第一章 転の舞・11
「確か、この先は神酒の水脈に繋がっているはずだけど」
「ならば、密売者でしょうか」
橋聖の持つランタンの灯りを頼りに二人は並んで歩く。
既に向こうにこちらの存在は知らされているのだから、闇に気配を隠して近付くなど意味はない。前方を照らすことによって視野を広め、暗闇である背後へ向ける注意量をより多くしておいた方が利口な遣り方だった。
「それ、本気で言ってる?」
「いいえ」
交わされる戯言は、果たして未だ見えぬ敵への圧力か。何処かとぼけたような、緊張感に欠ける二人の行動は、こちらの様子を窺う相手の判断を狂わせるだろう。
緊張感がないのは、腕が立つ証拠か。ただ、相手の力量を把握しきれていない凡人ゆえか。
先を行っていた結良の白い体が動きを止める。自然と歩みを止めた凪の肩へと、助走をつけた猫は飛び乗ってきた。
「これが…源命水」
実物を見るのは初めてなのか、橋聖は目の前に広がる光景に微かに息を呑んだ。
天井に空いた穴は、月の力が強い夜ならば洞窟全体を照らし出すだけの光を取り込むだろう。今まで通ってきた坑道に比べて明らかに備え付けられた松明の数は多く、揺れ動く赤き炎を、鏡のような地底湖の水面は鮮明に映し出していた。
洞窟内を満たすのは、独特な甘い匂い。それが、目の前にある地底湖を満たすものが、ただの水でない事を語ってくれる。