第一章 承の舞・9
「あんた、名前は?」
「凪と申します」
淡く微笑めば、働き者に特徴的な些かごつい手が乱暴に凪の金髪を撫でる。
「じゃあ、凪。お腹空いていないかい?夕飯の準備ができたんだが」
「女将。地震の影響はなかったのか?」
意図的に世界から排除されていた橋聖は、ここぞとばかりに強引に話に割って入る。
「橋聖。あんた、何ヶ月ここにいるんだい?このあたしが、料理を粗末にさせるとでも思っているのかねぇ」
世界に割り込んだのはいいが何とも怖い笑みをいただくという結果に終わった橋聖は、引き攣った笑みを浮かべて口を噤んだ。
激しい神の怒りにも決してテーブルの上に置かれた鍋とか鍋とかを決して離さない料理場の男衆の図、という光景が易々と思い浮かぶのは何故だろう。
「一階まで降りられるかい?それとも、ここに持ってこようか?」
一階まで降りられると、毛布をどけてベッドから降りようとした凪を、女将が止めた。
「凪。あんた、出血してるじゃないか」
些か乱れた衣服の下に覗く包帯を染める赤に、女将の顔が険しくなる。
「橋聖」
厨房での男達の奮闘を心の中で賞賛していた橋聖は、女将の呼びかけに慌てて返事をした。
「廊下に出てな」
「…は?」
「あんた、女性の裸を見るつもりかい?」
突拍子もない命令に間抜けた声を上げた橋聖を、女将は馬鹿にしたように鼻で笑う。
包帯を手に凪の傷の手当てを始めてしまった女将の背に非難を籠めた視線を投げつけ、橋聖は言われた通り素直に部屋を出た。女将の言う通り、流石に彼女の手当ての場面を見るわけにはいかない。