第一章 承の舞・19
嵐が去り、中央のテーブルの喧騒も飲み潰れ始めたのか若干静まり、結果的に落ち着いた雰囲気を取り戻した室内で互いに顔を見合わせた凪と橋聖は、どちらからともなく笑い声を上げた。
「猪みたいな奴だろ?」
「元気なのはいいことですよ」
直球勝負の彼を宥めるように苦笑へと変えた凪は、けれどその返答は暗に橋聖の言葉を肯定している。
「元気すぎるのも考えものだと思うけどな。ありゃあ、明日、連れ回されるぞ」
ご愁傷様と、片手をひらひらと振る橋聖には全くもって誠意がない。
元より凪も期待していなかったようで、楽しんできますよと曖昧な相槌を打って立ち上がった。
「行くのか?」
「ええ。宿はとってあるので。お代は…」
「いいよ、凪」
ここの食事代とその他諸々の代金はどうすればいいのかという凪の問いに応えたのは、橋聖ではなく丁度厨房から出てきた女将だった。
「ですが…」
「気にしなくていいよ、凪。明日、アゲハに一日付き合ってくれるお礼って事で」
陽気に笑う女将に、凪は言葉に甘える事にした。お礼の言葉と共に深い一礼をすれば、そんなにかしこまらなくてもいいと怪我をしていない方の肩を叩かれる。その力が想像以上に強く、頭を下げたまま凪は片目を瞑った。