悶絶していた橋聖は、まだ立ち上がるまでの元気は回復していないのか、暴挙を行った少女を涙目で睨み上げて文句を言うしかない。
「あはは。あたしの感謝の気持ち」
浮かべられた笑みは、何処までも爽やか。けれど、その裏に何故か薄ら寒いものが漂っているように思えるのは、絶対に思い過ごしではない。
が、傍から見れば何処からどう見ても可憐な乙女の花の咲くような笑顔なので、橋聖は危うく怒鳴りそうになった自分を寸前で鎮めた。
別に、他者の視線になど興味はない。興味はないが、如何せん、この世は他者との相互作用によって成り立っているのも事実で、この場面でアゲハを怒鳴りつけ、あまつさえ泣かせたとあっては、十中八九悪者扱いされるのはこちらなのだ、非常に理不尽な事に。そういう経験をそう昔でない日々で一度していて、その際面倒な思いをすれば、学ばない方が馬鹿というものだろう。
「・・・・・・で?何か用か?」
「あれ?怒らないんだね。なんだ、つまんない」
限界ぎりぎりの自制心で何とか怒りを鎮め努めて冷静に訊いてやったのに、つまらないの一言で片付けられる。再び膨れ上がった怒りを、橋聖は拳を握り締めて何とか抑え込んだ。
ここで本能に負けたら、それこそ相手の思うツボだ。誰かの掌の上で踊らされるなど、絶対にプライドが許さない。
「ま、いっか。橋聖、コレ、この前言ってたやつ」
肩と拳を震わせて怒り値を下げようと努力している橋聖を放り、露台の中に入ったアゲハが薬草が何十種類と並んだ台越しに紙袋を差し出してくる。
「お、サンキュー」
差し出された紙袋の中身を瞬時に悟った橋聖は、彼なりのお礼を言って受け取った。想像していた重さよりも重量があって些かバランスを崩すも、しっかりと脇に抱える。