第一章 承の舞・14
立ち位置が違う議論に決着などつくはずがない。故に、源命水の取引は、公では認められていなくとも、闇市などでこっそりと売られていた。
だから、源命水の水脈が見付かったなどとおおっぴらには言えないのだ。が、個人間の取引となる闇市に流されるそれは、確かによい金になる。
「凪は、道徳主義者?」
厭な緊張感が漂い始めた空気をまるで読んでいないかのような軽い調子の橋聖の問いが、止まっていた時間を動かした。
「いいえ」
即座に返された否定に、橋聖だけでなく困ったような顔で落ち着きなく頭を掻いていた男すらも驚きに目を瞠る。
「ただ、これから色々と大変だろうな、と思っただけです」
何とも淡々とした的確な指摘に、無駄に入っていた力が一気に抜ける思いがしたのか、男は深い溜め息を吐き出しながら椅子の背に寄り掛かった。
もし彼女が道徳主義に立つ否定論者だったならば、今この場で、胡散臭い理屈を並べ立てていかに彼等が行おうとしている事が罪深き行為かを淡々と語って聞かせていたことだろう。
「ま…確かに、色々と大変かもな。表向きは新たな銀の鉱脈の発見。が、その裏では神酒の密売」
源命水を巡って賛否両論が飛び交う世の中、大声でその名詞を口にすることは憚られた。故に、隠語として時折、神酒という言葉を使う。
「こりゃ、発覚したらお縄じゃ済まないな」
首を掻き斬る動作をして見せた橋聖は、何故か楽しそうだった。
他人事だと思いやがってと、事実他人事の橋聖の悪戯小僧のような笑みに捨て台詞のような言葉を残して男は仲間の輪へと戻っていった。