第一章 転の舞
「疲れた?」
頭上から降ってきた心配そうな声に、凪は顔を上げた。視界に入った情けない顔に、緩やかに首を横に振る。
「ごめんなさい。あたし、突っ走る癖があって…」
それでいつも親に叱られるのだと、石垣の隣に腰掛けてきたアゲハは舌を小さく出して肩を竦めた。
「何かに夢中になれるというのはよい事ですよ」
昼下がり。今日も今日とて街の中心地は大勢の人々でに賑わい、昨日の夜の静けさが嘘であるかのようだ。
そんな喧騒の片隅の石垣に座り、凪は午前中のアゲハの行動を思い出す。
手作りの美しい髪飾りの店。宝石をちりばめた装飾品を取り扱う店。硝子細工の工房。その他諸々。
はっきり言ってあれは案内と言うよりも連れ回されたと言う方が正しい表現だったが、それでも、棚に並べられた品々を眺め、硝子細工の作り方を教わる横顔は好奇心に輝いていて、美しいと思った。
「母さんは、そんな事よりも家事を覚えなさいって言うし、父さんは…好奇心なんて必要ないって、いつも言うの」
地に着かない足を揺らす不貞腐れた様子に、凪は取り敢えず彼女の言葉を全て聞こうと沈黙を守る。
「あたしね、本当は歴史に凄く興味があるの」
思ってもみない言葉が耳に届き、凪は興味深そうに伏せていた瞼を上げた。
「本当なら、香草を売るよりも、世界各地に伝わる伝承を聞いて歩きたい。時の闇に埋もれてしまった歴史に光を当てて、それを解き明かしたいの」
でも、と。天に輝く日輪のように輝いていた顔が、俯くと同時に翳りを帯びる。
「母さんと父さんは、そんなあたしの願いに耳を貸そうとはしてくれない。馬鹿な事言うなって…そればっかり」