第一章 転の舞・8
危なげなく進められていた足が、微かに耳に届いた音に止まる。坑道内に反響していた自らの足音が掻き消えれば静寂に包まれ、より明瞭になったそれが聞き間違いでない事は明白だった。
腰の後ろに差した短剣の柄に手を遣りながら、凪は背後から近付いてくる誰かの足音に神経を集中させる。恐らくランタンでも持っているのだろう、蛇行した道から淡い光が洩れ見えた瞬間、凪は剣を抜いていた。
「あれ?凪?」
聞き覚えのある声と、次いで灯りの中に照らし出された顔に、凪は振り上げかけていた手を止める。
「何でここに…って、随分と物騒なもん持ってんだな」
驚きに瞠られていた赤の瞳が凪の手に持たれている短剣を映し出し、その口端に苦い笑みが刻まれた。
「あ…これは、護身用に」
「俺は不審者か」
「警戒しておくに越したことはないかと」
近付いてきた正体不明な足音が見知った人物のものであると判明して尚、凪は短剣を鞘に収めようとはしなかった。
「間違いがあったらどうするんだよ」
「自分の命には代えられません」
生きていてなんぼだと悪びれもなく言い切る凪に、橋聖は浮かべてた苦笑を更に深いものにした。
本当に、淡白な性格をしていると思う。ここまで自己保身に走られれば、寧ろ気持ちがいいというものだ。