第一話 起の舞
橋聖は後悔していた。自分のお人好し加減に嫌気も差していた。そして何より、自分をこんな状況にした原因を恨んでいた。
何度目になるか判らない溜め息を深々とつく。腰に当てた右手は、隠し持っているナイフの柄を握っていた。
市が開かれて賑やかな大通りから二本も三本も外れた路地裏。自分を取り囲む、いかにもごろつきですという顔立ちをしている数人の男達を、橋聖は眠そうな赤い瞳で見据えた。
裏世界で生き残ってきたような連中なのだから、相当強いのだろう。服の上からでも分かるほどに隆起した筋肉が、それを如実に物語っている。
対する橋聖は、どちらかといえば痩身で、身長も平均的な高さしかない。
力の差は歴然としていた。
だというのに、橋聖に慌てる様子は微塵も感じられなかった。空いている左手で、癖のない茶髪を弄ぶ。
会話はなかった。周りを取り囲んだ男達は、静かな殺気を放ち続ける。
そして、動くのも静かで、唐突だった。
「ったく…。めんどくせー事に関わっちまった」
同時に四方から迫りくる男達を見つめながら自己嫌悪に陥っていた橋聖の姿が、唐突に消える。
驚愕と混乱に陥った男達が状況を理解する暇もなく、決着がつくのに、五分と掛からなかっただろう。
血を流して倒れている数人の男達の傍らに優雅に立つ橋聖の右手に持たれたナイフから鮮血が滴り落ちる。薄暗い路地裏で輝きを増した赤色の双眸が、地面に倒れ伏す男達を冷酷に見下ろした。
空気が停滞したこの一角だけ、まるで世界から切り離されたかのよう。しかし、その錯覚も数秒で終わりを告げる。
興味が失せたかのように男達から外された視線は表通りへと通じる道を捉え、橋聖は右手を無造作に振ることによって血を落としたナイフを鞘に納めた。
「急所は外してあるから死ぬ心配はない。あとは、仲間が見つけてくれるまで待ってるんだな」
独り言に近い言葉は、気を失っている男達には届かない。