第一章 承の舞・12
「にしても。今日はやけに賑やかだな」
当たり障りのない会話を挟みながら食事を続けていた橋聖は、三杯目のシチューを平らげた辺りで未だ騒ぎ続けている中央の集団へと視線を向けた。
「おい、おっさん。タタラのおっさん!」
狭い室内に反響する賑わいに負けじと声を張り上げた橋聖の呼びかけに、馬鹿騒ぎしている集団の一人が顔を向けた。
「なんだ、流れの用心棒じゃねぇか。俺に何か用か?」
騒ぎの輪から外れて椅子ごと移動してきた髭面の中年の男性は、明らかに酔っている様子だった。出来上がった茶色の目は、橋聖の対面に座っている凪へと向けられ、意味ありげな笑みがその口元に刻まれる。
「橋聖。お前のコレにしちゃあ、随分なべっぴんさんじゃねぇか」
小指を上げて茶化してくる酔っ払いに、橋聖はうんざりだという顔をした。推測して、怪我人を連れてきてこの方耳にタコが出来る程聞いてきた言葉なのだろう。
「それはもういいよ。ったく…あの真面目な野菜屋のタタラとアンタが親子だなんて、未だに信じられねぇよ」
全く似ていないと皮肉った橋聖に、しかし男は気分を害するどころか豪快に笑った。
「あっはっはっはっは!まったくだ!俺みたいな親の元にな~んであんな出来のいいガキが生まれたのか、今でも不思議でならん!」
「そりゃ、嫁さんの努力だろうさ」
のん兵衛の親父とは違ってしっかり者で芯の強い彼の妻の姿を思い起こして、橋聖は冷めた視線を投げかける。
「そうさ!俺の嫁さんは世界一すげぇんだ!」
酒の回っている相手にどんな皮肉も嫌みも通用しないらしい。糠に釘を打つという感覚はこんな感じなのだろうかと、全くもって効果のない戯言の応酬を橋聖は溜め息と共に諦めた。
「で?何をそんなに騒いでいるんだ?」
俺の嫁さんは世界一~♪などと歌いだした男を当然のように殴ってこちらへと引き戻した橋聖は、騒ぎの理由を尋ねる。