n第一章 承の舞・22
「恐ろしい相手。何故、私を狙う?」
『凪…』
心配げに頬を舐めてきた結良の頭を、凪は大丈夫だと撫でてやる。
命を狙われること自体が怖いわけではない。ただ、まるで霧を掴むかのような、障子に映る影を見ているような、そんな不確かな感覚が不気味なだけだ。
彼等が自分と同じ歴史を追っている事は明白だ。だが、何故自分を狙う?辿り着くその先に、知られてはならぬ真実が待っているとでもいうのか。
「それに、橋聖と名乗ったあの青年…」
どんな幻術を使ったのかは判らない。この世界に起こる全ての事象を理解出来るなどという認識は傲慢以外の何物でもなく、だから、生じたそれがどんなに現実離れしたものであったとしても驚きはしない。切り取られた世界。
だが、彼はそれに気付いた。誰もが認知出来なかった路地での出来事に、唯一人、異国の青年が介入してきた。
「果たして彼は、敵か味方か…」
まるで悪戯っ子がそのまま成長したかのような、自分に正直でありながら、それでも何処かすれたような気配を纏った青年。燃えるような炎の瞳は決して警戒を解くことはなく、軽い言葉の応酬の端々から自らの助けた女の情報を得ようとしていた。
警戒を解くなと忠告したのは、こちらの最終的な決定を伝える為。あれは、牽制だ。
この命を狩りたいのなら、狩られる覚悟で来い。
「あぁ…ここは、星が綺麗なのですね」
目的の宿屋の扉の前で足を止め、改めて空を見上げた凪は今更ながらにその美しさに気付いて感嘆の溜め息をつく。
『凪。冷えてきた。夜風は傷に響く』
しばらくの間夜の世界に瞬く星を見上げる横顔を眺めていた結良の催促に、凪は素直に従った。
「いずれ、答えは見つかる」
胸中に渦巻く疑問に無理矢理結論を付けて意識の片隅に追いやり、凪は取っ手に手を掛ける。夜の世界を金髪が流れ、姿の消えた扉が静かに閉じられた。
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