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第一話 序の舞・2

  視界に映ったのは、夜空に漂う下弦の月だった。

 深い森の中は静寂に満ち溢れ、耳に届く自身の呼吸がいつもよりも些か荒いことに容易に気付く。横たえていた体を起こせば掛けていた外套が落ち、微かに汗ばんだ己の身体に苦い笑みが刻まれた。

 森を駆け抜ける風は穏やかなれど、冷や汗に濡れた身体には些か冷たく感じられる。緩慢な動作で立ち上がり、毛布の代わりに掛けていた外套を拾った。

 月の位置から見て夜明けはもうしばらく先のことではあるが、どうにも、再び寝入る気分にはなれない。

 先程の夢の所為だろうと、漆黒の外套を羽織りながら思う。

 幼い頃から、時折、同じ夢を見た。しかし、ここ最近、毎日のように、誰かの死の間際の夢を見る。

 微かに届いた葉擦れの音に振り返る。闇を流れた金髪が、夜の支配者の脆弱な光を弾いて輝いた。

結良(ゆら)

 自分が眠っている間、危険が迫らぬよう少し離れた所で見張りをしていてくれた相手に、柔らかな微笑みを向ける。傍らで四本の足を止めた結良は、その長い尻尾で頬を撫でてきた。

『顔色が優れない。また、あの夢を?』

 鋭い犬歯の覗く大きな口から発されたのは、明瞭な人語だった。

 心配そうに見上げてくる金色の瞳を見つめ、大丈夫だとその頭を優しく撫でる。気持ち良さそうに細められた獣のそれはしかし、自分の言葉を信じてはいなかった。

「行こう、結良。今から走れば、朝陽と共に森を出られる」

 真偽を問うような視線に気付きながらも敢えて無視を決め込み、自らの腰まである巨体の背に軽やかな身のこなしで飛び乗る。一気に視点が高くなった視界を、闇に沈んだ森の木々達が通り過ぎていった。

 頬を掠める風圧に、深緑の双眸が瞼の裏へと隠される。その先に広がる闇に浮かぶものは何もなく、微かに脳裏に残された夢の残像に、その意味を問い続けた。



 ***

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