第一章 承の舞・15
そんな彼の背をひらひらと手を振って見送った橋聖は、改めてといった様子でテーブルを挟んだ向こう側に座る凪を見た。彼女は既に騒ぎの理由に興味を失くしてしまったのか、残りのシチューを気品さえ感じさせる上品な仕草で口へと運ぶ。
そんな彼女を、頬杖をつきながら橋聖は凝視し続ける。
溜め息が洩れたのは、木の皿が空になった頃だった。
「何か訊きたい事でも?」
呆れた様子で、それでも凪は反応してくれる。
「お前、結局どっち派?」
上げられた深緑の双眸を見据え、口元には笑みを残したまま橋聖は尋ねた。
「どちらでもありませんよ。状況によって変わると思います」
「と、いうと?」
逃げる事を許さない橋聖の追求に、本格的に応える気になったのか、凪は組んだ両手に顎を乗せた。
「死を操る事は、倫理的道徳的観点から見れば、確かに赦されない事なのかもしれません。ですが、もし、自身に誰かを失うような状況が訪れ、尚且つそれを回避する方法があるのなら、それを選択するでしょうね」
「なんとも、優等生の回答」
詰まらなそうに肩を竦める橋聖。
「私もそう思いますよ」
皮肉を含んだ相槌にお前はどう思っているのかぐらいの抵抗が返ってくるかと思っていた橋聖は、あっさりとそれを認めた凪に瞬きを数回繰り返した。が、それも数秒で、頬杖をつく腕を換えれば、刻まれる勝気な笑み。
「俺さ。そういうさっぱりした性格、好き」
恐らく八割程度の割合で愛の告白だと受け取られかねない台詞を面と向かって言われた凪は、穏やかに微笑んだ。
「嫌われなくてよかったです」
「嫌われるのは御免?」
「悪意より好意の方が嬉しいですね」
「違いない」
愉快そうに笑う橋聖と凪の、何処か道化じみた会話は喧騒に紛れて誰にも届かない。