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第一章 転の舞・12
「―――来たか」
何処からともなく響き渡った声に、鳥肌が立つ。悪寒が背中を走り、凪と橋聖は即座に極度の緊張を纏った。
カンテラを置き、抜き放ったナイフを構える橋聖と既に短剣を抜いていた凪が背中合わせの陣を取る。何処から攻撃されても対処出来るよう、色の違う二つの瞳が油断なく橙色の空間に横たわる闇を見据える。
「凪。熱狂的な崇拝者に心当たりは?」
「生憎、行き過ぎた恋愛感情を向けられるような友好は持ち合わせていませんよ。全て、健全なる関係です」
背後から飛んだ戯言に、こちらも戯言で返す。
「橋聖。貴方こそ、熱烈で歪な恋愛関係に覚えは?」
「悲しい事に。俺、そこまでモテない」
互いにストーカー説を退ける。
「それはよい事で」
「モテないのに?」
「尾を引きませんから」
「成る程…確かに」
互いに面識がないのなら、ここで殺しても後の問題は発生しないと言う凪に同意しながら、橋聖は背中合わせの温もりに一抹の恐れを抱く。
命を奪う事に対して、こうまで人間は、淡白で容赦なく、冷酷になれるものだろうか。