第一章 転の舞・2
深い溜め息をつくアゲハに優しげな微笑を浮かべた凪は、そっとその綺麗な赤毛を撫でた
「愛されている証拠ですよ」
自分を見上げてくる顔に浮かぶ情動が、驚きから怪訝へと変化する。
「旅というものは、常に危険と隣り合わせのもの」
世界は広い。五つに分かれている大陸は中央に位置する神鳥大陸を頂点とする結束を誓い、造船技術の発展に伴う貿易の活発化によって人々の従来も身近なものになったとはいえ、辺境では未だに余所者を拒絶する地方も多い。奇異な視線を向けられ、避けられるのならばまだいい方だ。下手をすれば、命を狙われる事もある。
「そんな危険な旅に、喜んで送り出す親がいると思いますか?」
問うように小首を傾げ、諭すように凪は言葉を続ける。
「無事に育って欲しいから、親元で生きるように言う。愛しているからこそ、安定を願うのですよ」
そばかすの散った頬を指先でつつけば、照れたようにアゲハは顔を背ける。それでも赤毛を撫でる手を跳ね除けなかったのは、少しでもこちらの言葉が相手に届いた証拠だと思ってもいいのだろう。
「…凪は、自由じゃない」
しばしの沈黙を破って届いた呟きに、凪は動きを止める。
「望めば何処へだって行ける。空を渡っていく鳥のように。でも、あたしは…」
語られなかった言葉の続きはどのようなものだったのだろう。
顔を伏せたまま再び口を噤んでしまったアゲハの赤毛から手を離した凪は、決して追及しなかった。青空を見上げれば、名も知らぬ鳥が数羽、空を翔けていくところだった。
籠の鳥、とでも、彼女は言いたかったのだろうかと、その姿を見て漠然と思う。