第一章 転の舞・16
「何故、命を狙うのです?」
発される静かなる殺気にも臆する事無く、凪は問う。
「失われた歴史の先に、隠しておきたい秘め事でも?」
動かされた視線。闇色に塗りつぶされたそこから自らを射抜く視線を、凪は真っ向から受け止めた。
話が解らずに怪訝そうな視線を送ってくる橋聖はひとまず無視を決め、双方、睨み合ったまま沈黙を守り続ける。
「何の話やら…」
「天元郷に関係があるのでは?」
逃げる事は許さない。
闇から読み取れる情報など一つもなく、それでも、世界を包み込む暗き気配に、微かに動揺が走ったような気がした。
「何故、私の進む先に、貴方達は現れる」
感じ取った僅かな隙に追い討ちをかけるかのように、凪は詰問を重ねる。
「何故、橋聖をここへ呼んだ?」
命を狙われる理由。空白の百年を解き明かそうとする民俗学者であるからというのが、恐らく自分のもの。
今までの会話を理解していない様子からして、橋聖は天元郷の事も空白の百年の事も恐らく知らない。
ならば、何故、彼の命を狙う必要がある?
「凪?」
全くもって話が見えない様子の訝しげな呼びかけに、凪は応えない。全神経を、中央に佇む影へと集中させる。
全てが闇に覆われた者。世界を構築するその闇に生じるどんな僅かな変化すら見逃さず、読み解く民俗学者の鋭い眸が、相手を射抜く。
「――知る必要はない」
返されたのは、完全なる拒絶だった。